]Y‐地獄の入口 あの後、あたし達は階段を上り、どうにか上の階へ辿り着いていた。 「…なんかさ、屋根ないのにこんなに暗いとお化けとか出てきそうであたしもうやだ帰りたい」 「お前涙目とかどんだけ暗いの怖がってんだ」 「だってなんかいい感じに不気味な風とか吹いてるんだよ?!ここ!ほらあああ今にもセキの背後から白い手とかがヌッと出てき、そ……」 「…、………」 「………」 あたしとセキの背筋に寒気が伝った。 『…自爆でしゅ』 「お願いシェイミ言わないで」 「…………」 セキの顔が予想以上に青くなっていた。…やっぱり君も怖いんじゃない。 「…お前のせいでもう後ろ向けなくなったじゃねえか責任取れアズサ」 「だ…大丈夫大丈夫、今のところ君の後ろには誰も居ないよ多分」 「多分とか今のところとかそういう言い方やめてくんねえか本当に…!」 「…だ、大丈夫!大丈夫!!今はほら、お、お昼過ぎだし。大体昼に化けて出る間抜けな幽霊なんて…いっ居る訳ないでしょ」 「…だ、よな、確かに今昼だし有り得ねえよな、うん、絶対ない。つーかお化けとか居るわけない。大丈夫俺は負けない」 「そう、有り得ない、こんな所にお化けとか幽霊なんか居な───」 無理やりテンションを上げて頑張るあたし達。しかしそんな矢先。 ヌッ。 「っ、……………」 再びセキの顔が凍り付いた。 「…………」 「…、セキ?」 後ろを振り向いてみる。 そしてあの典型的な「うらめしや」の格好をした色白い紫バンダナのお兄さんが、懐中電灯で顔の下からライトアップされた感じの顔が、目の前に飛び込んできた。…後ろを向いた事をとても後悔した。 しかもその顔が言葉に出来ないくらいに怖い。もう、これは、絶対この世のものじゃない。あの世のものだ、間違いなく。 言うまでもなく、あたしの恐怖心メーターが最高値まで振り切った。 「ッ、いっ───!!」 思わず右手が動く。それは綺麗に曲線を描いてその幽霊(多分)の顔面にクリーンヒットした。 「ごめんセキ前言撤回やっぱ居たアアァァァアァアアァアア!!!!!」 「もるすぁあッ!!」 その場に鈍い音と、断末魔の声と、幽霊(…?)がぶっ倒れるドサッという音が響いた。響いてから、手と幽霊お兄さんを交互に見る。 「……あ、れ?触れる…?え、ちょ、あれ?え?」 「、……」 『アズサの右ストレートは、久し振りでしゅ』 一人焦っているあたしを差し置いて、セキとシェイミはなんだか憐れみを込めたような目で、倒れた(倒した)人を見ていた。ていうか幽霊じゃなかった。ていうかシェイミいつの間にセキの肩に乗ってんの。 ***** 「いやあーごめんごめん、まさかあんなに怖がるとは思ってなかったから、つい」 「…ほんとに、すみませんでした…」 「ついじゃねえだろあんた…」 (さっきあたしが殴ってしまった為)左頬の腫れたバンダナのお兄さんは、眠そうな目で、はははと笑いながら頭を掻いた。 「で…あの……あなたは一体」 「む?マツバ、こんな所で何をしているんだ?」 その時、彼の背後からさっきのマジシャンっぽい服を着た変人が現れた。内心うわ、最悪だ…とか思いつつも、この人が親しげに呼んだ名前にふと思い当たるものを見つけた。 「……まつ、ば?」 「!、…こいつ……まさか、ジムリーダー…?」 セキが驚いたようにそう言う。 ……ああそうだ、「マツバ」って…エンジュシティのジムリーダーの… 「俺はここで、何か神秘的なもの達と巡り逢えるって見えたから来ただけだ。ミナキこそなんでこんな所にいるんだ?」 「オレはスイクンを探して来たんだ」 「全くお前は相変わらずスイクン馬鹿だねスイクン馬鹿むしろ馬鹿、ストーカー」 「馬鹿って言うなホウオウ馬鹿!」 