帝王観察日記 | ナノ


 side.D

 小娘を拾った。
 窓から見えたのである。月明かりに照らされた郊外で薄汚いジャンキーに腹を切り裂かれている姿が。最初は何とも思わなかった。そう、人間が道端に落ちてるゴミを見るのと全く同じ気持ちだ。 …だが、その少女の姿を見て私はすぐさま自分の目を疑った。

 ──その少女は、かの宿敵ジョナサン・ジョースターかと見紛う程よく似た見た目をしていた。ただ幾分かちゃんと女性らしい雰囲気ではあったが。

 気が変わった。面白い。あいつで一つ遊んでやろうと踏んだ。部下にその死にかけの少女(もちろんそのジャンキーは殺してやった)を自分の元に持ってこさせ、息もか細い哀れな小娘にこう問いかけてやった。

「化物になってでも生きたければ、この私の手を取るがいい」

 そうやって目の前に手を伸ばす。無論、生きたくないと拒んでも生き返らせてやるつもりだった。このDIOの血を与え、吸血鬼として。しかし微量に、だ。完全に吸血鬼にすれば自我が消える者もいる。微量でもこの程度の傷は回復できるだろう。
 少女はなんと、手を伸ばした。腹の底でひとしきり嘲笑する。哀れな小娘め、どう扱ってやろうか。そんな事を考えながら血を傷口に落とした。

 数時間後、少女が目を覚ましたらしい。様子を見に行く。幾らか幼くなったようにみえる彼女は状況が掴めてないようだったので、説明をしてやることにする。まだ体に血が馴染まないのか喋れないようだった。まあ、明日の夜くらいまでなら待ってやろう。
 私と同じ色のくせに、奴とそっくりの目をしていた。気に食わん目だ。…あれはジョースターの血統の人間なのだろうか。

 次の日の夜。館をちょろちょろしていたようだから回復したのだろうとは思っていたが、まさかこんな事を言われるとは思っていなかった。

「こんばんわ。ゲロ以下の臭いをした帝王さん」

 100年前、スピードワゴンが私の事をそう言ったのを思い出す。まさか今になってそう言われる時がくるとは。しかも少女は私の自覚する決定的欠点をズバリと当ててみせたのだ。流石にこうもはじめから小生意気な態度を取られれば、このDIOとて腹も立つ。すると少女は待ち望んでいたような顔をして意気揚々とこう私に言った。

「ところでムカついてるんでしょ?腹癒せが欲しくない?ここに丁度いいのがいるんだけど」
「……、何が言いたい?」
「吸血鬼でしょ?さっさと嬲り殺すなり食べてくれるなりしてくれない?」

 こんな事を言われるとは。
 もしかして今までの言動はそれが狙いだったのか……そう考えると腹の虫も萎える。くだらん、と一蹴したら少しだけつまらなさそうな顔をして、あとはあっけらかんとした顔をしていた。いっそ清々しいくらいに、だ。この潔さはなんなのだ?
 だがこの娘、生きたかったのではなかったのか。問うたら、こんな返答がかえってきた。

「あんな得体の知れない場所で犬死にしたくなかったからよ。今のところ生きてる理由なんてそんだけだわ」

 今の目標は、いかにちゃんとした場所で納得いく死を遂げられるか。それが今ここに在る理由。実に奇妙は理由だ。貴様のような奇妙な元人間は初めて見た、と話すと、「でしょうね」と言って初めて笑った。館にいる食糧の女共よりは、愛らしく思える笑みだった。

 しかしこの娘、喋らないと思っていたらよく喋ること。どうやら理想の死に方とやらの為にこの私を利用してやろうとしているらしく、その手には乗らないと言ってやると上手い具合に怒らせるような言葉を使って挑発してくるのだ。頭は良いようだ。悪知恵という意味ではあるが。

