U‐盗難事件発生 


 ヨシノシティに着いたあと、あんないじいさんと言う人からマップカードを貰い、ここまで長旅をしてきたポケモン達を少し休ませる為にポケモンセンターに行こうとした。
 その時だった。

「おい!」

 突然後ろから聞こえた声。何事かと思いそっと振り返ってみると。

「…あれ、さっきの少年」

 目の前には、走ってきたのか顔を紅潮させて息を切らした先程の赤髪の少年がいた。

「どーしたの?…そんなに息切らして」
「俺と、ポケモン勝負しろ!」
「あえ?」

 ふと彼の手を見る。そこには、先ほどまではなかった筈のモンスターボールがぎゅう、と指が食い込むほど強く握られていた。

「ああ、やっぱり」
「な、んだよ」
「ううん、バレないように出来たのならよかったって思ったの」
「ッ、?!…な…何が、言いたいんだ、お前」

 もう一度顔を強張らせた少年にあたしはさっきとは別の懐古の気持ちを思いながら「ああでもね」と付け足す。

「まだその子、バトルあんまりしてないでしょ?いきなり対人のバトルとかはやめといた方がいいんじゃないかな」
「っ、うるせえ!いいから勝負しろ!」
「でも…」
「勝負。しろ」

 こちらを睨み付ける、有無を言わせない野望の目だ。悪くはない。でもいい気はしない。なんだか思い出したくない苦味を思い出す。この子はきっと根はまっすぐな子なんだろう。その目にある憎しみはとてもきれいな直線だ。蛇の道よりはマシだけれどすぐに放物線を描いて墜落しそうで見ていないとひやひやする。記憶にある「あの子」とはまた違った危うさだった。

「…なんだか、遠回しのバチだなあ……」
「なんか言ったか? するのかしないのかはやくしろ」
「分かったよ、するよバトル。おいでシェイミ」
『はいでしゅっ』

 ピョン、とあたしの肩から地面に降り立つシェイミ。何やらやる気満々みたい。生意気な子供を叱るお姉さんみたいな表情をしていた。大人になったんだなあーと場違いなところで感動する。

「ヒノアラシ!体当たり!」
「シェイミ、エナジーボール!」

 ほのおタイプに弱いくさタイプの技を繰り出しても、ヒノアラシは一発ダウン。仕方がない。これが現実だ。小さくくそ、と悪態を吐く彼にだから言ったのにと声をかける。でも、流石にエナジーボールは大人げなかったかなーと思い、あたしはバックから青いオレンのみを出した。せめてものお詫びと、弱いのを他人の責任にしない彼の幸運を祈って。

「はい、これ」
「……なんだよ」
「オレンのみって言って、ポケモンを回復できる類いのきのみなの。さっきは大人げなかったから、お詫びとしてこれ受け取って」
「いらねえよ、そんなもん。同情すんな」
「…でも、もらえるものはと思って、ね?」
「いらねえッたら」
「そういわず…ね?」
「…」
「ねっ?」
「……、…」
「お、お得だよー?」
「……」
「旅のお供にでも…」
「……なんで店員みたいな宣伝してんだよ…鬱陶しいなくそっ」

 正面にきのみを差し出すたびにそっぽを向かれ、向いたほうに回り込んで差し出し、そっぽを向かれ、また回り込んで差し出し…と無駄にその場をぐるぐる回るあたし達。少年にオレンのみをぐいぐいと押し付け続けていると、少年はやっと苦い顔をして受け取ってくれた。ああやっぱり悪い人ではないな、勘はいいほうなのだ。

「そーいえば、少年名前なんていうの?」
「…教える義理はない」
「なんていうの?」
「てめぇ話聞けねーのか…」

 盛大に睨みを利かされた。ヘルガーが威嚇してる顔そっくりだ…怖い、少年怖いよその顔、何もそんなに睨まなくてもいいじゃない。いそいそとエンペルトを盾にしようとすると、「邪魔」と言われてあえなく押し返されてしまった。どうしよう、エンペルトが冷たい反抗期だ。あたしを無視して彼がヒノアラシを抱えようとうしろを向いてしゃがみ込む。

「あ、なんだ君の名前セキって言うんだ?」

 少年…セキは、物凄い勢いでこちらを向いた。

「!!、なっ、なんで」
「エスパーに見通せないものはないんだよ〜」
「お前ほんっとくそうぜえな!んなのあってたまるか何で知ってんだ」
「もう、夢がないなあ…じゃあネタバラシね。ジャーン!はいこれ、落ちてたよ」