「貴っ様あああ神聖なるホウオウを馬鹿にするな!!お前なんかせいなるほのおで焼かれてしまえ!むしろ焼いてやる!」 「ホウオウは馬鹿にしてないしー!馬鹿にしてるのはマツバだしいーっ!」 「……」 目の前で小学生レベルの喧嘩が始まった。大の大人が小学生レベルの喧嘩を始めた。大事な事なので二回言いました。 「………アズサ、どうする」 「そうだねー…取りあえず。ルカリオ、はどうだん」 ボールを戸惑いなく放り投げ、ルカリオを出して笑顔でそう言う。 その場に悲鳴が轟いた。 **** 『ルカリオ、…なんで本気でやったんでしゅか』 『危なかったな、全体的に』 『ポケモンたるものパートナーの頼みとあったら何事も全力でいくものだろう。例えそれが喧嘩の仲裁でも』 『だからってはどうだんを本気でやる必要はないんじゃないかしら…?』 『つーか仲裁がはどうだんの時点で色々間違ってるって』 『ほんとに良かったよ…建物が壊れなくて…』 と、こんな具合にポケモン達が話をする中、あたしは二人の方を向いた。 「で…あなた方は一体何なんですか」 「あ。そう言えばそれを言い忘れてたな。俺はエンジュシティジム、ジムリーダーのマツバだ」 「俺の名前はミナキだ。スイクンを追って色々な所を周っているんだよ」 「…聞こえはいいけどそれってストーカーっぽくないか…?」 「シッ、セキったら本当のこと言っちゃ駄目だって…!」 「あの、こそこそ言ってる割には丸聞こえなんだけど!なんなのみんなして!」 「君達の名前はなんていうんだい?」 マツバさんはミナキさんをものの見事にスルーして(素晴らしいスルースキルだ)、あたし達の名前を聞いてきた。 「えっと、ミオのアズサです」 「………セキ、だ」 「ふむ…そうかい」 するとマツバさんとミナキさんは、いきなりあたし達をじっと見始めた。 「………なん、ですか…?」 セキが怪訝そうに眉を顰める。マツバさんはニヤリと笑い、ふうと息を吐いた。 「…俺の見えたものは、やっぱり間違いなかった。神秘的なものに巡り逢えるか…まさか、あの伝説の巫女に出会えるなんてね」 「しかもどちらもスイクンとかなり近距離で接していたぞ。俺でさえあれだけ近付けれたことなんか滅多にないのに……」 「それは君がストーカーだからだよ。スイクンも君のことを気持ち悪がってるのさ」 マツバさんはミナキさんに向かって、なんとも爽やかに毒を吐いた。 「ストーカーじゃない!れっきとしたスイクンハンターだ!そしてスイクンはツンデレなだけだ!」 ミナキさんは気付いていなかった。色んな意味でも気付いていなかった。 「え…、ストーカーじゃなかったの」 「違うよ!?」 「…もういいじゃんストーカーで」 「いや、良くない良くない!」 「…、……」 スイクン、か……なんだか彼は不可思議な事を言ってたなあ。そんな思考を振り払い、あたしは本来の目的をマツバさんに伝えた。 「…えーっと、取りあえずマツバさん。ジムでバトルしたいんですけど…」 セキもだよね?と言うと、彼はコクンと頷いた。……あ、なんか今の仕草可愛い。 でもそんなことを言ったら殴られるのは目に見えているので、あたしは敢えて口を塞いでおいた。 「!、そうか、君達はジム挑戦者か…」 …マツバさんの目がさっきよりもキラキラしているのは、なんでだろうか。 「それはね、俺のジムに挑戦してくる人が少ないからだよ」 「っ!!?うそっ心読まれた!?」 何この人、ハオ様か、ハオ様なのか。 「はは、俺はハオ様じゃないけど千里眼を持ってるからたまーに人の心が読めちゃう時があるんだよ」 「…千里眼と読心術は別物だと思うぞ…?」 