帝王観察日記 | ナノ


 承太郎たちが近くにいるそうなので、様子を見るのも悪くないだろうと思ってカイロの繁華街をうろつく。所々目に付く道路やら公共物の普通ではあり得ない壊れようをみると、恐らく承太郎達がここで闘ったんだなと容易に想像がついた。

「派手ねえ」

 暑いのはいやだから日陰から日陰へ、ひらひらと歩く。と、次の曲がり角で誰かにぶつかった。尻餅をつく。その人の足元を見るとスラックスにローファーを履いていた。その少し上を見ると、長学ラン。学生?この国にそんな日本チックな格好をした人が居るのか。っていうか長学ランは置いといて足のサイズデカすぎじゃないコレ。

「いた」
「おお、すまんなお嬢さん。コラ謝らんか」
「…すまん」
「いえ、こちらこそ前をよく見てな………、」

 お爺さんの声と若者の謝る声がしてから手を伸ばされたので、掴んで立ち上がり、顔をあげる。視界に飛び込んできた緑の眼。凛とした目鼻立ち。独特の学生帽、長い学ラン。筋肉質の分厚い胸板。念写の写真で見たことのある───空条承太郎。 ふーん、写真でみるより美味しそうな体してるじゃん、とかそういうのは取り敢えずほっといて。

 彼がDIOの、因縁の宿敵。
 暫くじっと見詰める。ああ彼は、あたし達とは違ってどこまでも光の中を歩く、 正義の人なんだなと感じた。

「……あなたが」
「は?」
「リリィ、さん… ?」

 聞き覚えのある優男の声がする。彼の後ろに目をやると目に不可解な傷はあるが、典くん…花京院典明が、健在していた。

「典くん!!」
「やっぱりリリィさんだ! どうしてこんな所に」
「典くん死んでない!? 生きてる!?」
「え? は、はい、ばっちり生きてますよ」

 典くんに駆け寄って飛びつく。突然抱き付いたものだからかなり慌てられたけど、典くんも再会を喜んでくれているようだった。その目、どうしたの? と聞くと、話せば長くなりましてとそれとなく濁された。恐らくスタンドの戦いで負ったものだろう、失明はしてないようだからそれはそれでいいとする。

「目に傷のある男の人もドラマティックでカッコいいわよ典くん」
「そ、そうかな…いやそうじゃなくて、リリィさんはどうしてここにいるんですか?」
「散歩よ、散歩」
「なんだぁ花京院、彼女か? ロリ趣味だこと〜」
「違いますから…ポルナレフは黙って」
「典くんちゃんとご飯食べてる? 細っこいなーこの腰」
「食べてますよ、あの苦しいです」

 ていうか敬語じゃなくていいのに。と腕を緩めながら言うとそういうわけにも…と渋られた。多分敬語は彼の性なんだと思う。

「DIOのはちゃんと鍛えて出てる括れ感あるけど典くんのは不健康そう」
「酷い…え。ってか抱きつくんですか」
「本選んでる時とか出先から帰ってきた時とか」
「何もされない?」
「普通だけど?」
「…」
「あーたまに頭撫でられるかなあ」
「…へえ…そんなに普通なんだ」
「普通よ?」

 典くんと和気藹々と話す中なんだか良くわからない空気がジョースター一行の中を漂う。すると電柱みたいな髪の毛をしたフランス訛りのやつ(多分さっき典くんが言ってたポルナレフ)が「DIO」の単語にン?と首を傾げた後、あっと声をあげてあたしを指差した。

「っていうかこの赤目……もしかして、オイ、この子がおめーの言ってたDIOんとこの?!」
「…半吸血鬼の女か」

 承太郎の声が殺気立つ。それが分からないほどあたしも伊達にあの馬鹿帝王の隣に居たわけではない。典くんが声を上げる中ちょっとだけ身構える。噂に聞くスタープラチナ…そもそもあたしは闘いにきたわけじゃあないから戦意ゼロなのだけれど、あっちがその気でかかってきた時生身で半端な吸血鬼のあたしがどこまでヤレるのか…少しの好奇心と些かの不安が芽生える。イヤ、寧ろ回復力だけは地味にあるんだしひたすらやられっぱなしになっとくってのも敵意無しを示すのにアリ、かもしれないけど。


