Z‐遺跡前にて


 取りあえず落ち着け。なんでこんなことになったんだ?

「ッ…はぁっ…!」

 アルフの遺跡という場所近くの森。俺はジム戦に備えてポケモンを捕まえようとその中へ足を踏み入れた。…だが入る時間帯を間違えたらしく、夕刻が迫って辺りは暗くなり、夜行性のポケモン達が動き始めたのだ。
 なので絶賛逃走中。縺れそうな足をどうにかこうにか前へ前へ出し、音は自分の苦しげな息遣いしか聞こえない。

「ヒノアラシ!ひのこ!!」

 放り投げたボールから飛び出したヒノアラシがむしポケモンその他もろもろに向かってひのこを振り撒く。しかしポケモン達の容赦ない複数攻撃でヒノアラシが戦闘不能になってしまった。

「……っ…」

 …まずい。本格的にまずい。

 倒れたヒノアラシを抱いて逃げる。 頭の中は混乱気味、時々躓きながらもただひたすら足を動かす事に全意識を集中させた。

「…、っ?」

 もう追って来てない…?自分の息遣いを耳にしながら、後ろを振り向く。そして喉の奥で音にもならない短い悲鳴を上げた。数種類ほどの気性の荒いむし兼ひこうタイプのポケモンが、すぐ近くに居たからだ。

「、あッ!」

 驚いた反動で、ついに足が縺れる。無意識にヒノアラシを庇う形で倒れたせいか背中を打って一瞬息が出来なかった。

 スピアー達の赤い目が暗闇の中で浮かんで見える。
 やばい。
 反射的に目を固く閉じた。…その時


「落ち着いて、ポケモン達」

 何処かで聞き覚えのある声が聞こえた。

「…、!……」

 ハッと目を開け、横を見る。

「…………え、」

 茶色の長い髪がさらりと揺れる。
 そこには、さっきまで居なかった筈の、黄色いパーカーを着たあいつが居た。

「スピアー、彼は敵じゃないよ。あなた達に害は与えない」

 暗い森の中でも映える黄色。そして疑問が一つ。
 …なんでこいつは、さも人間が相手かのように、ポケモンに話し掛けているんだ…?

「……ダメだね…気が立ってるのか全然繋がらない」

 みぃ、と何かポケモンのような鳴き声が聞こえた。 …繋がらないって、何が。

「手荒なことはしたくなかったけど…ごめんね…!」

 次の瞬間、こいつはモンスターボールからサンダースを出し、スピアーに向かってでんげきは、と命じた。
 その場に電流が迸る。そして次に見えたのは地面に落ちた大量のスピアーとヤンヤンマ。

