Z‐それに伴う感情 「ストライク戦闘不能!」 某時刻ヒワダタウンジム内。あたしはたった今、ジムリーダーのツクシとのバトルに勝利した。 「はい、じゃあコレわざマシンとバッジ!楽しかったよ、巫女さん!」 さっきのランスじゃないけど、彼はまさに向日葵みたいな笑顔でバッジとわざマシンをあたしに渡してきた。 「あはは、あたしの名前は巫女さんじゃなくてアズサだよ、ツクシくん」 やだもう可愛いなあこの子、多分スモモと変わらない歳なんじゃないかな。ほんと可愛い。 「…アズサさん?、顔色悪いよ?」 「ん?あぁ…大丈夫だよ。心配ありがとう」 「えへへっ」と笑うツクシくん。なんなんだこの無邪気な可愛さは。お姉さん君のこと無性に抱き締めたくなっちゃうんだけど。しかし断じてあたしはロリコンではないです。 『アズサ、顔がニヤけてるよ』 ロコンが「やれやれ」とでも言いたげな目でこちらを見つめる。うるさいな、ちょっとくらいニヤけてもいいじゃないか。いやだからロリコンじゃないってば。 「さて…そんじゃ帰ろうか」 ツクシくんに番号交換をせがまれて交換して、バイバイと手を振ったあと後ろを振り返る。 あたしの顔の筋肉が引きつるのを感じた。…帰るにはまたこの気色の悪い乗り物(多分デザイン的にイトマル)に乗らなくちゃいけないのかと思うと。 どうしようかと思う位、すっごく、いやだ。 ジョウトのジムリーダーって他に負けず劣らず個性的だよな…色んな意味で。と、少しばかりぐるぐるする頭で今までのジムを思い浮かべていた。 「…、……」 『アズサの顔色が更に悪くなってるでしゅ』 「更にってどう言う事なの」 『元々ジムリーダーの言った通り顔色が悪かったんでしゅ』 「大丈夫だって、ほら、ロケット団倒した後すぐにここに来たからちょっと疲れてるだけだよ、……多分」 『今小さく多分、って言ったな』 …ルカリオの地獄耳め。 「あーもう全然平気!ほら出口着いた、行こうロコン」 『…もしかしたら、さっきのロケット団の毒ガスかもよ…?』 「そうだったらあたし今生きてるかどうか分からないって」 『平気でも一応ジョーイさんあたりに診てもらいなって』 『お前はいつも無茶をするから万が一の事も考えてだ』 『アズサは分かってないと思うけれど、あなた今にも倒れそうな顔をしているわよ?』 「…………、わ……わかったよ」 流石にここまで重ねるように言われたら折れずにもいかなくなる。確かにちょっとふらふらするけど、そこまで酷い顔をしてるのかな、今のあたしは。 ***** ウバメのもりゲート前、未だに心配がるシェイミを頭に乗せてあたしはポケモンセンターに行こうとした。病院は今日は開いてなかったから、せめてジョーイさんにでも診て貰えば何か分かるかもしれない(ポケモン専門といえど医師なんだし)と思ったからだ。 『…あら?…アズサ、向こうに例の赤髪のお友達が居るわよ?』 ……赤髪の? 「、!……、…セ、キ…」 頭の上によりによって今一番会いたくない人の名前と人物像がピックアップされた。……なんで一番会いたくないのかは、自分でもあんまり、分からないんだけれど。 ていうか友達って言ったら絶対怒られちゃうよグレイシア。 「……!、…お前」 後ろからやってきた赤髪のお友達ことセキは、どうやらあたしのことには気付いてなかったらしく驚いた目でこちらを見ていた。 「ジム、終ったの?」 「終ったに決まってんだろ…さっきまでポケモン捕まえてただけだ」 「そっかー、強そうなのいた?」 「…別に」 「…………」 「………………、…なあ」 「何?」 「お前、なんか今日おかしくないか?」 「…っあ…え、…なに、が?」 何となく、嫌な所を突かれた気がした。 セキは少し心配そうな顔をしてこっちをじっと見ている。 「にしても珍しいね!君が心配なんて」 「……悪いかよ」 「悪いなんて言ってないよ。心配ありがとう、あたしは別に特におかしい所はないと思ってるからそれじゃあね!」 「え…?、ちょっ、おい!」 …一刻も速くここを立ち去りたい。 何故か頭の中はそれでいっぱいで、あたしはいつの間にか踵を返してウバメのもりの方向に向かって進んでいた。 『アズサ?ポケモンセンターは』 「、…ウバメのもり抜けたら、コガネシティがあるから。