帝王観察日記 | ナノ


 あたしは今DIOと口をきかないことにしている。
 何故なら奴はあたしの楽しみにしていたケーキを勝手に食べた。万死に値する。小指をどっかの角にぶつけろ。または急所をぶつけて何分か悶え苦しめ。

「おいリリィ」
「……」
「話を聞けリリィ」
「……」
「退屈だぞリリィ。リリィと言っている」

 さすが帝王サマは罪の意識がまったくない。あたしが部屋に来ないからといってこっちの部屋に押しかけてくる始末。無言で廊下に出て歩いてもどこぞの引っこ抜かれて戦って食べられる彼らみたいについてくる、むしろ文句や偉そうなことを言いながらついて来ない分はピクミンの方が何千倍も賢い。こいつはただの馬鹿。
 結局、廊下中を歩いた挙句部屋に戻ってベッドに座り、やっぱりついてきたDIOはあたしの隣にどっかりと腰をかけて先程から何かいろいろ話し掛けてきている。さすがDIO、しつこさだけは天下一品だ。足の小指をぶつけろ。

「……まだ怒ってるのか?みみっちい奴だな」
「ねえそれあんたにだけは言われたくない」

 およそ一日ぶりに口をきいてやった。
 聞き捨てならなかったからだ。もう一度言うけど、みみっちいなんてセリフあんたにだけは言われたくなかったよ。
 お?といった表情で生き生きとまた話しかけるが全て無視、総無視。本を読む。そしたらまたぶすっと不貞腐れた顔をして黙り込んだ。

「…リリィ」
「…」

 ややあって、退屈だぞ。とぼそりと呟く。

 あのね?あんたが一言謝りさえすれば幾らでも口をきくんだけれど、どうしてそこに答えが辿り着かないのかしら。と言ってやりたいところだが口はきかないので言わない。

 リリィよ。と室内にテノールが響く。幾分かしおらしい声だ。

「退屈はもう勘弁だ」
「…」
「もう嫌という程味わった」
「…」
「退屈は一番の毒なのだぞ」
「…」
「どんな毒草よりも劇薬よりも恐ろしい猛毒なのだぞ」

 100年間。
 途方もない、考えただけで目が回って吐き気がしそうな時間を、この吸血鬼は独り…本当に独りで過ごした。だからこんなことを言われては洒落にならないわけで、信憑性がありすぎて居た堪れなくなる。
 情に訴えてきたか。この小悪党め。

「リリィィーーーー」
「そんなウリィーみたいに言わないでくれない」
「!」

 まあ無視の対応に手をあげなかっただけよしとするか。本を閉じる。
 途端にパッと顔が明るくなった。かと思えば急に意地悪い微笑を浮かべだす、子供か。

「貴様ァ私の事をよくも無視し」
「まず!何か言うべき事はないの?」
「…ヌウ…ケーキのことか。あれはその、……すまなかった」
「いいわよ」

 ぎょっとした顔をされる。この人間をやめた人間臭い帝王はこんな幼稚なこともわからないのだろうか。

「怒っていた割には軽いな」
「謝りさえすればいいから」
「…わからん」
「常識の範囲内じゃないの」

 新しいの買ってきたから一緒に食べよ、と言うと、ふむと唸ってから悪くないなと答えた。
 そんな帝王と半吸血鬼の他愛もない話。





茨の棘が毒に融かされる
(彼はそれに気付かない)

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