「…大丈夫?セキくん」
「…………白波の、巫女」

 俺はほぼ反射的にこちらを向いた蒼を睨んだ。

「なんで、お前がこんなとこに、」
「いやー…この時間帯にアルフの遺跡通るのがなんか怖くて、森から回り道したら遺跡回避出来るかなーって此所来たら普通に迷ったの」

 刹那の沈黙。

「……いや、 …馬鹿だろ」
「…最もです…」

 気が抜けてはぁ…と溜め息をつく、…なんなんだこいつ。 すると、今し方シュンとしていたこいつは突如顔を上げ、何かを感じ取った面持ちで辺りを見渡し、俺を見た。

「………さっきので夜行性じゃないポケモンまで起き出しちゃったみたい。はやくここを離れないと」

 立てる?と言われ、足に力を入れて立とうとする。途端左足首に痛みが走った。

「ッ、…」
「!…足、挫いた?」

 顔を覗き込むこいつから目を逸らす。

「、別、に、挫いてな…」
「嘘はだめ。はい、腕貸して。さっき丁度いい場所見つけたから、そこに行こっか?」
「………」

 腕を半ば強引に引っ張られ小柄な肩に掛けられる。

「ねえセキくん」
「……なんだよ」
「ヒノアラシ、大丈夫?」
「!、」

 右腕に抱えているヒノアラシを心配そうに見るこいつ。

「ボールにしまわないの?」
「…別、に」

 するとこいつは何かに弾かれたように笑みを浮かべた。

「なあんだ」
「…何がだよ」
「やっぱり、なんやかんや言ってる割には優しい人じゃない?」
「…、………………うるさい」

 苛立ち気味にそう言うと、それを察したのか知らないがこいつはすぐに大人しくなった。

「…あ、ついたよ」
「……、!」

 足を止める。目の前には野宿するには丁度いいくらいのスペースと、小さな川があった。

「ねっ、スゴいでしょ?」

 えへへ、と言いながら無邪気に笑うこいつは、“白波の巫女”と呼ばれ、生きる伝説として崇拝されているトレーナーとは思えないほど“子供”らしかった。

「………ああ」
「じゃあそこに座って挫いた方の足出して、ヒノアラシもそこに。ルカリオ、焚き火に必要な木とか持って来てくれる?グレイシア、あたしタオル濡らしてくるからそのタオルをすぐにれいとうビームで適度に凍らせて。あくまで適度にね、カチンカチンにしちゃダメ。セキくんは絶対安静!動かないようにね!」

 これだけの長い台詞を一気にいい終えたこいつは、タオルを持って小川に走って行った。
 ……なんなんだ、本当に。


******


「暫く下手に動かないでね」
「………」

 捻挫した部分に、冷やしたタオルを乗せられる。ひんやりとした感触が心地良かった。どんくさそうなのに手際がいいのには少し驚いた。…どうでもいいけど。

「でも、ほんとびっくりしたよ。ここで野宿しようとしたらポケモンが騒がしくなってさー、その方向に行ったらきみがいるんだもん」
「………」

 そう言えば、あの時、こいつは少し不思議な行動を取っていた。

 こいつは…ポケモンに話し掛けてた。
 でも、それは他のトレーナーだってしている事だ。そうじゃない。何か、もっと別の…違う類いの行動で…ポケモンと、直に対話しているかのような。

「セキくん?…どうしたの?」
「え?……い、いや…何でもない」

 推測しつつも、憶測しつつも、結局何も訊かなかった。…訊けなかった。 何となく、触れてはいけないような気がしたから。

「セキくん、ちょっと顔かして」
「、は?」

 そう言うや否や、こいつは少し濡れたハンカチを頬にべったりと当ててきた。そしてその瞬間、擦り傷が出来ていたのかその部分が異常に痛み出した。
 これは…あれだ、傷口に薬が染みる感覚だ。マキロンとかそこらへんの。

「いっでぇえッ!!!!」

 案の定力の限り大声をあげた。

「うわっ!…そんなに染みた?」
「あっ、たり前だばかやろー!!どんだけ消毒液染み込ませてんだよ!!」
「ごめん悪気しかなかっ、ごめんなさい嘘ですだから石を投げようとしないで」
「ったく…!」

 顔を反対方向に回す。しかしこいつはその向いた反対方向に移動して、別のハンカチを出した。

「………さっきと同じようなことするんだったら殺す…」
「ち、違う違うこっちは水だから!顔泥だらけだから拭いてあげようと思って」
「そんなもん自分でやる!」
「えーいいじゃん」

 あはは、と愉快そうに笑いながら無理やり顔にハンカチを当ててくるこいつ。
 おい、誰もやっていいなんて言ってねえぞ。

「……………」
「はい、これで綺麗になったよ」
「………手慣れてんな…つーか自分でやるって言って」
「消毒は自分じゃ出来ないよ、傷口があるのかも気付いてなかったのに」
「………、」

 そのままうまく丸め込まれ、手当てが終わるまでされるがままにされていた。…さっきも言ったが、意外と手慣れてるなこいつ。

「終わったよ、セキくん」
「、…………………………なあ」
「ん?」
「…その…“くん”っての、やめてくれ」
「なんで?」
「気持ち悪い」

 そう言うとこいつは「なるほど」と言ってから笑顔でこう言った。

「じゃあ呼び捨てでいいってことだね!」
「俺の名前は呼ぶなっつってんだよ!」

 どうやったらそんな解釈になるんだ、おかしいだろ。

「いいじゃん…」
「よくねえよ」

 不貞腐れた顔をした後、あ、そうだ。と何かを思い出したようにこちらをみるこいつ。何を言うのかと思えば。

「あたしの名前、“白波の巫女”でも“お前”でもないよ。あたしの名前はね、“アズサ”」
「……はあ?」
「マイネームイズ!アズサ!」
「英語にしなくても通じてるっつの」

