帝王観察日記 | ナノ


 不思議と今日は目が冴える。理由はなんとなくはっきりしていた。多分、少し前に飲んだ紅茶のせいだ、少し濃く淹れすぎてしまったから。
 すると、コンコンとノックの音。五秒してから誰かがゆっくりと入ってきた。逞しい体躯、金糸の髪、くっきりとした吊り目に紅い相貌。DIOだ。起きているあたしを見て少々驚いた表情をしたが、すぐに平常の顔に戻り、はあと溜め息を吐く。

「なんだ、DIOじゃない」
「起きてるなら返事くらいしないか」
「夜這い?」
「違う」

 なら乙女の眠る部屋に吸血鬼さまは一体なにをしにきたの、と聞いてみたら、愉快そうに笑んで「まぬけな姫の寝顔に落書きでもと思ってな」だなんて言う。何てことをしにきたんだか。今日のDIOはルージュを塗っていなかった、血の気の少ない薄桃色の唇、珍しい事もあるものだ。
 どれ、眠れないのならとこちらを向いてベッドの淵に座り、スプリングがぎしりと鳴る。匠の造った白陶磁器さえも劣るような白く滑らかで大きな手が、あたしの額に触れ、前髪を押し上げるように頭を撫でた。一体彼の中に何があったのだか、最近はずいぶん優しい手つきになったものだと思う。

「子守唄でも唄ってやろう」
「あたしは小さい子供じゃないんだけど」
「フン、俺に比べればおまえなどまだまだケツの青い子供だな。さあ、姫君はおやすみの時間だ」

 芝居めいた調子で促される。仕方ないわね、素直なお姫様はおとなしく言う事をきくことにするわ。とこれまた芝居調子でおどけて、横になり掛け布団を被る。

「いい子だな」
「明日のDIOの分のマカロン一個ちょうだいね、約束は守る男なんでしょう?」
「どこまでもしたたかな子供だなおまえは…」

 全く、と呆れつつまた一撫で。いつもこんな風に穏やかならいいんだけどなあ。ゆっくり流れるカブト虫の唄のメロディを聴きながら目を閉じると、さっきまでの目の冴えが嘘のように微睡みはじめる。

 時折頭を撫でる手が心地良く。どんな思惑がこいつの腹の底にあるにせよ、たまにはこんなのも悪くないかなと、思う。

「おやすみ、リリィ」



縮まるx線上の点Pと点Qの距離を求めよ
(手が届きそうで届かない間隔)


「……」

 お休み、と言って眠る我が子にそうするように額に唇を落とす。目を瞑るあどけないかお。長い睫毛。程よく白く、程よく頬に紅のさす滑らかな肌。少しかさついたコーラルピンクの唇…リリィのやつめ、リップクリームを塗るのを怠っているな。乾いているが柔らかいそれを親指の腹でそっと、口紅を拭うようにして撫でて、溜息を吐いて身体を起こした。

「くだらんな」

 ───嘘をつけ。

 自分から発せられる言葉をこんな気持ちで否定したのは、初めてかもしれない。
 …さて、うるさいのが寝静まったところで、私も部屋に帰ることにしよう。









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くせえーーーッ!こいつはくせえ!犯罪まがいのにおいがプンプンするぜぇーーー!



ごめんて

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