帝王観察日記 | ナノ


「もうすぐ承太郎達が来る」

 暗い部屋の中、DIOはなんでもないようにそう言った。その言葉にふうん、と返す。

「…お前、昼の間承太郎達に会ったろう」
「あったわよ。なんで知ってんのよ」
「何故俺に言わん」
「言おうとしたらあんたに先越されただけよ」

 ちくしょう、やっぱり何かしらの部下に見られてたかな。まああんだけ堂々と歩いてればそうなるだろうけど。

「会ったっていうよりは、出くわしちゃったってのが正しいかな」
「…」
「なによ、何処にも行きはしないってば」

 DIOの目が少し棘ついていたのでそう返えすと、無言で視線を外された。あたしは誰の味方でもない、自分だけの味方だ。だから自分が居たいところに居る、と続けて述べると、静かに鼻をならされた。

「まあ承太郎がここのドアを叩くのも明日か明後日レベルの時間の問題だと思うわよ」
「教えたのか」
「まッさかぁ。あっちの仲間の犬がペットショップに勝ったようだからね、推測よ」
「…」
「怖い?」
「はッ! 怖いなどと。このDIOのスタンドは最強だ、負けることなどない」

 嘲笑ひとつ、一蹴された。
 光が怖いのだろう、太陽のようなジョースターの光が。腐れ切ったこの奇妙な因縁は消えない。きっといつまでもだ。蝋燭の光がじわりと揺れる。今日は少し外の風が強い。

「ところで話は変わるが、リリィよ」
「なあに」
「時計を一巡させるにはどうしたらいいと思う」
「また突然ね。針を動かせばいいんじゃないの」
「そういう意味ではない」

 あともう少し。もう少しなのだ。あいつらが来る前に完成させなければいけない。
 ぶつぶつとそんな事を呟く。なにやらまた変なことを考えているらしい。時計を一巡、させて、DIOは何をするつもりなんだろうか。別になんだっていいけど。

「具体的に、何をどれだけ用意して、そうさせるかを問うている」

 続けてDIOはそう言った。
 時計を、何かの材料でゼロから一回りさせる? 例えばガソリンをガス欠の車に注ぐみたいに…? 顎に手を当てて視線を宙に浮かせる。全く、なぞなぞじゃあないんだから。それでも真剣に考えるあたしもあたしだ。適当に、さっさと答えられればそれでいいってのに。目盛り、燃料、振り切って、一巡───だとするならば。

「………時計は、三百六十五度でしょ」
「そうだ」
「時計をメーターって考えて…その何かを、“材料になるもの”を三百六十五個分用意してメーターを満タンにさせる、とか?」
「…なるほど。なら十と換算できるものを三十七用意すれば、三百六十五を通り過ぎ一巡する…という算段もつくわけだ」

 屁理屈もいいところな考えだと思っていたのだが、案外DIO的にはしっくりときたらしい。やれやれだ、頭がいい奴は思考の構造がどうなってるのかさっぱりわからない。頭の中に宇宙でも広がってるんだろうか? DIOはといえば上機嫌なご様子で、優雅な仕草で手に取ったグラスを光に掲げた。グラスの中の赤紫が瞬く。

「好い事を聴いた。褒めてやろう、リリィ」
「がきんちょみたく頭を撫でないで頂戴」

 まあこの手を避けないあたしもあたしなんだけれど。じゃあどうしてほしいんだ、なんてことを言われたので、少しだけ考えた後「なにもしなくていい」と答えてしまった。…なんだか、妙に惜しい事をしてしまったかの様に思えてしまう。気の所為だ。

「つまらん奴だな」
「そりゃどーも」

 だが、生憎俺は人の嫌がることをするのが好きなタチでなぁ? リリィよ。
 愉快そうにそういいながらまた髪をわしゃわしゃ犬のように撫でてきた。こいつほんと性悪ゲロ以下だな。何がしたいんだか、気分屋の行動は本当に分からない。

「…さて、時計のことはまたプッチに話しておくか」
「またプッチさん? 好きねえあんたも」
「友人なのだ、当たり前だろう」
「あんたの影響受けた神父とか絶対たち悪いわよ。きっと運が悪けりゃ、最悪の神父サマにでもなるかもね?」
「ンッン〜何とでも」