 自分の名前の事だった。

「だって君そのどっちかでしか呼ばないじゃない」
「どうだっていいだろ」

 他人の名前なんて正直どうでもいい。さして興味もない。自分の名前だって興味ない。…なのにこいつは。

「どうだってよくないよ。ほら、名前って、その人にしか与えられない特別なものなんだし?」
「………」

 俺には無い表情でそんなことを言う。…それが何処か癪で仕方なかった。

「なんか寒くなってきたね…焚き火でもしようか」

 唐突にこいつ…アズサがそう言って、ごそごそと鞄から何かを取り出そうと仕草した。が、難儀している様子なのでこっそり覗き込んでみる。

「っうーん…暗くて見えない…」
「…何探してるんだ?」
「マッチ!」
「ほのおタイプのポケモンは手持ちにいないのか?」
「…、……………………………あっ」
「………」

 肩を落とす。
 …こいつって一体。

「セキ、ナイス頭良い!そうだロコンがいたんだった!」
「……………」

 本当にこれが伝説の人間か? というか何気に俺のこと呼び捨ててるし、そもそもこいつには何を言っても無駄なのか。
 ロコンを出す彼女の後姿を目を眇めるようにして見る。……薄々思っていたが、ここにきて確かにこう感じる。白波の巫女は厳格そうな名にそぐわず随分と抜けている。よく笑い鈍くさく強そうにも見えない。人間くさい。そのくせ一旦戦えば馬鹿みたいに強靭で、如何にも『伝説』らしいオーラを醸す時だってある。
 どっちが本物なのかが分からない。なんだか狸にでも化かされている気分だ。

「…なんか…」
「へ?」
「お前のせいで、“生きる伝説”のイメージかなり崩れるんだが」
「伝説の人が誰しも秀逸で、人間らしくない性格とは限らないよ」

 そう言ってこいつはまた微笑んだ。
 ……他人なんてどうでもいい癖に、なんで俺はこんなことを考えてるんだ。我に返った俺は首を振り、溜め息を吐く。どっちが本物のアズサかなんて、どっちでもいいしどうでもいいことだ。

「ロコンありがとう」

 火が付いた薪を前に、アズサ……違和感があるからもう“こいつ”でいいか。こいつはロコンの頭を撫でた。

「ね、毛布使う?」
「…」

 取りあえず頷く。
 こいつは鞄の中から毛布を出してこっちにやってきて、俺の隣りに座り一緒に毛布にくるまろうとした。

「…………、何故そうなる!!?」
「え?だってあたしも寒」
「だからってなんでわざわざ一緒にくるまる必要がある!!!」
「毛布これ一つしかないし、こっちの方がポケモン達より暖かいのかなあーなんて」
「いや暖かい、ってああもうくっつくな!」
「うん、確かに…ポケモンも暖かいけど、やっぱり人の方が暖かく感じるかも」
「あのなあだから離れッ」
「ははは、元気だなあ」
「てめっ…!」
「心が、暖かい感じがするね」
「…、………」

 …………。
 動きが自然と止まる。
 こいつ、今、なんて言った。

「、は」
「ロコンとかの方がぬくぬくしてるけど、こっちの方が心(ここ)に透き間風が吹かないかんじがするの」
「…………」「なんでだろうね?」
「……俺に、聞くな、よ。んなこと」
「ふむ、七不思議ってことか…」

 何が七不思議だよ。
 拍子抜けして抵抗する気も失せた。そもそもこいつに何をしても無駄になるのだ、ここらは一度諦める。さっきと変わらず、同じく影のない表情、明るい声色で、こんなことを言い出したこいつ。いつの間にか俺は同じように毛布にくるまっていた。

「んんー…でもやっぱり違和感はあるなあ」
「違和感?」

 いきなり眉を顰めた彼女に聞き返す。アズサはうんと頷き、ひとつ身をよじらせた。

「なんというか、眠る寸前とかに、隣りに人が居る違和感。ていうのかな」
「……昔はいなかったのか」
「うん、小さい頃から。ポケモンは居るけど、眠る時に人はぜったい…」

 いなかった。
 もっと小さかった頃は居たかもしれないけど、忘れてしまったなあ。

 話す声はいつもの半分くらいの大きさだった。いや、もしかしたら半分以下だったかもしれない。空気を暗くさせまいとして明るめに話そうと意識しているのか、それが逆に不自然に聞こえる。その直後に「変な話題になっちゃったね」と言ってきたので「別にいい」と返しておいた。
 青くくりっとした目がこっちを見ている。そちらを極力見ないようになんだ、と言うと、話しにくそうにもごもごとこう問うてきた。

