]U‐はなれる


 日が昇り、暗く重々しい雰囲気を漂わせていた森にも、生気が取り戻されて行く一方で、そんなことはお構いなしに入り組んだ森の道を歩く。マグマラシが度々俺のことを気遣って一鳴きする度に、「大丈夫」と言って歩き出す。その繰り返し。

 サワサワと、何かが、地面に生えた草を踏み締める音が聞こえる。ポケモンだろうか。ぼんやりと思っていた、が、次に聞こえた声に、心臓が跳ねた。

「セキっ」
「、!!」

 アズサ。
 振り向こうと躰を反転させる、前に、振り向かせまいと固定する形で、後ろから両腕を掴まれた。

「待って、振り向かないで」
「……………」

 大人しく従う。かなり切羽詰まった声色だった。
 また、頭を殴られるようなショックがこちらを襲う。振り向かないでと言われたことにとんでもない拒絶が含まれてるように感じて、昨日を思い出し身体中が冷えた。

「……、ごめ、ん。こんな形に、なっちゃって」
「………なんで振り向くのがだめなんだ」
「…あたしの、我が儘、か、な」
「ここに来るだけのために、抜け出してきたのか」
「…、うん」

 手が震えていた。怖いんだろうか。やめてくれ、アレはそんな怖がらせるつもりで言ったんじゃない。と言いたくても、やはり喉は締まり切ってしまい言いたいことが言えずにいた。

「…あの、なにも知らないのに、ごめん、昨日は。…人間って、ヤな生き物だよね。普通の人より力を持つと、すぐ高慢になっちゃうし。……あたしもやっぱり、人間だからさ」

 自嘲気味な笑い声が聞こえる。

「…アズサ…あ、あれは、」
「勝手に君のこと、知ってるようなふりしてごめんね。白波の巫女だなんて、よく言ったもんだよ、ほんと」
「アズサ、」
「でも、でも、これだけは…知ってる“ふり”じゃないの。本当に知ってる“だけ”のこと。聞かなくてもいいから、言わせるだけ、言わせて」

 手が、震えていた。

「独りは…、寂しいんじゃ、ないの、“痛い”の。けど、自分から誰かを突き放すことは、もっと“痛い”の」

 知ってる。俺も、知ってる。
 だから解らないんだ、自分が。“一人”でいなきゃいけない筈なのに、どうしようもなく、痛くて痛くて狂いそうで。

「それが、当たり前だと錯覚するようになってしまうくらい、痛い。なのに、その痛みに耐えても…結局何にも得られない、何にも報われない。そんなのもう、やなの。そんなので、誰も、苦しんで…欲しくないの」

 泣いてるのだろうか。彼女の声も、震えていた。

「だから、俺に…一人で強さを求めるのはやめろって、いったのか」

 ビクリと、振動が伝わる。
 自分の声が思った以上に低かったようで、威圧的に聞こえてしまったのだろう。

 (、あ)

 まずい、また。

「、あ…いま、のは、ちが、ちがう、そういう意味じゃ」
「ッご、め…っ、また、訳分かんないこと…言って。だ…大、丈夫。もう…会うこと、ないだろうから…!」
「、え? ま、まて、アズサッ」

 両腕を掴んでいた手が、素早く放される。少しだけ軽くなる両腕。不自然に、嫌な感じに早まり出す鼓動。

「っアズサ…?!」

 振り向く、けど、居ない。きっとあなぬけのヒモを使われた。でも…どういう意味だ。今の。

 その場に一陣の風が吹いた。




*****


 あなぬけのヒモという使わないと決めていたはずの奥の手を使ってしまい、早々と来た道を戻る。

『アズサ、』
「…、いいの」
『アズサ!』
「もういいの!」

 ビリ、と空気が振動する。ぴたりと、足が止まった。

『………』
「…もう、決めたこと、だし」

 あんな顔、もう見たくないから。

「……そりゃあ、“痛い”けど、こっちのほうが、断然マシ…だし」

 ポケモンセンターに早足で入って部屋に続く廊下に蹲り、じっと痛みを堪える。

『……アズサ、帰る…でしゅ』
「…そだ、ね、はやくしないと、部屋抜け出してきたの…バレちゃう」

 でもどうしてかな。足が、全然言うこと利かないの。

「…ごめ、シェイミ…ちょっとだけ…こうさせて」


 シェイミは、何も言わなかった。



*****


 (…また、やっちまった。)

 いなくなった空間を見つめてから、ぼうっとしたまま不意に空を見上げる。今の自分の心境とは真反対極まりない、むかつくくらい真っ青な晴天。──穴が、空いたような。そんな気分。躰のどこかに、ぽっかりと空洞が出来たような、空虚な感じ。

「…あーもー…また、…かよ…」

 喉から、熱いものが込み上げてくる感じがして、思わずしゃがみ込む。しゃがみ込んで、自分の肩を抱きすくめる。…違う、本当にそんな意味で言ったんじゃないんだ、さっきのは。

「なん、で…、おれ、」

 また、痛、い。また、息ができない。本当に狂いそうだ。もう、やめて、しまおうか。考えるのも、何もかも、全部。


「……痛い………」

 肩を抱く力が強まる。膝が、生ぬるい水で濡れていた。視界もぼやけていた。

 痛いのは、いやだ。ひとりなのも、いやだ。どちらも大嫌いだ。なのになんで、俺は、ずっと、我慢してるんだろう。

 (あいつに…勝たなきゃ、いけないから。なん…だけど)

 解ってるんだけど。


 (なんか、もう、疲れた。)


 彼女の震える声が、頭の中で、鳴り響く。








はなれたぬくもり


ひとりなんてだいきらいだ




――――――


疲れちゃったセキくん。
寂しがり屋な男の子を書くのが大好き。すいません。


次に彼がどうでるか乞うご期待とかいってみたりね。




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