ほらあそこなら病院開いてるだろうし、そこで」 へらりと笑いながら足を進める。すると我がパーティーのオトン役、エンペルトの叱咤が飛んできた。 『そんなの着く前にアズサが倒れるだろう!』 「もー、心配性なんだからエンペルトは…倒れないよ、あたしが丈夫なの知ってるでしょ?ヘーキヘーキ!」 あたしは軽く笑い飛ばしながら服の裾を握り締めた。額にはじんわりと冷や汗か脂汗のようなものが浮き出ていた。 なんだろう、本格的に、気分が悪くなってきた…?……いや気のせいだ、うん、気のせいに違いない。 (…大丈夫、大丈夫…) セキの声はもう聞こえてこなかった。 ***** あいつと眼が合った時、何故か一番初めに感じたのが、違和感だった。 (…あれ、) どこか顔色が悪くて、下手をすれば、今にも倒れそうな程だった。 「……………」 あいつの姿がゲートの中に消えた瞬間、俺は小さく舌打ちをしていた。 ……なんで、あいつの心配なんか。 でも、今日のあいつは絶対いつもと何かが違うかった。顔色も悪いしあの脳天気な態度じゃなかったし。 いや、たまに妙に大人っぽくなる時はあるが、そうじゃなく立っているのが精一杯だという感じがして… …って、待て待てだからなんで俺はあいつのことを。 自分の考えていた事を改めて考え直すと、無性に腹の底をくすぐられるような感覚に見舞われて、思わずぐしゃぐしゃと髪を掻く。 珍しいね…君が心配するなんて 「……、…」 先ほど言われた言葉を思い出して不意に顔が熱くなる。 んなもん…あんな姿見たら誰だって心配するに決まってるだろ、逆に心配しない方がおかしい。だから、別に俺は変わったことなんてしていない、断じてしてないぞ。 そう自分に言い聞かせてどうにか心を落ち着かせようと試みる。しかし頭の中は言い聞かせた事に反して、天の邪鬼な考えが浮かんでは消え、落ち着くどころか真逆の考え同士が絡み合ってぐちゃぐちゃになっていくばかり。 だめだ、だめだ。ほんとに落ち着け自分、そもそもなんであいつごときにこんなに考えを巡らす必要がある…!! ブンブンと頭を振って小さく深呼吸。 幾分か気持ちがすっきりしたような気がした。 「…っくそ…」 昔の誰かさんそっくり、まあ価値観は違うけど。 マダツボミのとうで言われた事…否、あいつに言われたこと全部が無性に気になって仕方がない。 悪さってのは、バレないようにしなきゃね? 何をしていても頭の隅にちらついている。それが溜まらなく癪で仕方がない。 …バレないように出来たんだ? 気掛かりな事を言った時のあいつの目は必ずいつも、どこか別の世界を見ているような目をしていた。そして視線の終着点は、何故かいつも、俺。 なんであんな変なセリフばっか投げかけてくるんだよ、あいつは?なんで、その目を俺に向けるんだ。 そんな風にして強さを求めても、その先にはきっと……何も、ないよ あの意志の強い青い光。 自分の宿すものとはおよそ違うであろう光。それを一度見たら最後、絶対に眼が逸らせなくなってしまう。 …綺麗。 その光をそう思ってる自分が、よく分からない。 「………」 …そもそも…あいつは、俺にあんなこと聞いてきて何がしたいんだ。ていうか俺にそっくりの“誰かさん”って…誰、なんだ? 「みぃーッみぃーッ!」 「知り合い…とか言ってた気もするな…」 「みぃーッ!!」 「そもそも、あいつはなんで俺のしようとしたことが分かって…?」 「みぃぃい───ッ!!!」 「〜〜ッ、だぁあっ!もううるせえ誰だ!!」 思考中にも関わらずみいみいとうるさいポケモンの鳴き声のする方に振り向く……と。 「!…お前…? いっつもあいつの頭に乗ってる…?」 両サイドに花のようなものをくっつけた、黄緑色でもさもさしてる…確かシェイミとか言ったポケモンが、こちらを睨んでいた。 睨むなよ。つーかなんで睨んでんだよ。 『…やーっと気付いたでしゅね、全く気付くのが遅すぎるでしゅ』 シェイミは、後ろ足で器用にぽりぽりと体を掻きながらフンと鼻を鳴らした。 ………………は? 「…、うわ、うおわああああああああああポケ、モ…!!?しゃべってげふぅッッ」 いきなりものすごいすてみタックルもどきを腹にぶち込まれた。 その場に腹を抱え悶絶する。なんなんだこいつ初対面(じゃないけど)でタックル仕掛けてきやがった。