「…セキは、小さい頃…しあわせだった?」
「………どーでもいいだろ」

 そうはぐらかして毛布に顔をうずめる。ふわりと鼻をくすぐるような甘い匂いがした。
 しばしの沈黙が漂う。
 するとこいつは俺の肩に頭を乗せて、ふいに笑った。なんで乗せてんだよ、とは言えなかった。

「こうしてみたら、何でか知らないけど、空いてた穴が埋まったような気がしたかな…なんちゃって」
「……………」

 長い、焦げ茶の髪が手にあたる。それを少し指で梳いてみた。サラサラしていて柔らかい、焚き火の光に当たって艶やかに光っている。

「なんでこんなこと、セキに話してるんだろ」
「俺が聞きてえんだけど」
「そっか。いやーべらべらと勝手にごめんね」
「…全くだ」

 風が木の葉を揺する音がする。サラサラと眠気を誘うような音だった。…右隣の体温の存在感が半端ない。こいつがさっき言ってた事に同意せざるを得ないというか。
 だがそれでも。
 違和感よりも安心感の方が優っているのは、多分さっきで肝を冷やし過ぎただけだ。

「お前って人間くさい」
「名前が独り歩きしてるだけだよ」
「…そのくせに強すぎる」
「それはまあ仕方ないかな…」
「変に幻滅できないから腹が立つ」
「う、うーん…」

 顔を半分膝に埋めて苦笑いを浮かべるアズサ。

「あたしは白波の巫女の前に、アズサっていう人間だから、仕方ないよ」

 妙に納得してしまった自分がいた。くやしい、こんなに強い人間が、自分と同じなんて。嫉妬している自分に気がついて、自分に嫌気がさした。

 宵闇がすっかりあたりを包み込んでいる。日付を超えるまであと数分といったところだ。
 その時、こいつに訊かなければならないことを思い出して、俺は口を開いた。

「…、アズサ、」

 ぎこちなく名前を呼ぶ。返事は返って来ない。

「…なんであの時、お前はあんな事言っ………?…おい、?」

 隣りを見てみる。こいつ…アズサは、寝息をたてながら寝ていた。なんとも言えない別のくやしさがこみ上げる。
 …人がせっかく質問がてらに呼んでやったのに、もう絶対呼ばねえ。絶対だ。

「……くそ」

 そう吐いてから、座ったまま膝と腕に頭の重心を預け、こちらにすこし顔を見せた状態で眠るその寝顔を見る。普通に、いや普通以上に、綺麗……いやちょっと待て、何考えてるんだ、俺は。


 閉じられた青い目。

 暖かい、…心 が。

「(ひとり。)」

 俺だって。
 ずっとひとりだった。ずっと、ずっと。

「───なあ」

 明々と燃える焚き火を見詰めながら、無意味に問い掛ける。返事は返って来ない、…それでいい。

「お前も、…ひとりだった、のかよ」

 「別二寂シクナンカナイ」と心が叫ぶ。
 暖かい。こいつの笑みが。なんで暖かいんだ。なんでこいつなんだろう。分からない、でも。

 ひとりで生きてやる。

 そう言ったのは自分の癖に。馬鹿か、なんでこいつが居ると、“暖かい”と感じる。
 なんで、「ひとり」の境遇は同じなのに、俺とこいつは、こんなにも違うんだ。

 急に瞼が重くなる。…俺って、こんなに寝付き、早かったっけ。

 (…そんなこと、どうでもいいか)

 肩の傍にある頭に自分の頭が乗る。何してんだ俺……まあ、いいや。


 そして目の前が、真っ暗になった。


*****


「…………?」

 ぼんやりと目を開ける。……座ったまま寝てたはずだが…なんで、空が見えるんだ?
 何の気なしに横を見る。と。

「…………!!!!?」

 至近距離に、アズサの寝顔があった。慌てて飛び起き横に飛びずさる。
 …待て、待て待て待て。確かに昨日隣りにいたのは確かだが一緒に横になった記憶はねえぞ!
 パニックになったまま後ろを見る。そこにはこいつの手持ちのルカリオというやつが正座をしてこちらを見ていた。