 二十歳になった記念にと、今日は紅茶ではなくワインがグラスに注がれている。なんの風の吹き回しかDIOが聞いてきたのだ、日本で二十歳というのは子供が大人として認められる区切りなのだろう? とか、まあそんな感じに。続いて何が飲みたいかと聞かれたからあたしは咄嗟にワインと答えた。彼は本当に大丈夫なのか問うてきたが、折角だし一度はDIOがいつも飲んでた葡萄の香りに触れたくなったから。もう大人なんだからあたしにだって飲める…はずだもの。 と。なんてことがあって今現在。DIOはいつものようにボルドーの液体に上唇を浸し、喉へと流し込む。

「…なんだ、お前はもう飲まないのか」
「飲んでるわよ」
「だから言っただろう、初めからそれはキツいと」
「キツくない、飲んでるったら」

 あたしはといえばグラスの中身を普通に飲み干すDIOの傍で、ちびちびと、本当にちびちびと芳醇な香りのそれに口をつけていた。深みのある葡萄の味とふんわり来る甘さ、飲めないことは決してない、本当に。ない…がアルコールの匂いがものすごく鼻にくる。DIOがいじめっ子のような顔でさぞかし面白おかしそうに「はじめはシャンパンの方が良かったんじゃあないか?」なんて覗き込んでくるから、意地でも飲むつもりだけれど。

「煩いわね、ワインでいいし」
「日本人はアルコールに弱い人種だときいたぞ。ただでさえお子様味覚が無理をするなよ」
「だぁれがお子様よ」
「お前以外にいると思うか」
「ハタチだもん」
「俺に比べれば二十などなまっちょろい」
「いいでしょ別に、やっと成人の年なんだしDIOと一緒のが飲みたいんだから」
「…」
「なにさ」
「わざわざ甘めのものを選んでやったのだからな、このDIOがだぞ、感謝して飲め」
「…へー? DIOがねえ」

 ボルドーの液体を見て、少しだけ笑みが出て来る。チェスやボードゲームで負かしてきては馬鹿にしてくるし貧相な体だとか餓鬼だとかイラつくことを言ってくるし(誰のせいで成長が遅くなったと思ってるんだか)高慢で傲慢なゲロ以下でくそったれなやつだが、やっぱりこの男にだって優しいところはあるのだ。

「どおりで覚悟してたよりは苦味が少ないのね。ありがとう」
「…、」
「どうしたの」
「礼を、言うなら一丁前に飲めるようになってからにするんだな。お子様リリィめ」
「あんたね、人がせっかく……もういいわよッ」

 はあ、と溜息をついてから悔しいので一気にワインを口に含んでみる。カッと喉が熱くなり、飲み込んだ液体が胃へと降りて行った。鼻腔に来るツンとした刺激の後にふんわりと通る葡萄と、甘苦いアルコールの舌触り。いや、美味しくないことはないけど…ごめん、やっぱ初めからこの度数のものはキツかったかもしれない。アルコールって苦いのか。ほんと、だめだわ、見栄張ったわ。リリィは次から弁えてシャンパンとかカクテルとかにしますごめんなさい。
 喉と顔に熱が留まる。一気飲みに目を丸くしていたDIOが、恐る恐ると言ったように顔を覗き込んできた。

「う」
「…おい」
「大丈夫ったら大丈夫」
「思いっきりマズそうな顔をしているが」
「飲んだわよ」
「は」
「ちゃんと飲んだっつってんのよ」
「目が座ってるぞリリ、」
「いいこと、あたしはお子様なんかじゃあない」
「…WRY」

 DIOの前に空のグラスを突きつけてやる。結果と結論がどうであれ飲んでやった、その事実に変化などない。どうだ見たかDIOめ、あたしだってもうちゃあんと大人なんだ。
 DIOが黙ったところでフン、と鼻を鳴らして隣の巨体にもたれかかる。いつものように眠いからというわけではないけれど、なんだかふわふわした気分でなんとなく。今日は文句を言われなかった。聞こえてないだけかもしれないが。
 体がほんのり温かく感じるので、なるほどこれがアルコールが回る感覚なのだなと理解する。一気に飲み過ぎたのかもしれない。