 曰く、彼女には人の本質、本性の一部が見えるらしい。目で視えるというより、第六感の問題で。成る程私を怒らせる言葉を使えるのも理解ができる。侮れない娘だ。

 それはさておき、少々困った事になった。
 私がこの娘を助けたのは、いわば腹癒せと暇つぶしのためだ。苦痛に歪む顔を見て余興としてやるためだ。なのにこの娘は精神が奇妙に出来すぎていて、余興どころか困惑さえしはじめている。この私とあろうものが。とんだ予定狂いである。

 妙に飄々としていて、取っ付きづらい。

 死にたがっているから殺さずにしてやろうと思ったら生きるのは別に苦ではなく、むしろ人でなくなった今のほうが楽だという。私が少しでもイラつき怒れば、嬉々として首筋を差し出す。その度に年頃の娘がそんなことをするんじゃあない、と柄にもなく露出させた襟を直すのだ。……自分で呆れる。

 彼女は「悪女」だ。
 粗雑で狡猾で繊細とは程遠い、「聖女」とは真逆の女。だが、しかし、時々垣間見た時の彼女の目は──あの愚かな母と、エリナ・ペンドルトンと同じような、誇り高い「聖女」の目をしていた。

 不思議であった。
 悪女であり、また、聖女である。
 悪女と聖女の間に在る存在。

 実に奇妙な小娘。
 そんな小娘に、私の因縁の人物によく似た小娘に、私は出逢ってしまったのである。これもまた運命なのだろうか?
 あの誇り高さは、一体悪女めいたあの娘のどこからくるのか。

 飄々としていて、取っ付きづらく。
 そして、恐怖しない。
 奇妙な娘。

 そう言えば名前を聞いていなかったと気付き、ふと尋ねる。彼女はユリ、と名乗った。和名か。リリィというあだ名を勧めたら、気に入ったらしく「東方百合」を殺めて今日「リリィ」として生まれ変わったと豪語した。中々センスのあることを言う。

 半吸血鬼のリリィ。
 奇妙な生活がはじまってしまった。



 次の日。もう部屋には行かんとリリィには伝えたが、あれとて私に尋ねたい事は山ほどある筈だ。そう踏んで部屋にいたのだが彼女の来る気配が一向になかった。…おい、何故だ。解らん。理解が出来ない。
 気になって部屋を覗くと、彼女はぐっすりと寝ていた。
 何故こんなに呑気に寝ているのだ?どこまで私の予想を裏切れば気が済む。

 ミニテーブルにあった蝋燭に火をつけ、様子を見る。ジョナサンではなく、ちゃんと「リリィ」という少女の寝顔。起きている時よりも穏やかで無垢に見え何より静かだ。…こうしてみるとやはりだいぶ若返っているように思える。吸血鬼になったのだ、多少若返るのは致し方ないが、もはや17には見えない。

「…ふむ」

 そろりと頬をなぞってみる。柔らかい。子どもの肌だ。 私を放り出し眠りこけているのは許し難いが、私も心が狭いわけじゃあない。部屋に戻る事にした。
 暫く本を読んでいたら、気配がして、部屋のドアが少し開いた。ちらりと見えた赤い目。かと思ったら数秒も経たずに閉められた。何故閉めるのだ。
 逃げるなと声をかけたら、物凄く渋い顔をしたリリィが部屋に入ってきた。やはり変わらず小生意気な口をきく。この減らず口め、少し痛い目をみせてやるかとお望み通り殺す勢いで首に片手を掛けて締め上げる。幾ら死にたがっているとてこの娘も所詮脆弱な精神を持つ元人間、どうせ間際になりさえすれば弱音をあげ恐怖しはじめるのだ。あと一歩で舌骨が折れるかというところまで手を強める。

 半吸血鬼も中々丈夫だ、どうせ折れても暫くすれば復活する。しかし娘はそれを知らない。人間の時のように手軽に死ねると思っている。そんな一方リリィは音を上げる気配すらも見せなかった。その見開かれた赤い目はこの私でも部屋の何処かでもない、景色よりも現実よりももっと別の、「何か」を見据えている。

 微塵も“恐怖”しない。
 何も、怖くないというのか?この私も、死さえも、怖くないと言い張るのか?

