帝王観察日記 | ナノ


 ピンポンパンポン。お馴染みのアナウンスのベルが人ごみ溢れかえる綺麗な館内に響く。

『迷子のお知らせです。リリィ・ヒガシカタさん、リリィ・ヒガシカタさん。お連れ様のディオさんがお待ちです。至急、迷子センターまで起こしください』

 123歳の帝王さんは、実は今あたしの手元にはいない。今のアナウンスを聴いてもらえばすぐにお分かりいただけるかと思うが。

「うおおおおおおおおああああああ血だけは飲むなよ!!血だけは飲んでくれるなよおおおおおおおおお!!!!」

 はたから聞いたら訳わからんことを叫びながら超人的脚力で夜8時のデパートの非常階段を駆け上がってる少女が居たら、それはあたしだ。


****


「……」
「遅いぞリリィ」

 息を切らしながら五階の迷子センターまで行くと、DIOが踏ん反り返って、足なんか組んでパイプ椅子に座っていた。
 態度がデカすぎる。
 お姉さん方は案の定だが、総じて困惑顔だ。くっそなんだこいつ、迷子のくせに。100歳超えて迷子のくせに。少しは恥らうべきところなのになんでこんな偉そうなんだ、ふざけんなぶっ飛ばしたい。
 お姉さんに「娘さんですか?」と聞かれたので「はい、まあ」と答える。よかった、少なくともそう見えているのなら文句は言わない。でもこんな馬鹿が父親に見られてるのもそれはそれで嫌だ。

「…DIO、血を吸わなかったのは褒めるけどあたし勝手にふらついちゃダメって言わなかったっけ、言ったわよね?」
「…」
「あとなんでそんな偉そうに座ってんのよ」
「フン、座り方など私の自由だろう」

 取り敢えず立ち上がらせて、瞬間アームロックを仕掛けた。凄まじい身長差が相極まって技の威力が増しているらしく、WRYYYYYYYYYYYと痛みに悶えながら離せ離さないの取っ組み合いが始まる。お姉さんがすっかり困惑しきっていたので、そろそろ切り上げてすいませんでしたと頭を下げた。

 ショッピングモールとやらに行きたいというDIOのご所望も叶ったので、とりあえず外に出る。散々だった。…楽しかったけど。

「ていうかあんたね、少しは恥を知りなさいよ!迷子よ?その年で迷子センターにお世話になってんのよ?」
「お前が途中でどこかに行くのが悪い」
「それは!あたしの!台詞だァァァアッ!!!」

 悪びれる素ぶりもなく。
 迷子になるやつはみんなそう言うんだ。シャウトと共にジャーマンスープレックスでもかけてやりたいが公共道路でそんな事も出来ず、やり場のない怒りを拳に込めてDIOの骨盤を抉る勢いで殴ってやった。反省してるの?と聞いたら悔しげにむぐむぐと口を動かす。あくまで自分が悪いのは認めたくないらしい。まあそれでこそDIOなのだが。
 顔を顰めて骨盤を撫でながら、DIOはうまく話題を切り替えてきた。

「それよりリリィ、なぜわざわざ階段など使った」
「身体を動かさなきゃ心配すぎて気が狂いそうだったから」
「フフン、そんな気遣いなど俺には」
「あんたがじゃあない。お姉さん達があんたに食われるかよ」
「……」

 ちょっぴり不満そうに唇をとんがらせていたので、20%は心配してたかなと付けたしたら少し嬉しそうに、もう少しは心配しろ。と頭上から声が掛かった。

「ンッン〜…私が何処かに消えてしまっても知らんぞ?」
「はいはい不老不死の吸血鬼さん、どこに消えるって?」

 ひらひらと何かを追い出すように手を振る。本当に分かってるのか?ふらっといってしまうかもしれんのだぞ?と怪訝そうに顔を覗き込まれる。なので、そんなに甲斐甲斐しく構ってほしいのかしら?と聞いたら「それは鬱陶しいから結構」、と。「だよね」と返す。

 夜風が吹いた。ふと空を見上げると見事な三日月、DIOは風情だな、とうっとり月を眺めていた。 明日にはエジプトのカイロに向かってまた移動するらしい。この土地とはおさらばだ。エジプトはどんなところだろう?少しワクワクしている。
 相変わらずメンズナックルも真っ青な派手派手しい格好をした吸血鬼は、月を見たまま口を開く。