セキが最もなツッコミをした。ていうかまた読まれた。 「だから極たまにだよー、たまに」 「……」 だるだるな雰囲気のこの人は、またもあはは、と笑いながらジムに向かって歩いて行った。 「掴めない男だ…」 「うん……」 「あいつは昔からああなんだよ」 「あ…ミナキさんまだ居たんですか」 「酷いっ!!」 焼けた塔から出る。明るいところに出ると、セキの、さっきよりも更に真っ赤になった左頬が目立ち、かなり申し訳ない気持ちに苛まれた。 うわああ…予想以上に、すごい腫れてる… 「セキ」 「?、なに」 鞄から取り出した物を、彼の頬に貼り付けた。 「つっ、めた…!!ちょ、何貼って」 「ミニサイズの湿布。こないだのこともあったし一応買ってみたんだけど、役に立って良かった」 「ほんと心臓に悪ぃな…つかこんなの放っといても治るだろ」 そう言いつつ、頬に貼られた市販の薬用湿布を触りながら、何処か恥ずかしそうに外方を向く彼。 「これで仲直りだね」 「、!」 不意を突かれこちらを向く紅。あたしはニイッと笑って、目の前の階段を下り始めた。 「アズサって、見た目の割に力あるよな?」 「…セキうるさいー聞こえないー」 『事実を言ったまででしゅ』 ***** 先に行ったマツバさんを追って、ジム内に到着する。…あたし達は、なんでこのジムの挑戦者が少ないのかが痛い程良く分かった。 「…………何これ」 その答えは実に単純なもので、このジムの内装が、ちょっとした地獄の入口みたいだったからだ。自分の顔が引きつっていくのが分かる。…すごく、入りたくない。 薄い明かりで微かに見える路の直ぐ隣りには、なんだか沼…というよりむしろ黄泉沼のようなものがあるのが見えた。 何この沼、何でこんなに無彩色の斑模様なの。沼かすらも怪しいよ。何でこんなにやばそうな雰囲気なの。益々入りたくなくなってきた。 救いを求めるような気持ちでセキの方を振り向いたら、案の定一瞬で目を逸らされた。 「ちょおおおお一生のお願いだから目を逸らさないでええええ!!!」 「こんなしょーもないことで一生のお願いを使うなどうせお前先に行けとか言うつもりだろ!」 「え…なんでわかったの」 「やっぱりか!!」 「いやいやいや、ほらだって、あれ見てみなよ。あの地獄絵図。無理だってあれは、あたし足踏み入れた時点で腰抜かすって。だってもう既に膝が笑ってるんだから、大爆笑してるんだから!」 そう言ってからあたしは逃げられる前にセキの両肩をがっちりと掴んだ。 「だからお願い先に行って、その後ろにあたしついていくから!ていうか背中にしがみつくから!」 「黙れ離せしがみつくな!!」 とか言いつつも、セキはちゃんと先に道を進んでいってくれた。あたしも背中にしがみつきはしなかったもののセキの服の裾を思いっ切り掴んだ。 「…服が伸びる」 「そう言わずに」 お化け屋敷さながらの道を進む。壁の所々に飾られた蝋燭が、微かに吹く風に煽られゆらゆらと揺れる。…不気味だ…もう泣きそう。 「……あ」 行く手に、白い着物を着、頭の両側に蝋燭を巻いた…俗に言うイタコ姿のおばあさんが佇んでいる。 「…やはり来ましたのう、マツバ殿の千里眼に間違いは無かったわい。二人の挑戦者方…いざ、尋常に勝負ですぞ」 おばあさんはボールを取り出し、ニタリと笑った。 「……と…トレーナー…?」 「そうじゃ。勝負せんのかえ?」 「や、やります!」 一人目のイタコのおばあさんを倒し、またしばらく歩く。 「……なんか…ここまで来るともう馴れてきたなー、なんて」 「じゃあ俺の服を掴んでる手を放せ。伸びる」 分かった分かった…と呟きながら手を放す。なんだ、意外にいけるじゃないか、あたし。