[‐やるなら完膚無きまでに


 回り道をし、夕暮れはあんなにおどろおどろしい雰囲気を醸し出していたはずなのに今はちっとも怖くない朝方のアルフの遺跡を後にして、ヒワダタウンに向かう。まだ眠そうな顔のシェイミを頭に乗せながらタウンの中に入ると。

「あ………黒地に、“R”の文字…」

 シロナさんが目撃したといっていたあのロケット団が、おじさんと口論していた。

「俺たちは…ロケット団様だ!」

 うわ、名前の後ろに様付けてる。ああいう人の中にはろくな奴はいないよ、うん。 ロケット団はそう言うや否やおじさんを力強く突き飛ばした。年配の方には礼儀をと教えられていないのだろうか…あ、おじさん逃げてっちゃった。

『あれがチャンピオンの言ってたロケット団でしゅね』
「そーだね、一応声かけてみる?」

 さっきおじさんを突き飛ばした、井戸の入口を塞いでいるロケット団恐らくしたっぱの人に、すいませーんと声をかける。

「ん?なんだ?ロケット団入団希望者か?」
「聞いても良いですか。なんでそうなるんです」
「それじゃあ、あれか、ヤドンのしっぽを買いに来たな?よーし俺様が特別に百万円で売ってやるぞ!」
「………」

 取りあえずムカついたので八つ裂きにしておいた。素手で。
 ポケモンをなんだと思っているんだ。

「あたしがそんな大金持ってるように見えますか。頭弱いんですか」
『アズサー、ポケモン…使わないでよかったの?』
「あ、ロコンやりたかった?」
『ぼ、ぼくはいいよ!ちょっとカチンってきちゃったけど』
「かえんほうしゃで丸焼きにしてやればよかったかな…」

 ガブリアスでロケット団をシバいたシロナさんの気持ち、何となく分かった気がするな。と、あたしはぶっ倒れたしたっぱの胸倉をガシリと掴んで近くにある茂みに放り込みながら(実は、腕っ節には結構自信がある方だ)そう呟いた。

『アズサの殺人パンチは久々でしゅ』
「殺人言うな」

 したっぱが監視していたって事は、つまり、井戸の中にもロケット団の仲間が居るって事だ。あたしはグレイシアを表に出してから井戸を降りていった。

『良かった、ちょうど退屈していた所だったの』
「全く井戸降りるのも優雅に降りてくれるよ…グレイシアは」
『お褒めの言葉ありがとうアズサ』

 グレイシアはどこかのチャンピオンのようにうふふ、と笑いながら、井戸の壁を蹴って優雅に降りていった。

『…あら?』
「!、」

 グレイシアが何かを見つけたような声を上げる。急いで梯子を降りて、グレイシアの元に駆け寄ると、そこには辛そうな顔をしてしゃがみ込んだおじいさんがいた。

「だ、大丈夫…ですか?」
「いたた…すまんな…ヤドンを助けにここに降りてきたつもりが腰を打って動けんようになってしもたんじゃ…」

 ヤドン……?
 どういうことだろう、と内心嫌な予感を感じつつおじいさんの肩に手を置く。

「よければ、あたしのルカリオで上まで運んであげましょうか?」
「いや…わしはどうでもええ。旅人さんよ、どうかわしの代わりにヤドンをロケット団から助けてやってくれ!」
「?…ロケット団が、ヤドンを捕まえているんですか」

 …そう言えば…ヒワダタウンって街の中にヤドンが沢山いる筈だ。でも、さっき見た限りではヤドンなんて一匹も居なかった。
 そういえば。さっきしたっぱさんが…ヤドンのしっぽがどうとか言ってたような。

 ………まさか。
 嫌な予感が、更に肥大した。

「…大丈夫ですよおじいさん、あたしもロケット団こらしめるつもりでここにきたんで」
「すまんな…」

 あたしは立ち上がってからもう一体、サンダースを外に出した。
 こういう悪ノ…じゃない悪の組織のしたっぱの類いは、どくタイプやあくタイプのポケモンをよく使う(なんでかは知らないけど、多分、悪役のポリシーか何かだろう)からだ。