「時代はとても進化したのだな」
「そりゃあね」
「このDIOが生まれた時代にはあんな設備の数々はなかった」
「100年経ってるからね」
「…素晴らしいものだな」

 言葉の割には偉くしおらしいじゃあないの。全然素晴らしくなんか思ってないくせに。この寂しがり屋め。

 100年のジェネレーションギャップか。あたしがもし100年後の世界に放り出されてしまったら、どうなるだろうか。分かり切っている、もう間違いなくパニックだろう。それならDIOはどんな気持ちなんだろうか。こんなに酷く冷めた目付きをして、彼はどこを、何を見ているのだろうか。
 ──別にどうだっていいけど。

「…」
「…先は長いんだからさ、楽しめばいいんじゃないの」

 DIOはややあって、口端を吊り上げた。

「……ふ、楽しむか」
「そうよ。…あたしでよければ、いくらだってあんたに付き合ってあげるじゃない」

 するとDIOが少しだけ、驚いたように目を見開いたので、なんだかおかしなことを口走ってしまった気がして慌てて弁解する。

「あたしなんて既にDIOの気まぐれに付き合わされてることなんだし、これ以上付き合わされようが同じ事だし。ほら、あたしの役割は退屈しのぎなんでしょ」
「…ふん」

 心強い暇つぶしの味方だな。
 笑ったその顔は、余裕且つ穏やかには見えたが、何を思っての笑顔だったのだろうか。それが分かりゃあ苦労しない。くそったれDIOめ、ポーカーフェースなんか気取ってんじゃあないわよ。

 ──100年後の世界に放り出されたとして。あたしならどうして欲しいだろう。あたしなら「自分がいるから大丈夫」と言ってほしい。隣に誰かがいることを確信したい。

 まあ、恥ずかしくて言えずに、言葉を置き換えてみたけどそれもそれで恥ずかしい代物で撃沈したのだが。全く。
 所詮、したいようにしただけの結果がこうだっただけだ。DIOは正しい。ポーカーフェース、それで良いのだ。行動による相手の感情など関係ない、いくら恥ずかしくても知る必要はない、それが『ルール』。でもやっぱこれは恥ずい。これはスベってる。穴があったら入って生き埋めになりたい。

 せめてもの心の救いとして「まあ一番の願望は早く殺してくれることなんだけどさ」と強調させて付け足す。…それにしても今のは言葉を選び間違えた気がする…もういい、心の底で馬鹿にしてるのなら勝手にしていろってんだ。心の中でアカンベーをする。ああもうあんたが早く殺してくれないから赤恥に大恥もいいところ。逆に殺してやりたいくらいよ。

「んで、いつ殺してくれるの」
「まだもう少し先だな」
「全くッ」

 にんまり笑って意地悪く言う。ほんとにくそったれな奴。悔しいから今度あたりにでも最近DIOが女を取っ替え引っ替え抱いてる事でもネタにしてやろう。まあ十中八九自分にもブーメランが返ってくるだろうけど。

 品やかで大きな、ネイルの施されている手を見る。

  ──100年後の世界に放り出されたとして。あたしだったらして欲しい事。きっとすごくさみしいから、手をつないで、世界に自分一人ではないのだと実感したい。

 …なあんてね。
 生憎あたしにもDIOにも感じられるほどの温もりは無いし、これはボツかな。
 と、思っていた矢先。

「…!」

 冷たい指が、あたしの指を摘まんだ。
 上を見上げる。

「…何」
「…」
「どうしたの帝王さん」
「またリリィがはぐれては困るからな」
「だからそれはあたしの台詞」
「これならリリィでも迷子にはなるまい」

 話を聞きなさいよ。
 じゃあ摘まむよりももっと何かあるでしょう。と言うと、黙ってから、恐る恐る手を握ってきた。こないだは普通に握ってたくせになにしてんだか。

「お前の手は、少し温かいな」
「DIOの手が冷たすぎるのよ」

 とりあえず握り返す。まさか向こうからしてくるとは。……少なくとも、温もりはなくても、これによってあたしは自分もどうやら世界にひとりぼっちではなかったらしい事を知れた訳だが。
 バケモノ同士ふたりぼっち。悪くはない。

「帰るか」
「うん」

 昔母とこうして帰ったことを思い出す。
 DIOにも、そんな時があったのだろうか。

「こうしてると親子みたいね」
「…」
「それとも恋人って言って欲しかった?」
「お前とか? 片腹痛いな」
「奇遇、あたしもそう思ってた」





同じ花瓶の狢
(近くにいる時は、気付かないもんだ)

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楽しかった

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