ていうかなんで喋ってんだ。ポケモンって喋るのか。…喋らねーだろ!! 『ギャーギャーうるっさいでしゅ!この声はお前にしか聞こえないんでしゅ。みーまで変な目で見られるのはごめんでしゅ』 「てめ……だからタックルをっ…」 『みーはテレパシーが使えるでしゅ、幻のポケモンなんでしゅ!』 ……訳が分からん、こんなちんちくりんのポケモンが幻なんてまじ訳分からん。 というか、そうじゃなくて。 俺は患部をさすりつつ座ったままシェイミに小声で話しかけた。 「お前…持ち主はどうしたんだよ、あれか、迷子か?」 『!、そうでしゅ忘れてたでしゅ…!』 「迷子なのか」 『ちーがーうでしゅッ!!大変なんでしゅ!!お前にしか頼めないんでしゅ!!』 すると、このでしゅでしゅうるさい…しかも俺をお前呼ばわりしたコイツは、俺の頭の上に乗り、ウバメのもりの方向に俺の首を思いっ切り捻りやがった。 やべコレ、筋捩じれてねえかな。捩じれてるな。痛い。地味にすげー痛い。 「なに…っすんだ降りろッ!」 『だから大変なんでしゅ!アズサが倒れたんでしゅッ!!!』 「………、…」 …、は………? 突然こいつから出てきた言葉に思考回路が急停止した。言葉が、うまく飲み込めない。頭が思うように働かない。 あいつが、…アズサが、なんだって。 喉が震える。躰がすうっと冷たくなっていく。 …動、け、動けよ、俺の口。問わなければ、訊かなければ、早く、早く…早く! 「お、前、……今、なん、つった」 存外、喉が震えていた。 『アズサが倒れたんでしゅ!お願いでしゅ頼めるのはお前だけなんでしゅ!アズサを助けるでしゅッ!!』 「───…」 『アズサ、死んじゃうでしゅ…!!!!』 俺の身体は、その言葉を聞いた時にはもう既にシェイミを頭に乗せたまま、ウバメのもりに向かって全速力で走り出していた。 「ッ、…」 頭が真っ白になる。何度も足が縺れる。指先が、不自然に滲み出る汗が、躰中が、とてつもなく冷えきっていた。 「アズサ……!」 狂ったように呼吸する音に紛れて、呼ぶつもりのなかったその名前を掠れた声で必死に叫んでいる自分がいた。 なんでだよ。なんでお前が倒れるんだよ。 それよりなんで俺はこんな必死に走ってんだよ。 お前なんてただの鬱陶しい赤の他人なのに、なんでだ、なんで俺がこんな泣きそうになってんだ。泣きたいのは、シェイミとか手持ち達のほうだろが。俺がこんな事になる義理なんて、持ってないのに。 「くそ…ッ!!!」 もうわけわかんねえ。 ゲートの中にいる人間を押し退け再び走る。その時自分の躰が小刻みに震えている事に気がついた。 …おかしいだろ。赤の他人の為に、こんなに、焦ってんのは。 問い掛けが立て続けに浮かび上がる。でも、それよりも脳は、そんなものに応えるよりもやはり彼女の姿を捜す事を優先していた。 …早く、手遅れになる前に見つけ出さないと。 何故こんなに必死なのか、理由なんて分からないまま、ただ俺はあの黄色のパーカーのあいつを捜している。 「ッ……くそっ!」 暗闇の中、うっすらと見える道を頼りに走る。右に曲がった時に足を滑らせ、受け身が取れずに勢いよく地面に倒れ込んだ。 背中を打ち付けて息が詰まる。苦しい。幸い、頭の上にいたシェイミには被害は来ていなかったらしく、少しだけホッとしてからすぐに起き上がった。 「っおい…あいつの…アズサの、居、る所は、」 『もうすぐでしゅ!!』 シェイミの指差す方向を確かめ、次の角を左に曲がる。曲がった。 そしたら、居た。 「…、………あ…」 目の前の地面に、綺麗な顔を蒼白に染めた、海の巫女が力無く横たわっていた。 「…………………アズサ…、…?」 頭の奥がガンガンする。まともに酸素が吸えてない、からだろうか。 彼女を抱き起こす為に彼女に触れる。息は辛うじてしている。けどその肌は、──息を飲むくらいに、冷たかった。 「アズサ? おい、白波の巫女、なにしてんだよ、おい…」 触れた同時に、躰中の血が 「なあ、」 一瞬にして凍り付くような感覚がした。 「なあ…っ!起きろって…!!」 たった、一つの感情 彼女の名を叫ぶ俺の声は、目を閉じた彼女の耳には届かずに、夕刻の森に虚しく反響して消えた。 (怖い、この灯が消える事が) (……どうして、怖いんだ) |