そのまま引き続き、彼の背中を追おうとする。───ふわりと、足下の感覚が無くなった気がした。 「 え、」 あたしが足を踏み出したそこは、何故か、路が途切れていた。 「───アズサ!!!」 彼の声が響く。ガシ、と腕を力一杯掴まれ、引っ張られる。頭が混乱気味で、何が起きたか一瞬解らなかった。 「…、………」 「悪い。そこに隙間あるの、言えば良かったな」 紅くて綺麗な髪が、再び視界いっぱいに映る。あたしの躰は、彼に抱きすくめられたまま震えていた。だめだ…今ので恐怖メーター振り切った。 「やっぱり手、放すな」 「わわわわわか、った。りょうかい、ラジャー」 三回とも似たような意味の単語を言い、震える足に鞭打ち、次のイタコ姿の年配トレーナーがいる場所に向かう。そして彼女と対峙した時、こんなことを言われた。 「危うかったですの、巫女殿と赤の殿方」 「……?」 どういう意味だ、とセキが問う。その老婆はニヤリと笑って沼を一瞥した。 「この沼に落ちれば最後…何処に行き着くかも分からん。果たしてそこは現世か黄泉か?ひひひ…わからんのう、わからんのう…」 カタカタと笑う彼女。 ゾクリ。 二人の背中に、さっきとは少し部類の違う悪寒が走る。…本能的に感じ取った、命の危機の、警戒サイレンのようなそれ。 「………なあーんての!冗談じゃよ、ぶらっくじょーくじゃ!」 おばあさんは、つい先ほどと打って変わり、急にけらけらと笑い出した。 「ただの演出じゃて!落ちてもなーんもありゃせんわい。じゃけえそんなおっそろしい顔せんで、勝負じゃよ勝負」 「…なっ……なんだあああ…っ!」 「……のやろ…ッ…」 セキは顔が真っ青で涙目のまま眉を顰め、おどけた調子の彼女を睨んでいた。 「…まあ…本当の黄泉沼というもんは…人の見えぬ場所で、今か今かとわしらを飲み込もうと待ち構えておるがの」 気をつけよ若いの。飲まれれば、戻ってこれぬぞ。 勝負が終わり、彼女が最後あたしとセキの背中に向かいこう言った事に…あたし達は、気がつかなかった。 ****** さっきのような演出が何度から起こり、叫んだり戻ろうとしたり精神が崩壊しそうになりながら、路が行き止まりになった、目の前に扉がある場所に到着する。 なんとかどうにか、ジムリーダーの居る場所に辿り着いたみたいだ。 「…………ぐあああああなんなのあのイタコさん地味に超怖かったあぁああああ……!!」 「……」 「…、…………あのー…セキ?」 「……俺もう悟り開けた気がする、真理の扉見つけたわ、うん」 …言ってる事がよく分からなかったけど、取りあえずセキは放心状態だということだけはよく分かった。 第一関門をクリアしたので緊張の糸が一気に切れる。そして息絶え絶えに二人で地面に座り込んだ。 その時、扉が襖のようにスライドして、マツバさんがふらりと現れた。 「君達大丈夫…?」 「「心配するならもっとフツーなジムに改装して(くれ)(下さい)ッ!!!!!」」 あたし達はマツバさんを物凄い剣幕で睨み付け、見事なハモりでそう言った。 ていうか、この扉、見た目と違って襖式なのか。取っ手まで付いてるのに。 「えええー、そんなことしたらこのジムの個性が無くなっちゃうじゃない…」 「知るかそんなもん!!!」 「こっちがどんだけ怖い思いしたかあなた全ッ然分かってないですよね!!!」 もう一度マツバさんを睨むあたし達。マツバさんは苦笑いしながら平謝りしていた。 「マツバさん、なんであたし達が着いた事が分かったんですか」 「いやあ、千里眼で見えたから…居間から戻って来たついでに、覗いてみたんだ」 「…、居間…?」 