「…、…お前の主人にはやましい事はしてねえよつーか今後もしねえ」

 ルカリオは何故か残念そうな顔をした。
 なんでだよ。

「……………」
『…………』
「…、まさかの話だが……わざわざ鞄を枕替わりにさせてまで俺らを横にさせたのは、お前らか?」

 当たり前だとでも言うように、ルカリオは即頷いた。

「そうか…ふっざけんなそんな寝起きドッキリとかいらねえよ!!!」

 …乗りツッコミをしたのは多分これが最初で最後だと信じたい。おいだからなんでそんな残念そうな顔をする!
 寝起きで叫んだせいで頭がくらくらする。朝から疲れるなんて最悪な一日の幕開けだ。

「みいっ」
「…!ん…?」

 何やら変な鳴き声がして、横に視線を移す。そこには、いつも彼女の頭の上にいる、黄緑のもさもさしたポケモンがいた。

「……なんだ…こいつ」
「シェイミって言うんだよ…ふあ…眠…」
「!、あ」

 伸びをしながら、寝ぼけ眼でこちらを見ているアズサと目があった。

「おはよーございま…ふぁーあっ…眠…っ」
「…挨拶しながら欠伸すんな」
「ごめん…朝弱いから…あたし」
「俺も朝は弱いが今日ばかりはそうも言ってられないくらい眠気が吹っ飛んだ」
「なんかあったの…?」
「大ありだ」
「へえー…あれ?あたし横になってたっけ…?もしかしてセキがやってくれたの?」
「………………そう言う事にしとく」
「………?」

 するとこいつは寝転んだままへにゃり、と笑い。

「ありがと、セキ。あと足治った?」

 …そういえば、昨日の足の痛みがすっかり消えていた。

「ああ、なんとかな………ていうか何でもいいからはやく起きろ」
「…眠い、」
「こっちだって眠い」
「二度寝」
「遠慮する」
「………眠い…」
「ああもううるせーはやく起きろ!」

 いつまでもぐだぐだしているこいつから、毛布を引っ剥がす。

「あっちょっと毛布返して!あたしの毛布!!」
「起きろ!」
「眠いよ!」
「知るか!」

 ギャーギャーと言い争いをしている俺達を、手持ちポケモン達が微笑ましく見ていたなんて知る由もない。
 そしてやっとアズサが敗れて、渋々鞄に毛布を入れた。
 ていうか何こんなことしてんだ俺。母親か。

「ねえセキ!」
「…何」
「寝てる時にさ、誰かに名前呼ばれた気がしたんだけど。セキ何か知らない?」
「、…」

 内心ギクリ、とする。……聞こえてやがったか。最悪だ。

「…気のせいだったのかな…」
「さあ、な、気のせいだろ」
「…?ま、いっか」

 鞄を肩に掛けて、森の中を進み始める。するとこいつはこっちを見ながら嬉しそうに笑ってきた。

「……、なんだよ」
「いや…ずっと側に居てくれてありがとう、って」
「………、は…」
「寝てる途中で先に行っちゃうかなーって思ってたから、今朝は少しびっくりしたけど」

 …俺だってびっくりしたっつの。お前のポケモンのおかげで。それにこの場合、礼言うのは普通俺だろうが。割と疲れた顔をしてるであろう俺を前にしてもこいつはずっとにこにことしている。全自動にこにこ機。

「…」
「…あ、ここ出たら道路に出れる。セキはどうする?」

 確かに横を見ると道路が見える。ここを出るには丁度いい。けど

「……俺は…もう少しここに居るつもりだが」
「そう…じゃあここまでか」

 にこにこからしょんぼりとした表情を変えて、ガサガサと草を分けて森を出るこいつ。 ……言わ、ないと。せめて一言でも。

「ま、て、──ちょっと待て!」
「?」
「……………あ…っ、…」
「…セキ?」
「――――」
「…………!」

 視線を上げて彼女を見る。どうやらどうにか聞こえたらしく、一瞬驚いた表情でこっちを見た後、にいっ、と満面の笑みを浮かべた。

 ……………ほんっとに。




 変なやつ

(なんであいつなんか。)
(でも何故か)
(心は不思議と満たされていた)



「…………」

 ありがとう。

『アズサ?どうした。顔が赤いが…』
「エンペルト!今日も頑張ろっか!」
『?え、あ、ああ。もちろん』


(冷たかったり優しかったり)
(面白いなあ)


――――――

セキがちょっと惹かれはじめました。
可愛いよねえツンデレぺろぺろ





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