]Z‐其の名


「それじゃあこれがジムバッジとわざマシンだよ」

 あの後セキは無事に勝利し、ジムバッジを貰ったあたし達は揃ってジムを出ようとしていた。

「…あ、そうそう。二人にちょっとお願いがあるんだけど」
「、?」

 マツバさんの言葉に足を止めるあたしとセキ。すると彼は再びあのだるだるな雰囲気全開で、こちらに歩み寄ってきた。

「ここから西に行って更に南に下った所にあるアサギシティの灯台に…病気のデンリュウがいるそうなんだ」

 …もし大丈夫だったら、様子を見に行って貰えないかい?知り合いには話をつけておくから。
 マツバさんはふわりと微笑みながらあたしを見た。

「セキはどうする?」
「なんで俺に訊くんだよ」
「だってマツバさん二人って言ったし、それにセキもアサギのジムに挑戦するんでしょ?」
「まあ…そうだけど」

 そう聞いたや否や、あたしは意気揚々と彼の手を掴み、アサギへの通路に向かって歩き出した。

「じゃあ調度いい!頼まれちゃったものは仕方ないし、あたしもジム挑戦したいし、一緒にいこ!」
「、なっ」

 セキの顔が一気に赤くなった。

「セキ?」
『ウブでしゅね、顔が真っ赤でしゅ』
「う、るせ…!アズサてめっ、分かったから手を離せ、手を!」

 鬼の形相で睨まれたので、はいはーいと軽く返事をしつつ笑って、手を離した。

「それじゃあ向こうのジムリーダーによろしくー」

 マツバさんはそう言ってゲンガーと一緒にふわふわと手を振っている。あたしはそれに手を振り返して、アサギに向かって歩き始めた。


「………」

 ふうと息を吐き、成り行き故にアズサの後ろへ着いて行こうと歩き出したセキ。が、彼は何かを思い起こしたかのようにふと立ち止まり、マツバの方を振り向いた。

「なあ」
「…なんだい?」

 マツバは、まるでそうなる事を前から知っていたかのような眼で、目の前の紅を見た。

「……あんた…なんでわざわざあいつに頼んだんだ?」

 紫紺色の眼を真っ直ぐに見つめて問う。

「なんでそんなこと訊くんだい?」

 マツバは質問に質問で返し、口許を吊り上げた。

「…あんたみてーなジムリーダーなら、他にも頼めるやつがいる筈だが」

 少なくとも、“ただの通りすがりの旅人達”よりは頼りになるだろう人間に。病気のデンリュウを医療知識のない自分達に見にいかせるというのはおよそ無骨な判断だ。

「…気になる?」

 ただ彼女が、生きる伝説である“白波の巫女”だから……なんていう訳じゃないだろう。
 眉間に皺を寄せながらセキが言うと、目の前の青年は小さく苦笑いをしながら肩を竦めた。

「いやあ…それも理由の一つとしては入ってるんだけどね。ま、確かに、真の理由は別にあるよ」

 なぜなら、彼女…アズサには、他の誰にも持っていない特別な力を持っているんだから。
 マツバはそう言って妖しく微笑んだ。

「そうだね、率直に言うと……あの子には、“ポケモンと対話する力”があるからだよ」
「───っ!」

 マツバの言葉に目を見開くセキ。

「うん。その様子じゃ、君はもう知っているみたいだね?」

 無言のまま、目の前のジムリーダーを睨み付ける。…どうしてお前がそれを。と、赤みがかった茶の瞳が訴えていた。

「まあまあそんなに睨まなくても…実は元々、ジムリーダー達の中では専らの噂になっていたんだよ?“白波の巫女はポケモンと対話できるんじゃないか”と…ね」

 そして今日、この千里眼を以て理解した。噂は真であった…つまり、アズサはポケモンと直に対話が出来るのだ。と。

「……………知って、あんたはあいつをどうするつもりだ」

 依然としてこちらを見る顔は無表情。しかし、そこにはしっかりと怒りが根付き、眼は相変わらずマツバを睨んでいた。

「……」
「もしあいつを傷付けるような事をするんだったら、…俺は、ジムリーダーだろうが何だろうが、絶対に赦さないつもりだが」

 自分が傷つけてしまった代わりに、これ以上は。
 そんな“心”が、マツバの目に映った。

「……何故、そう思うか分かるかい?」
「…!」

 突然の言葉に、目を丸くするセキ。その反応にマツバは半分楽しげな様子で、言葉を続けた。

「どうしてそんな風に思うか…君は自身で分かっているのかい?」
「…………」

 “何故か”。
 ちょっと前までの自分なら理解するのに苦しんでいただろう、否、苦しんでいた。しかしそれは、ただ“自分”を理解したくなかっただけで。それだけで。だから今は。

