「あ、公園だ」 夜道を散歩していたら、入り組んだ街の一角に公園を発見した。その公園のデザインが普通ではなく中々面白いもので、遊具が海の生き物をモチーフに作られている。ちょっとだけ寄ってみようと足を踏み入れたあたしをDIOは「子供だな」と小馬鹿にしていたが、ついてくる分自分も割と興味深々なんじゃないか。 「いつ以来かなあ、公園なんて」 「このDIOが生まれた時代にはこんな画期的なデザインの公園などなかった」 「逆に百年前からこんな先鋭的な公園あったらびっくりだから」 砂場に誰かの忘れ物なのか、可愛らしいサイズのピンク色のバケツが転がっている。そこにしゃがみこんで、砂を手にとった。砂いじりなんて本当に何年ぶりだったか。 「そうだ、砂でDIO作ってみよ」 「ほう、アートか」 十分後。砂を積み削り作り上げた傑作をDIOに見せる。 「どう!?」 「………、……前衛的だな」 すごい微妙な顔をされた。 「似てるでしょっ」 「似せて作ったのか。似てないぞマヌケが」 「ええーー、似てるよ」 「自信満々に言ってる所悪いが俺にはそびえ立つゲテモノにしかみえん」 「なんで? ここらへんとかDIOに似てるじゃない」 「そこが一体俺のどこにあたるのかすら一ミリも分からん」 あまつさえ「お前、美術の成績が芳しくなかっただろう」と言われる始末。そんなこともなかった……筈なんだけど、まあ三年前の成績とか普通しっかりとは覚えてないもんね。そんなあたしにDIOは少々頭を抱えながら、悪意が無いのはよくわかったとぼやいた。 「ねえ、あの滑り台タコになってる」 「面白いものだ」 「カイロにこんなとこあったんだ」 シーソーはラッコ、ジャングルジムは海藻。今度はブランコに乗る。DIOの体重だと流石にブランコも壊れてしまうので(そもそもこいつがブランコに乗るとかシュールな光景過ぎて腹筋がぶっ壊れる)あんたは押す係ね、とあたしの背中側に引っ張って移動させ、自分はブランコの台座にどっかりと腰を下ろした。 「…なぜこのDIOが」 「はやくー」 「…」 溜め息の後に、背中を押される。ふんわりと足が地面から離れ、古びた金属の擦れる音を奏でながら前後に振れはじめた。 「あっ馬鹿力で押しちゃダメだからね、ブランコ一回転し兼ねないから」 「喧しいな、分かっている」 背中を一押し、また一押しされるたびに風が顔を撫でて、景色が段々高くなってくる。公園で遊んでた頃にこんなに高く漕ぐことなど出来なかったし、背中を押してくれるような人物もいなかったから、すごいすごいと年柄もなくはしゃいでる自分がいた。 見たこともない景色だ。見たこともない世界だ。知らなかった世界が目の前に、広がっている。するとDIOから呆れたようなかんじの声が掛かった。 「そんなに楽しいか」 「うん!自分だけじゃあこんなに高くできなかったから!」 暫くして、そうか。という返事が風切る耳に微かに聞こえる。 「もっと高くー!」 遠心力に放り出されそうになりながら鎖を持つ手を握り締める。空が更に近くなる。今なら鳥みたいに、空の彼方へ飛んでいけるんじゃないかと思った。大きな手が背中に触れるたびに高く、さらに高く。そして一際強く背中を押された瞬間。 「ッ!?」 ギリギリ水平の所で止まる筈だった景色がぐるんと一回転し、鎖がぶつかり擦れるうるさい金属音がして元の位置まで戻ってきた。ガクンと体がつんのめり急ブレーキ、振り下ろされそうになる中乱暴に振れが収まる。…危な、舌噛みそうだった。下をみると足を付ける地面から台座までの距離が明らかに広くなっていた。上の鎖を付けたポールを見る。鎖が一回分巻きついている。次にDIOを見る。本人もポールを見た後にこちらを見た。 「……」 「…ブッハッ」 噴き出したのは言わずもがなあたしだ。 「うッそおおお言った先からホントにやっちゃったの?!ぷっ、ッハハハハハハッやっばいなにこれ流石吸血鬼…!!」 