 一周回って恐ろしくも感じた。
 この落ち着き様はどこからくるのだ。

 手を離す。華奢な体躯はどさりと地面に落ちた。赤い目は私を睨みあげた。なぜ妥協した、と彼女は獣のように唸るように訴えた。

「…気持ちの悪い小娘だ」
「うっさいわよ小心者ッ」

 案の定減らず口。
 蹴りをお見舞いする。すぐ起き上がった。…全く、リリィの言う通りだ。私は頭に血がのぼりやすい。

 この少女、全く理解ができない。
 そこまで死にたければなぜお前はこの化け物への道を選んだというのだ。

「なぜそこまで死にたがるくせに、あの日私の手を取った」

 自然と口から零れた質問にリリィは、ねえ、だから言ってるでしょう。と真っ直ぐ私を見つめた。
 あの目で。ジョナサン、エリナ、母…彼らのそれと同じ目で、こう言った。

 あんな人の誇りもくそも無い死に方だけは、自分の中で許せなかったのだ…と。
 この「誇り」こそが彼女が悪女めいていてもなお聖女たらしめる無二の理由なのだろうか。

 そう思うと、屈辱に歪む顔や恐怖に震える顔が尚更見たくなった。
 ならば。
 殺すは殺すが彼女が屈辱に思う方法で殺すのはどうだろう?提案したらすぐさまこの娘はぽんぽんと例を挙げはじめた、およそ少女の口から発せられる単語ではないものばかりを。
 ……なんだかもう、顔を顰めざるを得ない。この女、荒みきっているな。女としても子供としても。

「あーー…ってかそういうのは経験済んでるから、好きにしていいわよ」
「は?」
「例えば輪姦とか」

 なんでもない平然とした顔で。それが荒みきっている理由か……あいつの顔によく似た17の小娘癖にどんな人生を歩んだらそうなるのだか。親の顔が見てみたい。

「避妊が条件で纏めて相手すればそれなりにお金くれるし、あげるような相手なんてどこにもいないから」

 さほど裕福なわけでもなかったし、父親の扶養からすぐに逃れたかったのもある。と付け足す。父親、か。
 …幼い頃の自分がふと脳裏を過ぎった。
 さすがにこの時代にスラムにいるほど貧困なわけでもあるまい。だが手段を選ぶ暇などないあの気持ちには覚えがあった。
 同情?違う、そんなわけがあるか。このDIOとこんな娘を一緒にするな。

 …話題を変えよう。
 しかしここまで思い通りにならない女ははじめてだ。顔だけでなく性質までも似てるというのか。腹立たしい。殺してやりたい。だが殺せばリリィの思惑通り、それもまた腹立たしい。全くとんだ大誤算だ!とんでもなく無駄で面倒なものを拾ってしまったものである。

 リリィ。半吸血鬼の少女。

 生かしても無駄殺しても無駄……ならば致し方ない。暫くは外界の情報係として使ってやるとするか。そうすればいつか案が閃くかもしれない。彼女には明日もくるように伝えた。とりあえず、の話だ。

 貴様など私の気分次第でいつでも日の目を見れないようにしてやれるのだぞ、と言ってやると、リリィは心底楽しそうに「そういう気分にさせるように頑張らないと」とやる気の表情。

 ──そういう意味じゃあないッ!
 悔しすぎて壁を殴りそうになったが、この小娘に余裕のないところを見せるわけにはいかない。帝王の名においてここは我慢だ。

 まあ、さておき、理想とはまったく違うが、退屈凌ぎが一つできたというわけだ。なるべく疲れない接し方を考えなければいけないのが少々の難点だが。



閑話休題
(薔薇の棘と百合の毒が出会った)


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リリィが部屋にくるって信じて疑わなかったDIOさまクッソワロ(大爆笑)

少女とゴリラっていいよね。

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