「んー…なんだか変な感じ」
「リリィ、お前酔っているな」
「失礼ね、そこまで酔ってないわよ」
「この指が何本に見える」
「自称帝王様がおっ立ててる三本に見えるけどすぐさま二本にすることだって可能よ」
「待て待て待て中指をへし折ろうとするんじゃあない」

 まだあたしは自我を保っている。気分がいいのは認めるけど酔うだなんて、この男の前で忘我なんてそんな失態は見せるものか。ただちょっとあつくてなんとなく眠いだけだ。酔ってるんじゃない、たぶん。
 ふわふわした思考と緩やかな昂揚感の中で、ふと、ずっと思っていたことを口にする。

「…ねー、天国がみたいなら、潰す前に天国に近しいであろうあの子たちの力を借りてみるのもいいんじゃあないのかな」
「…どういう意味だね」
「言葉通りよ……ころしたいなら、天国を見てからやっちゃえば無問題なんだし、さあ」
「……」
「利用できるそうなものはでき得る限り利用してみたらどーなのかなって」

 逞しい筋肉の腕へ、更に体重を預ける。内側からぽかぽかするこの体温に吸血鬼のひんやりした肌が心地よくて思わず目を瞑る。

「一度考えたことはあったがな」
「ふうん意外」
「だが性に合わん。何より癪だ」
「なんだ、やっぱいじっぱりね」
「やかましいぞ、それに提案したところであいつらは聞かんだろうさ……リリィ、ねむいのか」
「んーー…さあ」
「さあ、じゃあないだろう。こらしっかりせんか…お前酔うと眠くなるタイプだな?」
「はぁ?あたしは、酔ってない」
「酔ってるやつは大体そういうんだ」

 酔ってないったら。顔が熱くてたまらないので、冷たいDIOの腕に押し付ける。
 承太郎達が来たら、この生活も終わってしまうんだろう。…もしかしたら終わらないかもしれないけれど、そんな保証どこにもない。から、期待はしない。期待なんてするだけ無駄なのは人間としての短い人生で“死ぬほど”(あたしが言ったら洒落にもならないが)よく分かったからだ。
 でも。
 もしも終わってしまうとして、そしたら、DIOは…この自己中帝王はその事を惜しんでくれるのだろうか。あたしは…この“普遍”を失うことが惜しいのだろうか。最近あたしは自分の気持ちがよくわからない。変にごちゃごちゃしているのだ、散々遊んで散らかしっぱなしになった部屋みたいに。

 この終わりが果たして本当に来てしまうのか? それさえもあたしには全くもって自覚がなく、それ故に──覚悟も足りなかった。

 ずっとこのままな気がするのだ。突然記憶喪失にでもなったのか承太郎達なんか来なくて、ずーっとこのまんまの日常が続くような。…続いて、変わりない日常の中で色んな時代を見届けて、ずっとずっと。

 ──そういう、期待をしている。
 ここまで考えてから、認めざるを得ない揺るぎない事実だった。しないと言いつつもあたしはその無駄な期待をしていた、裏切られるのは知ってるくせに、だ。学習をしない愚か者め。

「リリィ、こら、寝るなら自分の部屋に行け」
「うーーーー…んん…でぃおうるさい」
「…おい…、仕方がないな」

 次からはそれに懲りて見栄を張るんじゃあないぞ、とかなんとか言うDIOの声が聞こえて、身体を抱きかかえられる浮遊感がする。手元がさみしかったので視界に映った首元になんとなく抱きついてみた。落ち着く、帝王風に言うと実に馴染むぞってやつだ。

「つべたい…」
「悪かったな温もりがなくて」
「んーん、あつかったから気持ちいい」
「…」
「ねー、明日はなにするの」
「珍しいな、明日のことを聞くか」

 そうだな、なにをしようか。
 赤子にそうするように背中をとんとんと軽くたたかれる。そろそろどうにも目を開けてられなくなったので、星の痣が見える肩に顔を埋めた。





ワンダーラスト
(ゆりの花はおわらないうたをうたいたい)










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はい!!最終回までの!!!カウントダウンが!!はじまるよーーー!!!!!

はじまるよ………(震え声)

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