ある日の昼下がり、珍しくDIOが起きてたので小噺に付き合う。昼間だというのに遮光カーテンで薄暗い部屋にランプが灯っている。不健康極まりないがDIOにとってはこれが普通だ。彼はあたしとは違い夜でしか生きられない。 「時にリリィよ、真に強いものの条件とはなんだと思う」 「強いもの?」 唐突になんでもない顔でそんな事を言いながら本の頁を捲る。 答えに困ってると、俺は“恐怖しない”ことだと思う。とDIOは付け足した。 「そしてそれに該当する者を探したが、…なんだかな、お前くらいしか見当たらなかった」 「はぁ?あたし?」 あたしだって怖いものはたくさんあるわよと言い返す。 「お前は死に対しての恐怖がないだろう」 「DIOは怖いの?」 暫くじっと黙ってから。 「でなければここまで生きていない」 ぼーっとしてたら聞き取れなかったくらいの小声、早口でそんなことを言った。 「…それもそうね」 「死ねばなにもかも終わりだからな」 「でも楽になれるわ」 「それは単なる甘えだ」 もう明かせるものは全て明かしてるから。今更隠す必要なんてないのだと悟ったのだろうか。 甘え。甘えか。…むしろ誰にも寄り掛かれずに孤独に足掻いて苦しむよりかはぱぱっと死んだ方がマシのように思えるのだけれど、それは価値観の相違なのだろう。 怖い。というのを肯定したことを屈辱に思うよりも、あたしの前では既に何かを悟ってる(っていうより諦めてる)様子で、DIOは読んでもいないであろう本の頁を眺めていた。 でもねDIO。とあたしはキッチンから持ってきたアイスティーを口に含む。 「死が怖いというのは、なんにもおかしいことではないし、弱いってことじゃあないのよ」 「お前はなにも怖く思わないからそんな事を言えるんじゃあないか?」 「死が怖くなくても、あたしだって怖くなることはあるわ」 そうね、思えば今まではフェアじゃなかったわ。とアイスティーのコップを置く。からんと氷が音を立てて、結露した硝子の表面を雫が数滴ほど滴り落ちた。 「あたしも昔話をしてあげる」 「……?リリィ、」 「そこまで昔ってほどでもないけどね。あたしは、長い間同じところに留まった覚えがないのよ」 転勤族っていうのかしら。親父は転勤で母はそれに黙ってついていく人だったから、あたしもついていかざるを得なかった。子は親を選べないなんてよく言うもんだ。 あたしはその場に馴染むことを“選べなかった”。だから友達なんて呼べるような存在もたいして得られなかったし、色んなものを見れるっていいねなんて言われるけどそんなものよりもあたしは安住の地が欲しかった。こんな奴から一日でも早く離れたい。だからそのために、“たくさんお金を貯めた”。どんな汚い事といわれる事でも、気持ちは良かったしそれでお金が溜まって夢が叶うなら願ったり叶ったりだと思ったからだ。今思えば笑えるくらい安直すぎる。若さ故のなんとやら。細かいことは何にも考えちゃいなかった。 あたしは父親が嫌いだ。そして怖い。 いつもどこか知らない土地へあたしを放り込んで自分は知らんぷり。機械のようなやつ。何故母はあんなやつと共に行こうとするのか分からない。母が奴に洗脳されてるような気がしてとても怖かった。 人の目も怖い。 『知らないところから引っ越してきた知らない人』…そんなイレギュラーを見つめる目がいつも嫌いで、怖かった。そしてあたしには『本性が視える目』がある。だからこそ近づいてくる奴全員の腹の底が視える気がして、全員が敵に観えてきて、尚更怖かった。だからその怖さを打ち消すために、気に入らない奴や不必要に絡んでくるやつにちょうど腹の立つような言葉をチョイスしてぶつけてやる遊びを思いついた。因みに効果は最高、いい腹癒せにはなった。 そうやってやり過ごしていけば、いつかはこんなゲロカスのような世界から抜け出して安住の地でゆっくり過ごす事ができる。そう信じた。愚かにも。 でもそんな矢先にあんな風にして死ぬ目にあったわけだ。なんだか全てに裏切られた気がした。お前なんかの夢が叶うもんかって。呪ったわよ。あたしの人生全ッ部をね。 でも次に目が覚めた時、あたしはその呪いやしがらみ全部から解き放たれてて、新しく生まれ変わっていた。 東方百合ではなく、半吸血鬼のリリィとして。 だからなにかを恨む必要もなくなったし呪う必要もなくなった。ただ日々を愉しみながらもう一度終わりの日がくるのを待つのみになった。それだけの話だ。 「…これがあたしの人生とそれについての感情。これでちょっとはフェアになれたかな?」 「…」 「あたしが怖いのはね、あたしにおける全ての過去よ」 「…過去」 「黒歴史とでも言えばいいのかしらね。あの時を思い出したら、今のあたしには何にも関係ないのになにもかもがいやになる。あの時のぐちゃぐちゃで激しい感情に飲み込まれてせっかくの“リリィ”がいなくなりそうで怖い」 DIOはただ黙って、赤い目であたしをじっと見つめていた。 「生き物は生きている限り、何かが怖いという感情からは逃げられないの。例え人間を辞めてもね。息をしている限り逃げ切る事はできないわ」 「だがお前は未来を臆していない」 「…」 「それだけでも、十分だ」 「そうかな」 「俺は過去も今も、未来すらも怖い」 怖いものだらけだな。 スゥと目を細めてうっすらと笑う。嘲笑を含んで。ランプの火が笑みに呼応するかのようにゆらりと揺れ、DIOに差す影も同時に揺れた。結露したグラスに指を這わせる、冷たい水滴が指を濡らした。 「それでいいと思う」 だってあたしには、怖がるための未来がそこに無いもの。 「あたしは───」 言いかけて。言葉を飲み込む。 「…あたしは、それが正しいと思う」 なぜそう思う? そう聞かれたので、迷うことなく切り返す。 「だってそれは生きてるってことだもの」 「生きている…か」 「そう、だからあたしは死んだも同然な生かされてるだけのモノなのよ」 怖くなくなるっていうのは、即ち死んでしまうってことなんじゃあないかしら。 それだけは口には出さなかったけれど。 吐き出そうとした甘い毒を飲み込んだ。 (あたしはそんなDIOが好きよ) ────── 本人的には親愛的な意味で。 |