「あまりにも暇だから、このフィールドの裏側に勝手に作ったんだよ」 「…だからお前の口に煎餅の欠片がついている訳だな。殴るぞ」 セキの声に殺気すら感じられる。マツバさんはそんな事お構いなしに自分が出てきた扉をぱんぱんと叩いた。 「それにこの扉、見た目の癖して襖式だからさー…トレーナーのほとんどが恐怖ボルテージ上がってるもんだから、ここでいっつもみんな苦戦するんだよね。君ら想像を絶する勢いで怖がってたし、それはちょっと可哀想かなと思って」 「……いや、じゃあなんでそんな仕掛けにしたんだよ」 「トレーナーには忍耐力や冷静な判断力が必要だからね……四天王に挑戦する前にその能力を養わなきゃいけないからさ。押して駄目なら引いてみなって諺にあやかってこうしてみたんだ」 「あ、意外にちゃんと考えてる人なんですね」 「俺が四苦八苦してるところを見たいっていうのもあるんだけどねー」 「「解せぬ」」 何故だか後者の方が本音に聞こえて仕方がない。いや、絶対本音だよ、間違いないよ現に今何処となしか顔が楽しそうだもの!なんなのこの人! 「…ジムリーダーってみんなして個性的過ぎるというか、自由奔放過ぎるというか、ただ自分勝手なだけというか」 『目の前のジムリーダーは確実に後者でしゅね』 あたしとセキとシェイミは一斉に溜め息を吐き、マツバさんに誘導されてバトルフィールドに足を踏み入れた。 「……さて、それじゃあ、先にバトルするのはどっちだい?」 「…、…」 「!…」 バトルと口にした瞬間、マツバさんの身に纏うだるだるな空気が一変した。軽やかにこちらを向き、妖艶に笑む彼。…やっぱり本職はジムリーダーなだけあるか。自然と口許が吊り上がる。 「アズサ、先行けよ」 「!、……いいの?」 外方を向いて無言で頷くセキ。あたしは暫く惚けたのち、彼にありがとうと言い、フィールドに立った。 「ロコン、行ける?」 『た、多分大丈夫だよ』 あたしはロコンを繰り出しながら、ニヤリと笑ってみせた。 「お手柔らかにお願いしますね」 「全力で来ていいよ。白波の巫女さん」 マツバさんは言って不敵に笑った。 「ゴースト、しっぺがえし」 「ロコン、躱して!」 しっぺがえしを軽いステップで避けるロコン。この子のすばやさはとても高い。これで相手のスキを突くのがロコンのバトルでの戦法だ。 「ロコン、そのままゴーストにかみくだく!」 ゴーストの懐に飛び込むロコン、そしてかみくだくをかました。あくタイプの為効果は抜群、これで二体目のゴーストが戦闘不能になった。 「後はゲンガーだけか…やっぱり、生きる伝説と言われてるだけあるね」 そしてマツバさんはゲンガーを繰り出した。 『…アズサ、気を付けた方がいいかもしれないわ』 グレイシアがいきなりボール越しに話して来た。 「!、グレイシア…?」 『あのゲンガー、かなり強いわよ』 「…………」 マツバさんが不敵に笑う。 「ゲンガー、シャドーボール」 、しまった。 「ロコンっ避けて!」 しかし、放たれたシャドーボールはロコン目掛けて一直線、わざは命中してしまった。 「、ロコン!」 『大丈…夫っ…!』 グレイシアの言ってた事が理解出来た。あのゲンガー、攻撃力が高い上にかなりスピードが速い。しかもシャドーボールはゴーストタイプの中でもかなり強力なわざだ。 「…、……」 ……でも、残念だね、マツバさん。 「ロコン、かみくだく!」 わざが命中する。よほど堪えたのか、ゲンガーが少しよろめいた。 「…すごいね…でも、これで終わりだよ。ゲンガー、もう一度シャドーボール!」 「いや、終わりなのはそっちですよ。マツバさん」 マツバさんが怪訝そうにこちらを見る。…ナメないでね、これでも一応三リーグを制覇した身なんだから。 