『サンダース、落ち着いていくのよ』
『分かってる!』
「シェイミもいざと言う時はよろしくね」
『りょーかいでしゅ』

 そしてあたし達はゆっくりと井戸の奥へ進んでいった。


*****


 暗い井戸の奥。じめじめと湿っぽい空気が入り混じるそこに足を踏み入れた瞬間目にしたのは、しっぽを切られたヤドン達の姿だった。

「………………」

 あたしの中で何かが切れた音がした。…まさかのまさか、だったみたいだ。

『…ひどい…』

 グレイシアが呟く。ヤドンには実際問題、痛覚はほとんどないのだけれど、それだけしっぽがない姿は痛々しく見えた。
 なんてことを。
 あたしは苦々しく口角を吊り上げながら周辺を見渡した。

「……やっぱり、やってくれてたみたい」

 その時、あたしとグレイシアの(鳴き)声に気付いたしたっぱ達がこちらを振り返り、大声を張り上げた。

「誰だ、お前は!!」
「え、誰って言われても……えーと、じゃあ好奇心旺盛な旅人で」
「好奇心だとぉ?好奇心で俺様達の邪魔をしてもらっちゃ困るな、所詮はガキの癖に!」
「子供は好奇心旺盛な方が将来が明るいですよ、したっぱさん」

 あたしはヘラヘラと笑ったまま零下の殺気を振り撒く。が、その殺気にすら気付いてないしたっぱ(のしたっぱかもしれない)三人は、ズバットを十匹くらい繰り出して攻撃の指示をする為に口を開いた。

 それと同時にいつもより少しばかり低めの温度をした瑠璃の瞳で三人を見て、静かに笑う。
 ようやく目の前の三人の顔が凍り付いた。もう遅いよ。

「サンダース、ほうでん。グレイシアは全体的にこおりのつぶて。」

 その場に一瞬にして電撃がほとばしり、氷の粒が目の前のズバットを確実に仕留めていく。あえなく三人のしたっぱのポケモン達は戦闘不能となった。

「子供って、怒ると結構怖いらしいよ。したっぱさん」
「っな…なんなんだこの子供…!」
「ただ者じゃないぞ…」
「おや。なんだか騒がしいですね?」

 突然、聞くからにしたっぱの雰囲気ではない男の声が聞こえた。

「……、?」

 目の前に現れたのは、したっぱの服装ではない服装(デザインは似ているが)をしたすらりと細い、青髪の人。多分幹部か何かだろうな。

「!…おや、その瑠璃の目…しんぴのしずくは。あなた、あの“白波の巫女”ですか」

 …あたしって結構有名なんだなあ、幹部(仮)にまで知られてるなんて。などと考えていると、いつの間にか幹部(仮)はあたしの目の前まできて、こちらをじーっと見ていた。

「なるほど」
「……何がなるほどなんですか、あの近いです」
「噂に聞いた通り美人ですね」
「どんな噂流れてるんですか…ていうかお宅誰ですか」

 これは申し遅れました。と幹部(仮)はいきなり改まり、ジェントルマンのようにお辞儀をした。

「私はロケット団で最も冷酷と呼ばれた男…ロケット団幹部、ランスと言います」
「……、…」
「………」
「あ、どうもです」
「反応薄いですね」

 なんだろう心臓がチクチクする。と、このランスと言う人は胸を押さえながら呟いた。

「薄いって言われても…あたしの中では「幹部(仮)」から「幹部」にランクアップしただけで何等変わりないですし、そんな仕草付きで言われても正直反応に困るというか」
「冷酷と呼ばれたんですよ?」
「それが一番反応に困るんですよ……第一印象はぬるそうなジェントルマンでした」
「…それは褒め言葉として取っていいんですよね?」
「ご自由にどうぞ」

 はたから見れば何とも阿呆臭い会話をする自称冷酷なロケット団幹部と好奇心旺盛な旅人であるランスとあたし。相手がどんなやつでも、ここまで突飛極まりない自己紹介をされちゃあなんとも言えない顔しか出来ない。自称ほど信用できないものはないという事を、この似非ジェントルメンは分かってるんだろうか、否、分かってないなここまできたら。

