帝王観察日記 | ナノ


 
「あたしは今寝てるの」
「は?」
「だから今から寝言をいう」
「…リリィ、なにを言っ」
「あんたが天国を目指す本当の理由は何なのかしら」

 天国の話をしていたらリリィが突然わけの分からないことを言い出した。…かと思えば、そんなクソ生意気なことを言い出したのだ。馬鹿な事を。しかし私が声を発する前にリリィは言葉を畳み掛けてきた。

「この世を生きてていくら勝利しても満たされないことに気付いたのはどうして?」

 突如ギシリと心臓が嫌な音を奏でる。嫌なところを突かれて軋む音。

「DIOは今、ちっとも満たされてないんでしょう?」

 ああそうだ、だから私は天国を、

「乾いて乾いて仕方ないんでしょう?」

 ───なにが言いたいんだ。

「幸せじゃないんでしょう?」

 何が言いたい。明確に答えを言え。戯言は結構だ、うるさい、黙れ。
 叫んでやろうとしたが、喉に何かが詰まっているようで中々声が出ない。反面、リリィは変わらず普段と変わらない顔でいけしゃあしゃあと御託を並べている。むかつく、腹が立つ、まるでなんでも知ってるような口を利いて。…いや……事実、なんでも知っているのだ。この地上で生きる者の中で唯一、話せる限りの私の全てを話してしまった娘なのだから。

「それがなぜなのか解る?」

 リリィの紅玉の眼ははっきりと私を、俺を、射抜く。この悪女に宿る聖女の眼が、俺にはどうしても恐ろしかった。この目で見られる事を選択したのは自分なのに、だ。ああ、俺はこの目に射殺されたいとさえ思ってるのだろうか。死ぬなんて真っ平のくせに。
 またそうやって見透かすのか? 散々見透かすくせになぜ俺には答えを教えてくれない!

「あんたは自分が何を求めているのか自覚すらしていないのよ」

 それがなんだと聞いているッ──!!!

 声に出せない代わりなのか思わずその華奢な首を掴んで、体重任せに押し倒す。いつだったか出会ったばかりの頃、そうしたように。リリィは変わらず、穏やかな顔で殺してくれるのかと問うた。変わったのは俺だけか、俺だけだ。彼女はなんにも変わっちゃあいない。これもただ怒らせて殺されたいだけの為にやってるのだろうか。それがどうも悔しくて憎らしくて何故か辛くて、いっそこの首を引きちぎってしまおうかと考えた。どうせそれぐらいでは死なないのだから。
 死なないけれど。
 いつだったか彼女の腑を打ち抜いて、暫く起きなかった時のことを思い出す。

 回復して体力を消耗したから眠っていただけだったのだが。やけに静かな数十分だったのも記憶に鮮明だ。

 首の手を離す。
 我ながら酷く狼狽している。あの静寂には二度として耐えられる気がしなかったからだ。なんで耐えられないのか、そんなの知らない、知りたくもない。それを隠すように久々に乗せられたな、と笑うと、リリィは小さく「ばれたか」と言った。

 天国に行きたいのは。

 救われたいからじゃあない。そもそも宗教上の天国など所業を重ねてきた俺が行けるとは思っていない。神なんか信じてもいない。俺のなかの総ての恐怖を覚悟し克服した世界こそが『天国』…そこに行けば頂点に立ち“全て”が満たされると信じているからだ。そう、全てが。母でさえも行けなかった天国に俺は行き、“見返して”やるのだ。ほら、ちゃんとはっきりしているじゃあないか。その為には必ず障害になるであろうジョースターを根絶やしにしなければいけない上に、準備だって進めなければいけない。

 …本当に満たされるのだろうか?
 いつもみたいに、満たされたそばから乾いて終わったら次はどうしたらいいのだ。

 考えてもみなかった不安要素が突然俺を襲う。
 …くそ、くそッ、何が寝言だ。ふざけた事を言いやがって。そこで腹が立てばすかさず殺せだのなんだのと、狡いといったらない。ひとしれず歯噛みをする。 本当は何を求めてるのかなんて分かってれば苦労しない。挙句自分でじっくり考えろというように彼女はなんにもいわないのだからたまったものじゃあない。
 リリィをみていると、自分が一体どこに向かおうとしているのか時々分からなくなってしまう。
 もはや病気だ。

 すると、「ごめんね」と声がして柔らかいものが左頬に触れた。…リリィがキスを落としたのだ。思わず振り向く。何を言っていいのか、いつものような言葉なんて浮かばず沈黙していると、リリィはこっそりと母親に詫びる子供のように少しだけ眼を伏せた。

「DIOがどこにいこうとしてるのかわかんない嫌な夢をみたから」
「…」
「だから、もしかしたら変な寝言言っちゃったのかもね」

 長い睫毛に飾られた丸く大きい紅玉。
 …だから、これは単なる疲れからきた気のせいだ。ただの挨拶と変わりないのに動揺しているのも突然すぎる奇襲だったからだ、そうに違いない。むしろそれしかあり得ん。