「てめーは何しにここに来た」
「来たんじゃなくて、出くわしただけなんだけど?」
「何が目的だ」
「言っとくけど、あたしはあんた達を食べるような無粋なことしないからね。あたし男の人の血は好きくないの」

 それでも承太郎の殺気は消えることはなかった。

「どけ花京院」
「待ってくれ承太郎この子はッ」
「女を殴るのは気が引けるが、ここに居るからには何が何でもDIOの居場所を吐いてもらうッ!!」

 スタープラチナが浮かび上がり、拳がこちらに猪突猛進してくる。あーー……さっきはやられっぱなしもアリかなーなんて思ったりもしたけど、よおく考えてみたら腑打ち抜かれて痛覚と意識が飛ぶのとは違って、殴られるだけじゃすっごい痛いまま起きてることになるってわけよね。

「───ッ!!」

 前言撤回!やっぱ無駄に痛いのはいや!!!

 そんな必死の思いで咄嗟に腕で自分の顔を覆った途端頭の奥が真っ白になる。一向に痛いのは来ず、何かが拳を受け止める音を皮切りに静寂が雪崩れ込む。 典くんの「うそだろ」という呟きで恐る恐る腕を避ける。“何か”があたしの前に立ちはだかっていた。

「……てめぇ…」
「ほー…こいつは立派なもんじゃ」
「感心してる場合じゃねェぜじーさんッ」

 銀色の女肢体、鉄仮面で顔の上半分を隠された鼻立ちのいい顔。
 仮面から零れ落ちる長い長いブロンドのウェーブヘアがさらさらと天の河のように、靡く。時が止まったかのような感覚がした。一瞬だけ、息をするのも忘れていた。

 綺麗な、スタンドだった。

「このリリィってやつ───スタンド使いだ!!」

 なんで、あたしにスタンドが。

「…あたしにも…あったの…?」

 その資格が。

 数多のスタンド使いをぶちのめしてきたあのスタープラチナの拳を、あたしの銀色のスタンドがしっかりと掴みガードしている。裏地が星空のようなミニスカートがフワリとはためく。──いたんだ、あたしにも。いなかったんじゃあない、ただ隠れてただけだったんだ。そしてあたしは感動に耐えきれず、どっと声をあげた。

「すっっ───ごいッ!!! スタンドだわ! 本物のスタンド! キャァアかっこいー! うそうそ、ほんとにあたしのなの…!? うわぁ〜〜ッ!」
「…は? 何トチ狂ったこと言ってやがる」
「今まで自分のスタンドを知らんかったような物言いじゃな…」
「案外そうなのかもしれないですよ、彼女」

 顔に傷のある黒人(多分DIOが言ってたアブドゥルさん)があたしと、あたしがぎゅうぎゅうと抱きつく銀色のスタンドを交互にみる。

「リリィと言いましたか。リリィさん、あなたは本当に今日初めて自分のスタンドを目にしたんですね?」
「そうよ、今まで他の人のは見えるけど自分のスタンドは無いもんなんだと思ってたから」
「…なるほど、危機から主を守る為に漸くして目覚めたわけですか」

 思えばそれも当たり前かと思った。だって今までのあたしは自分の身に危機なんて感じた事などなかったのだから。殺されるべくしてDIOの傍にいて、あいつの傍にいる限りはあたしは誰にだって身を脅かされる事はない。今日が、人間を辞めて初めて危機を感じた日なのだ。

「…となれば、彼女の名前を付けないといけない」
「オイ、呑気な事いってんじゃあねーぜ。そいつはDIOの」
「逃げはしないしなんにもしないってば、まずは名前決めていい?愛称が無いまんまボコられるのなんていやよ」