 落ちていたトレーナーズカードを少年の前にかざしてひらひらと振る。少年は慌てた様子でポケットを探った後、あたしの指先につままれているカードをさっとひったくった。

「勝手に見んじゃねーよ!」
「見たんじゃないですう、見えただけですー」
「ガキかッ!」

 唇を尖らせてすこしお茶目に反論するあたしに面白いくらい食いつく少年…じゃないや、セキは悔しそうに唇の皮膚を噛みながらヒノアラシを抱えてすぐそこのポケモンセンターに走っていった。その手に、ちゃんとオレンのみを握って。
 彼を目で追う。コール音が鳴り響くポケギアに大体の予想を忠実に現実にしてくれる音声を発する機械を耳に当てながら、足の遅いエンペルトをモンスターボールに戻して全速力で博士の元に向かった。

《アズサちゃん!大変なんだ!研究所に泥棒が…》
「とりあえず今そっちに向かいます!遠くには行ってないのですぐ着きます」

 幸いここらの野生ポケモンはレベル差のおかげで近づいてこない。全力なら五分もかからないだろう。久しぶりの持久走ときた。

 ポケギアの通話終了ボタンを押して、更にスピードを上げる。


*****

 研究所前付近で徐行して、息を整えて中に入る。そこには言わずもがな警官と、草むらでレベル上げをしていたのであろうコトネちゃんとヒビキ君と、心配そうな顔をしたウツギ博士が初期ポケモンを安置していた機械を囲んでいた。恐る恐る彼らの背中に声をかける。

「…あのー…」
「む?君は?今ポケモン盗難事件の取り調べ中なんだが…、そう言えば犯人は現場に戻って来ると聞いた事があるぞ…ま、まさか君が犯人!?」
「なんでそうなるんですか!?」
「ち、違いますよ!犯人は赤い髪で服装的にも男の子でした!」

 早とちりに焦りつつも無罪が明らかになったところで、あたしは話を切り出した。

「じゃあ、博士。詳しい話を」
「それが…初心者用ポケモンの最後の一体…ヒノアラシを、誰かに盗まれちゃったんだ」
「それについて私達が調査をしているんだが、君はここに来る途中その赤髪の少年と会わなかったかい?」

 聞いた話に対してあたしは何となくじっくり考えるそぶりをした後、うーんと残念そうな顔をして首を横に振った。あたしが何も知らないといえば彼らにとってはそれが事実なのだ。

「あたしの記憶が正しかったら、赤髪の男の子には会ってないですね…すれ違ったら目につくはずなんだけどなあ」
『アズサ…?!』

 髪に隠れたシェイミが驚いた声をあげたがあたし以外には聞こえないのでスルーしておいた。

「そうかい…分かった、協力ありがとう。疑って済まなかったね」
「いえいえ、いいんですよ」

 そして警官があらかたの事情聴取を済ませて出ていった後、ウツギはかせは、はあー、と空気を抜くように心配を混ぜ込んだ溜め息を吐き出して助手らしき人と話をし始めた。

「本当にびっくりしたよ…外で大きな音がして、それに気を取られてるうちにポケモンが盗まれるなんて」
「ポケモンは悪い人に育てられると悪いポケモンになっちゃうって言いますし…」
「心配だなあ」
「大丈夫ですかね…ヒノアラシ…」

 いつの間にか会話の中に他の研究員の人も加わって、奪われたヒノアラシを心配している。あたしは「見掛けたらすぐに知らせますよ」なんて言ってみてから、もう一度研究所を出た。

『アズサーー!なんで嘘をついたんでしゅか!』

 出た瞬間にシェイミに大声で叫ばれた。分かったから耳元で叫ばないでシェイミ、ついでに髪の毛引っ張るのもやめて欲しいんだけどなあ。やっとボールから出れたエンペルトはそんなあたしを見て何かをあきらめたような声をあげた。

『シェイミやめておけ、アズサはそういうやつなんだ』
「それどう言う意味さ!」

 シェイミを引っ剥がしてからエンペルトを睨む。

『そもそも…アズサはなんであの子を庇ったりなんかしたの?』

 ボールの中からサンダースの声が聞こえる。その質問にあたしはうーんと唸って、ぽつりと呟いた。

「あの子から、ポケモン奪いたくなかったからかな」
『ええ?奪ったのはあっちじゃないの?』
「そうだけど、それを逆に考えれば奪わなきゃいけないくらいポケモンが必要だったって事じゃない?」
『そうかなあ』
「まあ、実際は知らないけどね。そんなとこなんじゃないかなって予想」

 なんだそれ、と突っ込まれたのを軽く受け流してからからと笑いながら歩きだす。

「大丈夫大丈夫。だってあたしとバトルした後、大事そうにポケモン抱えながらポケモンセンターに行くぐらいだしさ」






盗難事件発生、異常無し

知らない振りをした。彼があまりにもある人に似てたからだ。
とても大嫌いで懐かしい人だ。
 




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