帝王観察日記 | ナノ


 ジョースターの子孫が、カイロに近づいてきているらしい。この間“見られた”のだそうだ。見られたというのは多分、スタンドの能力で。それでどうするの?と聞いたら部下を送り込んで阻止するだけだと彼は端的に言った。あたしが直感で思うに、話で聞いたほどの爆発力を持ったジョナサンの子孫…DIOを倒さんと向かってくるなら尚更、並ならぬその力を持っていないわけがない。その部下とやらは多分ジョースターには敵わないだろう。

 そのジョースターってどんな顔なの?と聞くと、一枚の写真を渡された。冒険家のような格好をした現役バリバリそうなお爺さんと、雰囲気がかなり貫禄溢れるものの学生服を着た青年がまだ新しいフィルムの中に写っている。

「へえ、これがスタンドの“念写”とかいうやつ?」
「これはジョナサンの体による副産物にすぎん。このDIOのスタンドは『世界(ザ・ワールド)』だ」
「ふうん…ワールド?の力ってどんなものなの?」
「………そうだな、お前になら教えてもよかろう」

 私とお前だけの秘密だぞ。

 ルージュの塗られたDIOの唇が三日月のごとく歪み「静かに」と囁くように、優美な仕草で人差し指を唇に当てるジェスチャーをしてみせた。

 一挙一動すべて、蠱惑的で、魅力的な。

 こんな風にして色んな人を堕としてきたのだろうからこいつはやはり腐っても悪党なのだろう。敵対するとしたら厄介な人だ。…そうだ、敵対でもすればすぐにでも殺してくれるだろうか。…でもそれはそれで何かと面倒くさいから、パスかな。 ───正直なところを言えば、そうすることによって無くなってしまうこの時間のことがちょっぴり惜しく感じるのだ。

 隣に座るDIOは、楽しげに内緒話をする少年のように声を潜めて、“秘密”を話した。

「世界の力は、時を止める力だ」
「へえ…DIOらしいわね」
「そうだろう」

 100年前からずっと、止まったまんま。

「言うんじゃあないぞ?一応俺はお前を信用してやってるのだからな」
「ていうか言う必要ないでしょ。人形にそんな口と権利があると思うの?」
「…つくづくお前は時化た事をいう」

 肌を撫でる窓からの夜風が心地良い。
 写真を見る。承太郎、というらしいこの青年は目鼻立ちもよく結構なイケメンだ。DIOとはまた違う美しさを持っている。彼とDIOがぶつかる日もそう遠くないのだろう。直感だから、確信を持っては言えないけれど。

「それよりリリィ、また随分と大層なサイズの書物を読んでるな」
「ああ、天文学の本よ」

 この季節のエジプトは日光がある程度大丈夫なあたしでも一週間すればへばるほど、陽射しがとても強い。だからカイロに来てからは外に出るのは週二〜三日程々にして、ほとんどの時間をDIOと一緒に資料庫から古い書物を漁ることに費やしている。地下の資料庫は数世代使われていなかったのだろうか、蜘蛛の巣が張り付いてるわ埃だらけだわで中々酷い有様だった。でもその暗くてひんやりとした空気や埃くささは、妙にあたしをどこか懐かしく落ち着いた気持ちにさせる。

 この古めかしく馬鹿でかい本は、そんな書庫で埃をかぶり眠っていた一つの古本である。星について書かれてる本だ。古い割には中々書き込まれていて、内容も濃い。エジプトの文明はそれほどまで発達していたのだと改めて解る代物だ。

「…ねえ、星見に行かない?」
「星?」
「天体観測しようよ」

 今日は空も晴れてるし。
 突然の思いつきにDIOは億劫そうに唸っていたが、「まあ暇つぶしには」と重い腰を持ち上げた。


「すごーい」

 エジプトは街中の光が少ないので、星がよく見える。濃紺の空に散りばめられた宝石のような、今にも降って落ちてきそうな星々に、自然と感嘆の声が漏れる。
 屋敷の屋上の柵にもたれこみながら、夜空を見上げる。あ、夏の大三角形みつけた。…と、DIOはその大三角形のすぐそばにある星座の名前を言った。