「…笑い方が下品だ、慎め」 腹筋が引きつりそうになるくらい笑い転げる中、微かにDIOが悔し恥ずかしそうに歯噛みをしていた。とりあえずブランコから降りて、ちょっときつめに台座を逆に押す。半分とて吸血鬼、結構な勢いでブランコが逆回転し、ジャランと派手な音を立てて鎖が元に戻った。 「はーびっくりした」 「ふん、このDIOの力にかかればあんなもの」 「人に見られてたらどーすんのよ、ジョースターに証拠与えてんのと一緒でしょうが」 「…WRY」 まあ凄い楽しかったからいいけど。あんだけ高く漕げたのはじめてよ。と興奮覚めやらぬまま話すと、DIOは少し笑って。 「一人遊びよりはましだったか」 「…、」 楽しかったのなら良い。 そんな風に言って頭なんか撫でちゃって。本気でやってるのかしら。ちょっとばかし童心に返っていたとはいえもうそこまで小娘じゃないし、もうハタチなのよこれでも。 …しかし、こんな出し抜かれた事をこのアホ帝王に言われる日が来ようなんて。むず痒いものを感じる。DIOのくせに。なんと言ったらいいのか、語彙が貧弱なのか表現のしようがなくて兎に角むず痒い。 痛みの分からない幸せ者が不幸者を憐れむことを同情と呼ぶのなら、痛みを知る不幸者同士のそれは共感と呼ぶのだと思う。どちらにせよ愚かしい事にはかわりない。それもこれも自覚済みであたしだけが愚かでいるつもりでいたけれど、最近は“共感”を売りに仲間集めしてるだけあって案外そんなこともなかったのか。まあ、本気なのかは解らないし、果たしてあの過酷な過去を持つ彼に一人で遊ぶような時間があったのかも、いざ知らず。 傷の舐め合いと言われればそこまでだ。 でも、こんな馬鹿げた事でも昔の寂しい自分が報われたような気分になるのもまた事実。全く単純で阿呆らしい。分かっている。そんなもんでも救われちゃうのがヒトってもんだ。──あたしがそうしてきた時に、もしかしたら彼もこういう気持ちであったのだろうか。それなら、できることならそうであるといい。こんな悪人だって少しくらいは報われればいいと思うから。 「たのしかったよ」 「…」 「次はこっちね!」 「まだやるのか」 誰もいない真夜中の公園。吸血鬼だけの時間。静寂にあたしの笑い声が響く。一人じゃない公園。二人ぼっちでいい、一人じゃなきゃそれでいい。 ラッコのシーソーの真ん中にのってバランスゲーム。海藻ジャングルジムを吸血鬼の身体能力で弄ぶ。クジラのトンネルの向こうを覗いたら向こう側にDIOが居た、そしたら「まだか」と言われた。「まだだよ」と返事を返す。イルカの水飲み場の飲み口を押さえて水鉄砲をしたら服が濡れると怒られた。 「おい、なにをしてる」 「すごいから見ててー」 タコの滑り台のてっぺんから、段ボールをスケボーがわりに滑り降りる。降り口からアクロバティックに飛んだら着地する前にDIOに軽々と抱き留められた。 「あぶないからやめろ」 「吸血鬼なんだから大丈夫でしょ」 「そういう問題ではないマヌケ」 あたしを地面に下ろして、自分は滑り台の降り口に腰を下ろす。気は済んだか、まあまあかな、と言葉を交わしながらDIOの隣に立って空を見る。言わずもがな満点の星空だ。右隣を向く。 「ねーDIOは生まれ変わったら何になる?」 「生まれ変わったら、だと?」 「あたしは鳥になりたいかな」 「…なにを言い出すかと思えば」 「さっきブランコの時にさ」 鳥の見る世界って、あんな感じなのかなあ。って。 鳥であればあんな風に世界がキレイに見えるのか。まあ生まれ変わりを本気で信じてるわけではないし、人間じゃなかったら石ころでもなんでもいいけれど。深呼吸をして深夜の空気で肺を満たす。空を飛んで、どこまでも飛んで、眼下の世界になど目もくれず、やがては力尽きて飛べなくなって地面に落ちて…そのままあっけなく死ねるのだろう。 