 両手を挙げて降伏のポーズ。凄く睨まれてる。後ろから刺々しい視線を一身に浴びながら苦笑。あー怖、この子本当に高校生なのかしら。貫録ヤバすぎじゃあないの。

「しかしタロットの暗示は全て示されていますね…」
「因みに9栄神の枠も埋まってるわよ」

 ならばヴァニラのスタンドみたく暗示の枠に組み込まれていないスタンドなのか…と、考えたその時。

『ユ、ニ…ヴァーー…ス』

 “彼女”が、喋った。

「! えっ?! す…スタンドが喋ってる…!!」

 自分のスタンドながら驚いてしまい思わず典くんの背中に隠れる。典くんはなんにも怖くないですよと苦笑いしていた。

「…スタンドって、喋るんだ?」
「覚醒したての不安定な期間や、特定のスタンドによっては喋るようですが…ユニバース?」
『Yes、ユニ、バァース……ワタクシ、示ス』

 ぎこちなく響くハスキーな女声。ユニバース、自分の名を自らそう示すスタンド。彼女の元に恐る恐る近づく。こんなあたしから生まれたとは思えないくらいに美しいスタンドだ。手を伸ばして、触れる。何とも言い表し難い感触であった。
 するとアブドゥルさんがハッとした様子で口を開いた。

「そうかッ タロットにもう一つ種類がある! 世界のタロットと同義の“宇宙”のタロットだ…私のタロットで21番目は世界だが、タロットの種類にによってはそこが宇宙となる事があるんだ」

 つまり。世界(ザ・ワールド)と同意義のスタンド。
 表であり裏でありイコールである存在。

 なんてたいそうな事熱弁してるけれど、よくわかんないし興味も無いあたしには割とどうでも良かった。割とっていうか普通にどうでもいい、だって戦うって抗うって事でしょう? それはあたしにとって一番無意味で無益な行動だ。

「悪いけど、あたしはあなた達には協力しないし、DIOにも加担してるわけじゃあないから」
「…イマイチ信じれねーな」
「信じなくていーよ。あのおバカ帝王が生きるも死ぬも企むもその前にあたしが死ねればそれでいいし、なんなら……あなたが殺してくれるの?空条承太郎。」

 近づいて、まっすぐその深緑の目を射抜く。
 さあ、なんの抵抗もなく自分達に危害を加えたわけでもないただの女を殺す覚悟が、あなたにはあるのかしら。

「あなたは自分の目的の為に“悪役”になれる?」

 承太郎の眉が少しだけ動いた。

「…殺してくれないならDIOの場所は吐かないし、逆にあんた達の所在や詳細もあいつには言わないわ」
「殺してからじゃあおせェだろうが、ガキの癖に荒んでんな」
「当たり前よ、だってあっちに言うつもりもあなたに言うつもりも元からないもん」
「さっきからてめー、おちょくってんのか」

 一触即発。まさにそんな感じの雰囲気。昔のあたしとDIOみたいだ。カツカツとヒールを鳴らせて、三歩ほど離れ、ゆっくりと後方を振り返り、口許を三日月のように歪ませる。

「承太郎は、運命って信じる?」
「運命?」
「そ。……ところであなたのお仲間に、ワンちゃん一匹いなかった? 今はどこにいるの?」

 張り詰めた空気に面食らっていたポルナレフが弾かれたようにそうなんだよと声をあげた。

「その犬っころを、たった今俺たちは探してたってワケだ」
「そっか…ねえ、それが“運命”だとしたら、承太郎はどうするのかしら」
「何がいいたいかさっぱりだぜ。簡潔に言いな」
「イギーだっけ? 彼、今なにしてるんだろうね」

 もしかしたら、スタンド使いと闘ってたりするかも。

 総員を包む空気が少しだけ動いた。あたしは唇に人差し指を当てて秘密の合図をとる。声を潜めて、静かに、内緒話をするように。

「…DIOの館の門番、ペットショップが動く音がしたわ。きっと見つけたのね、イギーは…」

 きっとイギーは館を見つけ知らせる、そういう“運命”なのよ。先を急いて運命に背かない方がいい。果報は寝て待てって言うでしょう? じきに場所を教えにきてくれるわ。と言うと、承太郎が怪訝そうに眉を顰めた。

「どうしたの?」
「DIO側の奴らが勝つとは思わねーのか」
「悪は正義にぶち殺されるのが世界の法則だから。期待なんてするだけ無駄、生き残れたらラッキーくらいに身構えるくらいが丁度いいのよ。それともあなたはイギーが負けると思っているの?」
「そういうわけじゃねーけどよぉ」
「…変なヤローだな」