あたしはロコンに向かって静かに指示した。 「ロコン、ふういん」 ロコンが技を発動したと同時に、ゲンガーを不思議な光が包み込む。たった今…ゲンガーはシャドーボールを使えなくなった。 「…ふういん…って、まさか」 マツバさんが呟く。ふういん、というのは自分が覚えているわざを相手に出させなくするわざ。…つまり 「実はあたしのロコンも、シャドーボール、使えるんですよ」 どうやら切り札として取っておいて正解だったみたいだ。 あたしはマツバさんに向かって再びニヤリと笑った。 「ロコン、シャドーボール!」 シャドーボールは命中し、ゲンガー戦闘不能、という審判の声が聞こえる。 「………」 ゆっくりと口許を上げるマツバさん。 「流石だね、白波の巫女…アズサ。それじゃあ受け取ってくれ。ファントムバッジとわざマシン、シャドーボールだよ」 ありがとうございました。とお礼を言ってから渡されたジムバッジとわざマシンを貰う。 「セキ!シェイミ!見て見てファントムバッジゲッ、と……」 生き生きと後ろを振り返ると、頭にシェイミを乗っけながら、観客席様の手摺に凭れ、意気消沈してるセキがいた。 「……ど、どうしたの。セキ」 彼が居る、一番前の観客席に歩み寄り、顔を覗き込む。 「……………」 「…おーい、セキくーん」 「……お前のバトル見てたら」 「へ?」 「凄過ぎてやる気失せてくる」 セキは自分の腕に口許を埋め、拗ねたように眉尻を下げた。仕草にキュンときたとか思ってないよ、うん、決して。やだなにこの子可愛い。 「……」 『要するに実力の差というやつでしゅ』 …ああなるほど…いやいやいや、そうじゃなくて。 あたしはハァ、と溜め息を吐いてセキの額を小突いた。 「っ、!?な…なにすっ」 「全く…君、それでもトレーナー?」 驚いた顔でこちらを見るセキ。 「自分らしく、頭を使って。ポケモンを信じて戦う。それだけでバトルは誰がしても凄いものになるの」 「………」 ね? と返事を催促すると、彼は考えるそぶりをしておずおずと頷いた。 「相性で考えて…セキにはゴーストとニューラが居るでしょ?どっちを先に出すか、何のわざを最後まで取っておくか…とかで、勝敗って全然違うんだから」 だからバトルというのは、面白いんだよ。 この二匹をどう使うかは君次第、と彼に言ってからあたしは観覧席入口まで歩いて行こうとして、もう一度振り返る。 「セキ!」 「!」 「別に、変な背伸びする必要なんかないんだからさ!落ち着いて、頑張って!あたしいっぱい応援するから!」 「………、」 セキはあたしから目を背けてゆっくり頷いた。 サンダースが後でこっそりと教えてくれた事だけど、その時の彼の耳は髪の色と同じくらい赤くなっていたらしい。 『アズサ、なんでなのか分かってるでしゅか?』 「え??や…あたしに聞かれても…体調悪いのかな」 『…ベタすぎるでしゅ』 「まさかセキ、怒ってる!?」 『……それもベタすぎるでしゅ』 そう言ったら、シェイミに盛大に呆れられた。 なんでだ… あと、セキのバトル中、グレイシアとロコンはボールから出て、シェイミと心底楽しそうに何かを話していた。 会話の中にあたしとセキの名前が聞こえた気がしたのは……多分気のせいだと、思いたい。 「何話してるのさ、三匹とも」 『そうね…強いて言うと、春が来た…って事かしら?』 「?? 〜〜〜っなにさもう!皆して言葉を濁して!」 seem yourself (優しい君らしく居てくれれば) (それでいいの) ────── 和室でくつろぐマツバが可愛いと思った結果。マツバなら作りかねない。 やっぱりミナキさん途中で消えた、どこいったんだろう(…) |