「……今なら、少しだけは…分かる」

 受け入れてしまえばすぐに見えてくる。まだ漠然としか分からないけれど、視界はとても澄んでいた。

 彼は、真っ直ぐに紫を見つめた。

「あいつが苦しんでいるのは、出来る事なら…見たくないから」

 いや、絶対に見たくない。馬鹿みたいに笑っているからこそ、自分の知ってる“アズサ”なんだ。
 答はすんなりと出てくる。セキは確かめるように言葉を繋げた。

「ふーむ……なるほどねえ」

 マツバはそれなら、と言って再び質問をした。

「その感情の名前をなんというか、君は知っているかい?」
「…は?」

 なんだそれ。
 セキの顔はあたかもそう言っているかのようにぽかんとしていた。

「…いやあ訊いてみただけだよ。気にしないで。まあ要するに……俺は巫女を傷付けるような事はしないし、ただデンリュウを救って欲しいだけなんだ」
「、!…」
「彼女の力なら、もし万が一、それが医者にも判別できない原因不明の病であっても、直接患部を聞いてその原因を突き止めれるかもしれない。だから、君らに頼んだんだ」

 切実な願いなんだ。誤解を生むような事をして済まない。とマツバは申し訳なさげに弱く笑った。

「……………さっきからずっと思ってたんだが…」

 セキは益々眉間に皺を寄せ、マツバを怪訝そうに見た。

「なんでその中に、俺が入ってんだよ。俺はあいつみたいな力持ってないし、なんの役にもならねえぞ」

 その言葉に彼は、満面の笑みを浮かべ、セキの眼前に指を差した。

「それはね。君は他の誰よりも、あのお転婆巫女さんの側にいるべき人物だからだよ」
「……?」

 だからなんで、とセキが口を開こうとしたその時。

「セキ!!」
「! …アズサ、」
「こんなとこに居た…!いつの間にか後ろから居なくなってるからびっくりしたじゃんか」
「…あ、悪い」
『はやくしないとアサギシティに着けないでしゅ』

 分かった、今行く。と言ってふとマツバの方を振り向く。
 マツバは満面の笑みで「ガンバレ」とふにゃふにゃな筆文字で書かれた旗をゲンガーと一緒にパタパタと振っていた。
 ───何をだよ。
 それを見てしまったセキが、イラッときたのは言うまでもない。

「………、ニューラ、あの紫芋共に向かって全力でこおりのつぶて頼む」
「ニューっ!」

 刹那、マツバの断末魔の叫びが轟いた。

「…………セキ…」
「何でもない、行くぞ」
「ニュー、ニュー?」
「………」

 ちなみにアズサの耳には、『冷凍紫芋って美味しいんですか、主?アズサさん?』という、ニューラの無垢な質問が聞こえていた。

「…ニューラ。芋っていうのはね、熱を通すからこそ美味しいんだよ」
『でも主は紫芋を凍らせろって言いましたよ?』
「ニューラには、そのー…セキの言う紫芋は紫芋に見えた?」
『人間とポケモンに見えました!』

 自信満々に笑顔で答えるニューラが本当に純粋で可愛いと思ったアズサだった。

「うん…まあ芋は冷凍したらあんまり美味しくはない、かなー…」
『じゃあなんで主は』
「い…芋が嫌いだからじゃないかな!」
『?』
『アズサ、それはちょっと苦しいぞ』
「…何にも言わないでエンペルト」



