リリィの話に耳を傾ける。寝たふりをして。姑息か?何とでも言え。 小さい頃の私が、私の中で泣いている。か。十余年しかいきてもいない子供が生意気なことを。 普段ならこの時点で頭に血がのぼって違うとでき得る限りの否定を叫んだりもするのだろうが、今は静かに聞くことができる。自分が寝ているという設定があるからか、それを指摘したのが彼女だからか。 家族の幸せ。 リリィが自嘲で言ったように、そんなわけあるかと今にも反吐が出そうだが…、…案外。どうなのか。そうなのか。本当に違う人生を歩めていたのかも、しれないのだろうか。そうであれば俺は満たされていたのか、今となってはそれもわからないし、叶わない。 リリィは言った。私が欲しがってたものは、小さいころの私が欲しがってたものだと。それを与えて空っぽの部分を満たそうとしているが、うまくいかない。満たされたそばから乾いていく。 全然うまくいかずに困っている。 つらつらと話すことに、鼻で笑おうにも。 笑えない。 なにもかも。そうやって見透かす。そして真正面からは決して言わない。波に刃向かうことはせず、波に沿って、そして流し込んでくる。優しい愚かな百合の花。それに甘んじる私はもっと愚かだ。 「…こんなこと、起きてるあんたには死んでも言えないわね」 不快にさせてしまうから。 そうやって自分自身を嗤う。 不愉快だったが、不快ではなかった。…そう言ったらお前はこの私をどう見るのだろう? 後頭部にキスをされたので、暫く悩んでから、悪戯心で声をかける。寝返りをうって彼女を見たら案の定、心底罰が悪そうな顔をしていた。ちゃんと謝ったから、なんて言うのでなんのことだ?と返す。 あくまで、私は聞いていない。それはリリィの独り言だ。 リリィ。 私にとっての特異点。 お前を利用してるにすぎない。利用できるものが消えては困るだけ。そう言い聞かせられなくなってしまう日がいつ来るのか、私は怖い。或いはもうすでに来てるのかもしれない。後頭部ではなく頬にキスを落として、親愛の証。 生き血を吸った瞬間のような感覚。 …親愛なる友人。いやしかし、リリィは果たして友人なのだろうか?友人、いや、娘のほうがしっくりくる。子供なんて持ったことはないのだが。 そして、たまに、母のような。 ───いや。なんでもない。 『百万回生きた猫』という私みたいな猫が出てくる絵本があるらしい。だがリリィ曰くあまりお勧めはしないそうだ、その猫は死んでしまうからだという。 百万回生きても、死ぬのだ。 その猫はどうやって死んだのだろうか。 苦しんで死んだのか、憎んで死んだのか。嘆いて死んだのか。 気になったので、リリィを使いにまわして買ってこさせた。本人はかなり渋っていたが。 「ねえあたしは悪くないからね?」 「なにをいってるのだ」 「その本読んでムカついても、絶対あたしには当たらないって約束するなら渡す」 「…」 約束は守る男だ。と言ったらゆびきりげんまんまでされた。口ずさむフレーズ、嘘ついたら針五千万本飲ます。…多すぎやしないか? どんなおぞましい死に方をしたのだろうか、その猫は。 ぼさぼさの毛並みでくすんだ色をした、独特な雰囲気の猫が白い背景の中ひとり立っている表紙。これが私に似ている猫か…渡しながらリリィが「まあフォローするとしたらこの猫よりDIOのほうが綺麗だけどね」と。そこはフォローと言わないほうが高得点だったのだがなリリィ。とりあえずページを開く。 確かによく似ていた。 (輪廻転生という方法ではあったが)不死の力も、性格も。 猫はページをめくるたびに誰かの飼い主の元で死んで、生き返った。何度も何度も生き返った。色んな人の元で死んで、なんでもないように生き返った。その猫を飼った100万人の飼い主は猫の死にひどく悲しんでいたが、当の猫はまったく悲しんでいなかった。猫は、飼い主のことが総じて大嫌いだったからだ。 ある日猫は野良として生きることにした。他でもない「自分だけを愛する」猫。自分だけしか信じない猫は、100万回生きたことを自慢し、周囲のメス猫たちも何とか友達や恋人になろうと、プレゼントを持ってきたりして周囲に寄ってくる。 …顔をあげたら、リリィは隣でうつ伏せに寝転がり別の本を読んでいた。すこし眠そうだ。 本に目を戻す。 ──そんな中猫は、自分に全く興味を示さない白猫に出会った。 よほど悔しかったらしい、猫は彼女を振り向かせようとしだす。そっけない白猫の気をなんとか引こうとするうちに、いつのまにか彼は白猫と一緒にいたいと思うようになってしまうのだ。 次のページ。 猫は白猫にプロポーズをした。白猫は、なんとそれを受け入れた。 家族になり、白猫はたくさん子供を産み、年老いてゆき、やがて猫の隣で動かなくなる。そこで猫は初めて悲しんだ。朝になっても昼になっても夜になっても、百万回泣き続けた。 そして猫も、とうとう白猫の隣で動かなくなり、それ以後は 「…」 本を閉じて、リリィが渋っていた意味がようやく分かった。彼女は読みかけの本を開けたまま転寝をしていた。 本を書斎に持っていって、奥の奥に仕舞う。もう見ることはないだろう。一回読むだけで十分の内容だった。 それから猫は、生き返ることはなかった。 不愉快なのか、そうではないのか、なんなのかわからないもやもやした歯切れのわるいものが巣食う。 再びベッドにすわると、スプリングのせいかリリィがはっと目を覚ます。起こしたか、悪かったなと撫でると、目をこすりながら読み終わったのか、と寝ぼけた調子で言った。 「…」 「…いいわよ別に、あたしに当たっても」 「約束は守るといったろう。針五千万本はちとキツい」 だが言わせてもらうならば。 「ちっとも似てないな」 「…不死ってところは似てたわよ」 「お前が見せるのを嫌がる意味がわかった」 「……悪気はなかった」 「無いのならそれでいい」 リリィもリリィで、似てるといった事を後悔していたらしい。 確かに似ているが、似ていない。 猫は死んだ。愛するものを思って死んだ。愛するもののそばに寄り添って。 おぞましくもなんともない、幸せな死に方で。 …猫が羨ましいなどと。 一瞬でもそう思ってしまった私が情けない。 百万回思って泣ける白猫など私にはいない。必要ないからだ。私は生き続ける、永遠に、生きなければならない。その理由が私にはある。 理想の『天国』を見つけるために。 私は。 ここまでしぶとく生きたのだから、これからも生きて、どこまでも生きて。生きて。生きて。 安らかな死など、私からは一番遠いもので。 だから。 羨ましい。 こんな本当の私を知ってでも愛してくれるような白猫など、一緒に死んでくれる白猫だなんて、どこを探したって。 「DIO? ねえ、ほんと、悪かったってば」 「…、」 リリィが顔を覗き込む。 …お前なら白猫にしても悪くはない…なんてな。 年甲斐もなくそんなことを思う。でもお前自身は、私の白猫になることなんて望まないのだろう。望まなくても、なれと言ったらなるのだろうか。いつものように「生かされてるだけのモノ」として。 それは本望ではなかった。それに一緒に死のうなどとも思えなかった。 猫が羨ましい。 私がジョナサンに敗れたあの時足掻かなければ、静かに、終わっていれば、猫のようにはいかなくても、こんな惨めに渇いた思いをせずにすんでいたのだろうか。 あの日私に、──俺に、母の手を引いて逃げ出す勇気があれば、あるいは、猫のように。幸せに。 …いや。わかっている。 愛とは幸運で強い人間だけのものだ。 ジョースターのような、そういう人間達が得られるものだ。 私には。仮に誰かを愛せたとして。 「奪う」者である私が仮に「与え」られたとしても、得られないものだ。 「…DIO?」 「…少し喉が渇いた。水を飲んでくる」 「そう」 いい子に待っていろ。その頭に手を置いて一度撫でる。子供扱いされたことにむくれる顔見たさに。案の定リリィはむくれていた。 私は理想の天国を探さなければいけない。 猫のように死ぬわけにはいかない。 猫のようには、死ねない。 愛を諦めた猫 (しんじつの愛とやらが欲しいだけだと、気づいたが遅すぎた) ────── 書いてる側としてもでぃずにー的な真実の愛が羨ましいおとしごろ。 諦めたらそこで試合終了ですよ。 |