人間じゃなければ、きっと世界はもっと美しく見えるのだ。 「で、DIOは何になりたいの?」 「リリィはそんなものを信じてるのか」 「んなわけないでしょ。あんたがいっつもいってるほんの想像遊びじゃない」 「どっちにしろ生き続ける俺に生まれ変わりなどないからな、想像するだけ無駄だ」 「つまんないの」 「…ただ」 「ただ?」 何も考えずに済む動物ならば、気は楽なのかもな。 その横顔を見つめながら、「なら一緒の鳥になろうよ」と言うと彼は「悪くない」と口許を歪めニヒルに笑った。 「そろそろ帰るぞ」 「んー」 DIOが腰をあげようと膝に手をつく。ついて、立ち上がらずにそのまま止まった。 「…」 「? DIO?」 「…」 「どうしたの」 「……」 DIOー?と顔を覗き込む。その顔は無表情に近かったが、どっちかというと思考停止という顔のほうが表現的にあっている。その数秒後にうっすらの焦燥、困惑。 「ちょ、っと? ねえ、ほんとどうしたの」 「…抜けん」 ボソッとそう言った彼の声をあたしは聞き逃さなかった。 「…は?」 「…、」 「抜けない?」 「…」 「……そこにお尻挟まったの?」 「………」 「、…………ッ、ブっハァッ!?」 座ったまま顔の前で手を組むDIOの額に青筋が入るのも御構い無しに、地面に転がらんばかりに大声をあげて笑った。ダメだ、これは本気で反則だ。お腹痛い。涙とまんないし。お腹千切れる。 「ふァッハハハハハハハ!!! え!? え!?? やッばいもうやばい…! クッ…今日のDIOほんとダメだわもおおおやめてよおおおおお! あーーーーーお腹痛いほっぺたの筋肉しんじゃうほんといまから笑かすの禁止だからっフッ、ブフゥッ」 「……、笑ってないで手伝わんかリリィ…」 DIOが手を掛けた滑り台の石がミシリと鳴った。 「あああああ待って待ってDIOそれ壊すのはまずいから!ほら、引っ張るから手貸して」 半分は吸血鬼なんだし引っこ抜くくらいは出来るでしょ、と彼の両手を掴んで引っ張る。痛いぞと抜かす馬鹿帝王に我慢しなさい帝王でしょと叱咤して、手だけではなく足の力も入れてみたが、それでも抜けない。 「ふんっ!ンヌうッ! ンー抜けないわね」 いや、もうちょっとだけ力を入れれば…… 片足を踏みしめ、もうほんの少しだけ馬力を加えてみる。 「ウラァァアッ!!!!」 「!?」 それはもう絵本でいう大きなカブの如くDIOが勢い良く引っこ抜け、更にあたしは勢い余って頭上…空中に放り投げてしまった。 まあDIOは綺麗すぎるくらいに華麗に着地したのだけれど。しかしその着地の仕方中々ムカつく。引っこ抜きたい、次は髪の毛を。 「オイ、もう少し加減をしろッ」 「うっさいわね、悪かったわよ…普段こんな力入れないから加減がわかんないんだもん。抜けたからいいでしょ、…プッ」 「笑うな。…ムゥ…まあいい、帰るぞ」 手を差し出される。…普通にそういうことするようになるんだから、ヒトってわからないわね。親とひとしきり遊んで、パンザマストのチャイムで帰るときってこんな感じなのか。それに、あたしもその手をごく当たり前に掴んでしまうのだから本当にヒトの適応力はわからないもんだ。 「ゆうやけこやけでひがくれて」 「なんだその歌は」 「日本での、子供がお家に帰る時間に鳴るチャイムよ」 「ほう」 「テレンスにDIOが滑り台に挟まったの話していい?」 「…そのつもりなら口を縫ってやるからな」 「やだーDIOこわいー」 「秘密だぞ」 「イエッサー」 ニタリ、と二人で笑いあう午前1時。 さらば愛しきロンリーガール (おててつないでいまかえろ、吸血鬼といっしょにかえりましょ) ────── 人じゃなくてヒト。これ重要。 あの夕焼け小焼けの歌がイマイチ歌詞思い出せないから いまからググってきます。 滑り台から抜けなくなるDIO(爆笑)のネタは フォロワーさんから。あざし。 |