****



「ふう…最近のトレーナーは手荒いなあ……」

 こおりのつぶてをなんとか避けたマツバは、ゲンガーを見てから、今はもうかなり遠くに居る二人を見つめた。

「…ゲンガー、運命って不思議なものだね」

 ゲンガーは無い首を傾げて、マツバを見た。

「彼はこれからもっと変わっていくよ、もちろん…巫女の方も…ね」

 その紫紺の千里眼に何が映っているのか。それはマツバ本人以外、誰も知る筈がなかった。


*****


「………」

 その感情の名前は何か。

「……ナマエ…か」

 分からない。知りたい。知りたいけど、…分からない。

「どうしたの?」
「あ、?いや、何も」

 この目の前の人物に向けられている感情が、何なのか。

「…………アズサ、」
「んー?」

 なんだか悶々と考えるのに疲れ、不意に彼女の名前を呼んでみた。脳天気極まりない返事をして、こちらを見る蒼。

「、…」

 その蒼を見てハッと気がつく。……しまった。何話すか全然考えてなかった。

「………………え、と……」
「…?」
「…………」
「……、」
「…、…っ……」
「どしたの?」
「……お、…俺の、さっきのバトル…どんなだったか、…教え、ろ」

 苦し紛れに出てきたのがこれだった。…何、変な事聞いてんだ、俺は。

「……命令かあー…どうしよっかなー」

 わざとらしく笑って考える素振りを見せるアズサ。 ……こいつ、…俺が抵抗出来ないと分かっててっ…

「〜〜〜ッ、……っお、…教えて、く、……くれ…」

 囁いてるにも等しいぐらいの、なるべく極小の声量でそう言う。するとアズサは満足したように笑って俺の方を向いた。

「よろしい!」
「………、…」

 …ああ、くそ。いっつもこの笑顔に負けるんだ。俺は。
 でも、それも悪くないと思ってる自分がいるのは絶対に秘密だ。…特にアズサやシェイミ(アズサの♀ポケモンも然りだ)には。

「そうだねー、セキはやっぱりまだ相性を見切れてないとこがあるかな」

 咄嗟に考え付いた事なのに、律儀に考えて答えてくれている。いつもめんどくさがる癖に…なんでこんなに真剣なんだか。

「……………」

「…ちょっ、そんなに落ち込まないでって!ほら、たかがあたしの意見なんだから、ね!」
「…たかが意見されど意見だろうが」
「う、…」
『馬っ鹿セキでしゅ!落ち込む暇があったらもっと精進しろってんでしゅっ!』
「うるせー分かってるっつの!ていうか若干口調変わってるしこのキッコロもどき」

 …今なら分かる。どうして自分があんなに頑なに彼女を拒絶していたか。

 温かいのだ。彼女と居ると。こんな冷たい自分を、嫌でも意識してしまう。
 醜い自分を見たくなくて、無意識に。

「いっででででッ!テメェ人の髪の毛引っ張んなって何度言えば…!」
『やめてほしいならその減らず口をどうにかするでしゅ!』
「だーっもう!君らはどうしてそうなるの!」

 アズサが俺の頭にへばり付いているこのキッコロもどきを引き剥がそうとする。…頼む、早くしてくれ。そろそろハゲるいやマジで。

 取りあえず。
 アズサと出会って、俺の中の価値観やら何やらが、百八十度変わり始めたのは確かだ。

 そしてこいつの、この温かさが、あの日からずっと凍て付ききっていた俺の中の“何か”を、少しずつ、雪を融かすように、融解させ始めていた。


「あ、でもさ」

 キッコロもど…シェイミをようやく引き剥がしたアズサがふと切り出した。

「…なんだよ」
「あのバトルの時のセキ、すっごくかっこよかった、かも」
「…………は、」

 内心ドキリとする。体内温度が、急激に上がった。…だめだ、ちょっと落ち着け、俺。動揺するな、こいつはそういうつもりで言ったんじゃない、多分。
 言い聞かせるものの、鼓動は止む気配を見せない。むしろ激しくなる一方だ。…こいつの言葉一つ一つにこうも反応するなんて、ほんと、どうかしてる。

 しかしその“どうかしてる”状況を、悪くも思えない自分が居るのも事実。

「セキ?」
「…、…付け足しのお世辞ほど重いもんは無いな。つか“かも”ってなんだ…!」
「お、お世辞じゃないって!多分」
「だから多分って、お前な」

 悪くはない。むしろ、心地が良い。だから、素直に言うと、…もう少しだけ…こいつの側に居たい、なんて。
 …言えない、けど。






Do you know the name of this feelings?


‐この感情の名前を知っているか?‐

(……もしかして)
(これって)



『前途多難、でしゅ』
『そうね……』
『あれじゃあ将来が心配だなー…』
『主も主、アズサさんもアズサさんです』

((((はてさて、一体どうやったらハッピーエンドになれるのだろうか…??))))




──────

仲直りして吹っ切れたセキ。アズサは実際彼の事どう思ってるんでしょうかね←
人の髪をよく引っ張る乱暴なシェイミは我が家仕様。





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