 ジョセフ・ジョースターかと思われるおじいちゃんが、あたしに近付いてしゃがみ込む。

「リリィちゃんや、頼む…DIOのことを教えてはくれんか」
「ごめんなさい、でもだめなの、残念ながらあたしはおじいちゃん達の味方じゃないもの」

 その鼻を人差し指でつんと突ついて、暫くしてからじゃあ…と切り出した。

「代わりにイギーを探すの手伝ってあげる、吸血鬼の五感はバカにできないわよ?」

 どうかしら。
 顔を見合わせた一行だったが、割とすんなり承諾された。こっちから情報を聞き出す為の“積もる話”があるからってのもあるのだろうけどやっぱ基本お人好しなんだな、こんなにホイホイ敵とお話なんかして良いのだろうか。

「ていうかスルーしてあげてたけど、あたし承太郎より年上だからガキって言うんじゃあないわよ」
「…」
「本当ですよ、皆さん」

 花京院の言葉を合図に場が凍った。

「はぁーーー、これが俗に言う合法ロリかァ」
「ポルナレフ次言ったらしばくから。典くんはあたしが何歳か知ってたっけ?」
「俺と花京院との声の温度差がパネェよ…」
「僕の四つ上でしたよね」
「グレート! ってなわけで半吸血鬼になった時ちょっと若返っちゃったけれど大人なんだからね、寧ろあたしがガキって言う立場なんだからナメんじゃあないわよ」

 腕を組んで、凄味をきかせる。合法だろうがなんだろうがこっちにだって歳上の意地くらいあるのだ。
 でも承太郎の半分しか身長ねーぞ、なんて言ってギャハハと腹を抱えて笑うポルナレフにすぐさまドロップキックをかましてやった。半分なわけがあるか胸元くらいまではあるわ。…ヒールを履いたらだけど。


***

「お母さんを助けるため、ねえ」
「…」
「大切なお母さんなの?」
「ここまで来てそれを聞くか」
「もー、承太郎はつれないわね」

 イギーはまだ見つからない。お母さんは良い人?と聞いたら、承太郎はYesとは口にしないが濁した言葉とおじいちゃんの自慢を聞く限り、まるで“聖女”のような、とても良い人なのだと想像は容易についた。まだ高校生なのに命を掛けるような真似をして、こんなところまで。噂を聞く限りでは中々恐ろしいであろうDIOに向かって。
 それだけ大事な家族で、幸せだったのだろう。
 命を顧みず戦えるほど。

 そうね、やっぱあなた達は光の中を歩く人なのだわ。そしてあたしはそこに行けない。行こうとも思わない。だってまだもうちょっとくらいは“おせっかい”してたいもの。

「いっとくけど割と厄介よ? DIOの能力」
「ならその能力とやらを吐けばそれでいい話だ」
「だからあ、殺してくれたらね」
「…」
「あ、イラついてる。それでDIOも昔怒ってたわ、キリが無いってね」

 それか殺す寸前まで殴りでもしてみれば? あんたのスタープラチナなら動作もないでしょうに。
 眉間に皺を寄せまくる承太郎をケタケタ声をあげて笑ってやる。エジプト郊外、川沿いを歩きながら。今日は日差しがやや弱く過ごしやすい。

「なんでそんなに死にたがる」
「…」
「リリィ」
「きっとわかんないよ。承太郎には」

 自分でも驚くくらい和やかな顔で、先を歩いていたあたしは反対向きに回って、真正面から承太郎を見つめた。和やかだけれども真剣に、穴が空くほど見つめた。

 心から生きてて良かったと思った事なんかない。信じられないとは思うけど一度も、だ。捻くれたくて捻くれた訳じゃない。夢さえマトモに見させてくれない世界はマトモに殺してさえくれなかったのだ。この感情がただの逆恨みだろうとなんでもいい。理想的に死ぬためにあたしは世界の理から外れて、ここに居るだけなのだから。
 同情は嫌いだが、この時ばかりは死ぬほどあたしに同情すればいいと思った。優しい本質を持つ空条承太郎、あなたはこれを聞いてどれだけ心を痛ませ立ち止まるのかしら。「さあそんなに情報が欲しければ嫌がるあたしを死ぬほど殴っていたぶってみてよ」と微笑みながら手を広げる。