「あれはわし座だな」
「星座のことわかるの?」
「それぐらいの教養はある」

 DIOの指した、やや形の崩れた十字形をしているその星座を見る。

 わし座には、白鳥座のデネブや琴座のベガとともに天の川の流れをはさんだ1等星アルタイルが心臓部分にある。アルタイルは日本では七夕伝説の彦星としても有名だ。

「わし座の南の部分にある5.6個の小さい星が、カーブを描いた場所があるだろう」
「うん」
「古くはそれをアンティヌス座と呼ぶこともあったそうだ」

 唐突に語られる聞いたことのない星の知識に思わずそのアンティヌスってどんな人?と聞くと、そう焦らず聴けとたしなめられた。

「これはローマ皇帝ハドリアヌスを長生きさせるためには、その最も愛するものが死ぬ以外にはないという神の告げを受けて、 ナイル川に身を投げて死んだハドリアヌスの愛した美少年の姿らしい」
「あ…なんだ…ゲイか…」
「気持ちはわかるが夢のないことを言うな…古代史ではザラだぞ」

 そうだけども。まあ“美”少年だしよしとするか、複雑ではあるが。

「ハドリアヌスも可哀想ね」
「…」
「自分が生きたせいで大好きな人が死んじゃったなんて」
「人間にはよくあることだろう」
「少年は加害者だわ」

 それも何よりも最悪な、ね。
 DIOは星を見つめたまま、面白そうな声色で問うた。

「なぜそう思う」
「大義名分をいいことに、自分が満足したかっただけだと思わない? 仕方がなかったにせよ、自分が死んでもいいって思えるくらい好きなら後追い自殺をするべきよ」

 そしたらどっちも、悲しくなったり寂しくもならないでしょ。

 彼は、暫く黙ってから何の気なしにと言うようにこう言った。

「お前は俺が死んだら悲しむか」
「…どうしたの、いきなり」
「深読みするな、ただ単にifの話だ。万、いや億が一にの…無限の可能性の中の一つを考察する軽い話だ」
「そーね、あたしを殺してくれる術がなくなるわけだし。まあ悲しくなるかな」

 不純だな。と返された。
 でも、一つだけ悲しくないかもしれない死がある。

「あんたが納得して選んだ死なら、きっと受け入れられるかも」
「だとしたらそれは訪れないだろうな」
「そうね。だからきっと悲しくなるのだわ」
「…だとしたら後を追うか?」
「あんたを好いてる部下達は追うんじゃない?」

 あたしが後追い自殺できてたら、一々殺される日を待っていないわけだし。なんて言っちゃって。事実だけど。
 DIOはそれもそうだな、とだけこぼして頬杖をついて空をみていた。

 素直に悲しいと言えない分あたしも人が悪い。あ、もう人じゃないんだった。ていうか悪党が死んで悲しむって何なんだろう、普通での物語的にいえばそれはおかしな事だ。
 ───けれども、あたしはこの悪党の馬鹿なところも、どうしようもない人間臭さも、脆さも、苦悩も、優しい手つきも、穏やかな声色も、残念ながら知ってしまっているので。たとえそれらが全部このクソ野郎の演技だとしても多分居なくなれば悲しくなるのだろう。……もしかしてこれって洗脳されてる? ま、仮に洗脳されてたとして、それはそれで死ぬ時もハッピーなまま死ねるって保証がつくわけだから放っておくけれど。

 そんなに心配しなくても、DIOが消えたら悲しんでくれる人は他にもいると思うのにな。


 その後はその話題はなかったかのように、あれこれと星座を見つけては指して由来や豆知識を教えてもらった。
 しかしDIOがそこまで星に詳しかっただなんて全然知らなくて。DIOは星好きだったのだろうか。聞いたら、そんなこともないし寧ろ嫌いかもなと言われてしまったのだが。

「じゃあなんでそんなに詳しいのよ、好きでもないのにさ」

 外界を見つめる綺麗な横顔は少しだけ、呆れたような笑みを浮かべていた。

「星を掴めば天国にいけるかとおもったのだ」

 数十秒の沈黙の後、そんな事を言った。
 肩に浮き出る星の痣を一瞥する。やれやれだ。
 嫌いだけれど、焦がれた星。渇望し、羨んだ星。漸くして掴んだけれど、その手を開けたら自分が欲しかったものはそこにはなかった。残骸しか、残っていなかった。だからずっと彷徨っている。
 とんだ人生の迷子だ。

「あたしは好きよ、星」

 …なんでだと思う? …さあな。
 教えてくれなんていわれてないけどあたしは教えてやった。

「だって夜にしか現れないから」

 どこかのだれかさんみたいにね。とは言わなかったけれど。

「だから、DIOとでも一緒に観れるでしょ」

 お前は何が言いたいんだ。
 そう言った帝王は此方とは真逆のほうを見ていたから、表情が伺えなかった。







もしあなたが星になったとしてそれを悲しんだら
(彼は幸せになってくれるのだろうか)

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