 おやすみ、と言ってリリィの姿がドアの向こうに消える。きっと明日になれば彼女は何事もなかったかのように振る舞うのだろう。いつもそうだから。


 ──リリィが指摘した数々の事項に、NOと言えるかもしれない時が一つだけあった。
 指摘した本人と時間を過ごしている時だ。

 時間を共有し他愛もないことを話している時は、数々の勝利や命でさえ満たせなかった部分を満たし、渇きを潤わせる。少なくとも「幸福」だと感じれる。事実その感覚によって感じる別の渇きも甘んじてしまっている。
 一昔前まで抱いていた、この状況を利用してやるんだという思惑でいれるほど、悔しい事にもう余裕は持っていなかった。ミイラ取りがミイラに、なんて諺がよくあったものだ。
 冗談じゃあない。
 最近は利用どころか、彼女のために何かしてやろうと思う時さえもある。あの“気のせい”に身を任せてみたことさえある(精神的に自爆しかけたが)。こんな20半ばの小娘に、この俺ともあろう存在が。気色が悪すぎて嘔吐してしまいそうなくらい女々しいことに。

 息を吐けるだけ吐いて、前髪をぐしゃぐしゃにかき乱す。
 そもそも事の発端はなんだったのか。多くの時間を共有しすぎて解らないのだが──

 『ガラクタの山の中から救った』
 『ありがとう』

 全く。
 此方は掻き消そうと必死だというのにその言葉はいつまでも俺に付き纏っている。『天国』のための道具作りがてらというのもあったが消すために何人抱いていると思っていやがる。消えるどころか無駄な虚しさと自分への呆れまで割り増しだ。ふざけるな。

 …こんな荒んだ存在になってまで、そんなことを誰かに、あんな顔で、言われる日がくるだなんて。
 思わなかったのだ。
 考えてもみなかった。それ故か。解らないが。
 情けない話だ。

 脳内花畑(ポジティブシンキンガー)の馬鹿な小娘だなどと嗤うどころか。嗤えたらまだ良かった。 俺はその時点でリリィがそんな平和呆けた馬鹿ではないと知ってしまっていたし、俺がどんな奴か知ってるくせに正気かと肩を揺らして問いただしてやりたいくらいだった。俺がそんな善人だと、よりにもよって彼女が思うわけないというのに。信者が俺に向かって宣う「救世主」の響きとは全く訳が違う。
 そんなこんなでこんなにおかしくなってしまっている。何もかも、“覚悟”がなかったからだ。やはり“覚悟”の為に天国は必要だ。

 俺でも何かが出来るのかなどと、“奪う”存在の自分が“与えよう”としているのだ。
 勘違い。
 これほど間抜けで滑稽なことはあるまい。なんなんだこれは。茶番か?片腹が痛い。……くそッ! 絶対に、是が非でも、こんなこと認めるものかッ
 急に腹が立って机を拳で叩く。上に乗っているワイングラスから少し中身が溢れた。少し我に返る。いかん…ヴァニラがすっ飛んで来兼ねん、抑えねば。

 俺は帝王だ。悪を魅了する悪の華。
 そんなホルモン作用の勘違いに乗せられるほど落ちぶれてなどいない。そんな馬鹿な事よりも、俺は、天国を見なければいけないのだ。

 俺の求めるモノは、そんな風な生温い場所になんか在りはしない。絶対に。


 ───『生き物は生きている限り、何かが怖いという感情からは逃げられないの。例え人間を辞めてもね。息をしている限り逃げ切る事はできないわ』。

 いつだったかのリリィの言葉が脳裏をよぎる。

 リリィ…お前はわかっていない。なんにもわかっちゃあいない。怖いものだらけの俺にとって、恐怖のない世界がどんなに美しく素晴らしくみえることか。

 俺は、お前自身が怖いどころか、いつからかお前が傍にいない世界のほうが怖くなっている。

 ……だから無駄だ無駄だとあれほど言ったのに。“あわよくば”に会えなかった時点で。俺にはあれ以上のやり方が解らないのだから。それが意味するものの先に求める答えなど在りはしないと自己完結しなければ、俺だけが報われない。やはり、何が何でも天国を見なければいけないらしい。





Tell me how to Love!
(手に入らない事実に直面するのが怖いから目を逸らす)




──────
愛し方教えろコノヤロー!って

ありがちな流れ。

経験のNASA出てきますわ〜DIOさま馬鹿だわかわいいわ〜
忌み嫌われる存在だって自覚してるやつが、そんな自分を知り尽くしてるやつに限って素直に感謝されたらどう思うのかなって。

DIOは精神的にDTこじらせてるだろうから(失礼)

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