「承太郎、もう一度聞くわ。あなたは自分の信念の為に“悪役”になれる?」

 承太郎は何も言わなかった。
 暫くして、あたしの目から逃れ帽子の鍔に隠れていた緑の目があたしの赤をじっと見る。次に、「お前はその“悪役”になってくれるやつだから、DIOのとこにいるのか」と問うた。少しだけ間を置いてから「きっとそうなのかもね」と返す。

「DIOはなんでまだお前を殺さねーんだ?」
「面白くないんだってさー、あたしのいう通りに殺すのが」

 だから少しだけ、DIOの暇潰しに付き合ってたのよ。まあDIOが殺してくれなくても、死ねないわけじゃないし。ただ楽にサッと死ねる方法がDIOってだけだから。そう言ったら承太郎は腑に落ちない顔をしていたけれど。

「お前よォ、さっきスタープラチナの拳にビビってたじゃあねーか」
「それとなくイヤな言い方しないでくんない」
「は、死にてえだなんてよく言うぜ」
「そりゃあ無駄に痛いのはいやに決まってるでしょ、マゾじゃあないんだから」

 ユニバースを出したために承太郎は一瞬身構えたが、気にせずあたしはユニバースの腕に座って足を組み、実に上から目線で承太郎の鼻をつんとついた。

「痛くしないでって呟いちゃうのは、女の子として当然でしょ?」

 あたしの身体は最早じわじわと死に追いやるやり方では死ねるか定かではないし、そもそも理想でない。承太郎に笑いながらいう、やるからにはサッと一気がいいからってさっき言ったわよ と。

 …思ったけど、DIOもそんなにあたしの思い通りになるのがいやなら、そのじわじわと痛みを伴う殺し方であたしを殺してもいいのに。あたしが別に痛くてもいいなんていうのは最初のうちなんだけだろうし(今回がそうだった)、あんなにいじめっ子みたいな顔でお前が嫌がる殺し方を〜なんていってたのに、なんでDIOはそうしないんだろう。

「リリィ」
「なあに」
「鼻から指を退けろ」
「ほんっとつれないわねー」

 ……。 ま、あいつの思惑だしどーでもいいんだけれど。

「そういうわけだからね? あたしのためにあたしはあいつの事を口にはしないし、あなた達の事も決して言わない。あたしはあくまで傍観者としているだけよ、関わる筋合いが無いから。寧ろ勝手に巻き込まないで頂戴よ。“平穏を壊されたくない”のは誰だって一緒でしょ?」

 ひょいと何の意識もなく出てきた言葉。
 …平穏。
 あたしにとっての平穏。
 漸く手に入れた、本当の自由と、安息。真夜中のお喋り、好きなものを見て食べて、ちょっと勉強もして、たまに一緒に出かけて、気ままな生活。……そうか、あの三年間があたしの平穏だったのか。

 人の頃ではこんな気分味わえなかったんだろうなと改めて思ったら、なんだか可笑しくなった。皮肉なものだ。
 死ぬために悪の帝王と共にいるのに。
 幸せなんてさ。

 ……殺される為だけではなくなったのはいつからだったか、いつから寄り添っているようになったのか。時間を共にし過ぎたせいで忘れたけれど。

「承太郎」
「…」
「あたしはDIOの気まぐれな質の悪い悪戯で吸血鬼になってしまったわけだけれど、結構“幸せ”なのよね。人である頃よりずっと充実してる」
「…あのDIOの元でか」
「悪の帝王ってやつ?猫被ってるだけで中身はゲロ以下のアホクズよアレ」

 仏頂面が多少面食らった顔をしていた。まあそうか、あっちは『悪の帝王』なんて大それた名前の強大な敵だと思っていたヤツを、こんな見た目の幼い小娘がアレ呼ばわりした上にぼろかすな悪口を言ってのけたのだから。