「……さて、それは置いといて」
「あ、置いとくんですか」
「ええ。だってあなたが先ほどのように向日葵のような微笑みを浮かべながら殺気を出しはじめるのも時間の問題ですので」

 そう言ってにっこりと微笑むランス。

「…ひまわ……、……まあ、やっぱり幹部さんは違いますねえ。向日葵云々をスルーしたらしたっぱさんとは大違い」
「スルーしなくても、でしょう。流石は白波の巫女、殺気も海の底のように冷え冷えとしていましたよ」
「光栄です。グレイシア、サンダース」
『もう準備は完了しているわ!』
『何時でもこい!』

 二匹が身構え、戦闘体制に入る。
 そうだよ、例え巫山戯た自己紹介をした人でも幹部は幹部だ。

「ポケモンを金儲けの道具にするのはいただけないね、ロケット団さん。…ムカついたから、完膚なきまでにぶちのめすことにする。異論は認めない。」

 ランスを殺意の籠った目で見つめる。彼は、「流石の私でもこの殺気は堪えますね…」と言って薄く笑った。

「残念です、あなたが敵でなければゆっくりとお話が出来たのに…」
「……」

 本当に何を考えてるんだろうか、この人は。

「しかし幾ら私のタイプだったとしても、邪魔をするようなら容赦はしません!」
「いやあなたのタイプとか知らないですって…」

 ランスは、ドガースとズバットを繰り出した。かと思うといきなりどくガスを指示し、こっちに向かってそれを振りまいた。

「ッ!!?」

 ……ちょ、っと、待って。
 こっちには、ロケット団の仲間もいる、のに、何して───

「っ容赦無し、か…」

 忘れてた。この人“ロケット団で最も冷酷と呼ばれた男”だった。自称だけど。

「っの……そこの人達!!!死にたくなかったら伏せてッッ!!!!!」

 大声でしたっぱ達に叫び、パーカーの袖で口を覆う。毒ガスに唖然としていたしたっぱ達は、弾かれたように慌てて地面に伏せた。
 どくはポケモンの場合弱ってはしまうものの自力で浄化は出来る。けど、それが人間の場合となると話は別だ。
 だから、この子を使う。

「シェイ、ミッ……シードフレアっ…!」
『もうやってるでしゅ!』

 唸り声をあげながら、背中からガスを吸い込むシェイミ。あたしとサンダースとグレイシアは一気に駆け出して、集まってたヤドン達を岩影に押し込み、頭を抱える。

 ガスを全部吸い込み、両側の花を濁った色に変色させたシェイミは淡い緑黄色に光り出した。

 シェイミの“シードフレア”は、有害な空気を背中から吸い込み、体内で水と光に分解して放出する。吸い込んだものがまだ煙突から出る煙とかだったら可愛いものだけど、もしそれが毒ガスとなると───

「!なっ…」

 ランスが驚いて目を見開く。そして、その場で大爆発が起こった。




「っ……」

 目を開くと、その場にロケット団は居なかった。 動ける事を見た限り、ランスはバリアでも使ってギリギリシードフレアを防いだんだろう。したっぱは伏せていたから心配ないか。

 地下の天井も、まだポケモンの放つ毒ガスだったからか、爆風によって崩れる事はなかった。それにしても頑丈な地下洞窟だ。

「…まあヤドン取り戻せたしいっか、お疲れ様シェイミ」
『みーのおかげでしゅね』
「いやーほんと、今日はシェイミにご馳走しなきゃ。サンダース、グレイシア、どく状態になってない?どくけし飲ませようか?」
『大丈夫よ、ポケモンセンターで回復させてもらえばすぐにでもジムに行けるわ』
『ぼっ、僕もいいよ!どくけし苦いからきらいだし…』

 戦闘中はフツーに飲んでるくせに、と言うとあれは不可抗力だと涙目で叫ばれた。
 にしてもあんなにムカついたのは随分久し振りな気がする。無駄に疲れるしお腹が減るけれど、ムカつくものはムカつくんだからしょうがないか。


 あたしはこの後、おじいさんをルカリオにおぶって貰ってこの井戸を後にした。






なんだか少しふらふらする。

(まあ、気のせい…だろう)
 



──────

ランスの似非ジェントルマンなキャラは、我が家仕様です。(…)





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