「承太郎、典くんを助けてくれてありがとうね」
「! 花京院か」

 なんだ突然、と言いたげな顔で。
 だって、典くんが幸せであるなら本当に何よりだと思うから。一応お礼言っとかなきゃじゃない?
 …そんな風に誰かに幸せをあげられるあなたは、何もしなくても幸せ、だったんだろうね。承太郎。こんなに死を思わなくても、承太郎は十分なくらい幸せを知っていたんでしょうね。

「…あいつがジョースターを憎いって言う気持ち、今ならなんとなく分からないでもないよ」
「、リリ」
「典くーん! 前に行ってたあたしとの約束っ 覚えてないわけないわよね!」
「え?」
「お茶!一緒にしようって!」

 俺が呼びかける前にリリィがひらりと身を翻し、花京院の所に駆け寄っていく。見たカンジ近所の高校生に懐くガキみたいな雰囲気だ。最初は動揺していた花京院も今は慣れて普通に会話もしているし冗談もいっている。親しんだ友のようなそれ。

「そんな約束したかなあ」
「ぜーーったい覚えてるでしょその顔」
「じゃー俺とお茶は?」
「あはは、ポルナレフ、ハウス」
「犬じゃねーーッよ!」

 リリィの言った言葉の意味が、俺の中に何か苦い後味を生み出していく。平穏、幸せ、それらを取り戻すためにここまで来た俺たちは、かつて不幸だった彼女が漸く手に入れた平穏と幸せを…確実に壊そうとしている、とでもいいたいのか。
 その時、リリィがあら、と声を上げた。

「あれ、何かしら」

 目線の先には、溺れた犬を助ける子供がいた。が、その犬は。

「あれはッ…イギーじゃ!」
「マジかよ!なんで溺れてんだ!?」
「…約束はまた、今度かな」

 その今度ももう来ないのかもしれない。

「みつかってよかったね、イギー」

 後ろからそんな声が聞こえたと思ったら、その場にもうリリィはいなかった。花京院もそれに気づき、互いに顔を見合わせる。
 リリィはその場に元から居なかったかのように消えていた。

「…いっちゃったね、リリィ」
「…」
「あんな子でも、僕らの敵なのかな」
「そうなるんだろうよ」
「複雑…だね」

 そもそもこの旅がまだ始まったばかりの頃、花京院からあのリリィという存在を教えられた時から、この違和感は俺の中にあった。
 『こんな事を言うのは可笑しいかもしれないですが、僕は彼女に背中を押してもらった。あの言葉があったから君らについて行く勇気を持てたんだ』、花京院は言った。リリィは本質を見抜く。そしてこいつに「見失うな」と、元の道に戻るための助言を言ったのだそうだ。

 リリィは話に聞く“自ら生贄になりにいく餌”でも今まで見てきた“熱狂的な信者”という風では決してなかった。逆にクズだのアホだの馬鹿だの今までの奴らじゃ死んでもいえなさそうなことを言っていたくらいだ。更にはそんな事を言っておいてあのDIOと共にいることを平然として“平穏”であり、“幸せ”だと表現した。…あの女にとってDIOはどう見えているんだろうか。逆も然りだ。

 そして、ヤツはなんでリリィを殺さないのだろう。殺したいが思惑通りにするのは嫌だ?それなら、無駄に痛いのはいやだと言うのだから、そうすればいいだけじゃねえか。ちょっと考えりゃおかしな話だ。なんで帝王だのと言われてるやつが何もせず、ずっと彼女と平穏を過ごしていやがる。

 …俺は本当にこのまま進んでいいのか。

 実にいやなことに、俺は二人の間に奇妙な絆が見えるようでいた。 母親を助ける為だ、迷う必要はないのも迷いながら勝てるような奴じゃあないと言う事も嫌というくらい分かってはいるが。

 後味が悪いぜ。こいつは。





「…今日は何を買って帰ろうかな」

 ほんのちょっとだけ、承太郎達はまだ来なきゃいいと思って意地悪に話してたのは秘密だ。
 DIOは、いつあたしを殺すのだろう。





朝が夜を喰らい尽くしてしまう前に
(決戦の夜までに考えなきゃいけないこと)



─────────

終わりへと。



典くんかわいい。

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