Y‐黒衣の訪問者


 キキョウジムも制覇出来たことだし、今日は仲間たちを労わってポケモンセンターでゆっくり休もう。という提案であたし達はセンター内でゆっくりとくつろいだ時間を過ごしていた。くわりと一つ欠伸して、背骨を伸ばす。ぺきぺきと小さい音のあとに脱力してから、一言ため息とともに吐き出した。

「ひまだなあ…」
『体を休めるのもトレーナーとして必要なことだ。お前には暇なくらいがちょうどいいのさ』
「そうなのかなあ…」

 二口ほど啜ったシナモン増し増しのココアをテーブルに置いて、もう一度小さく伸びをする。がらりと環境が変わったせいもあってデフォルトで浅かった眠りが最近一層浅い、多分エンペルトに言及されてるのはこのことだろう。おばあちゃんかなって時間帯にいつも起きてしまうし、ロコンを抱えて目を瞑っても寝付けない日もざらだ。地方巡りの初日から数日は大体こうなるし慣れるまでの辛抱かな、とは思うけどやや体がだるい。厄介な体質だなあとは思う。
 ふうと溜息をついて、ひんやりとした机にスパイスで火照った頬をくっつける。その時、突如パーカーのポケットに入っていたポケギアが震えてコール音を響かせた。億劫にそれを手に取り発信相手も見ずに、通話ボタンを押して鉄とプラスチックの塊を耳に当てる。

「はい、もしもし?」
《アズサかい?久し振りだね》

 相手の声は、耳馴染のいい青年の声をしていた。そして、間違いなくこれは幼馴染み…クロガネシティジムリーダーのヒョウタからの声であると脳が判断し、溶けかけていたあたしは瞬時に凝固してその場から飛び上がってしまった。

「ヒョウタ?! うそうそ、どうしたの? 久し振り! 元気だった? ヒョウタから電話って珍しいね? あ、またトウガンさんと化石の事で喧嘩したりしてない?」
《あ…ははは…まあ、ね…アズサも元気そうで何よりだよ》

 …この調子だと最近にしたんだなあ、親子喧嘩。
 最近トウガンさん息子に負けてるからな…大丈夫かな。父親の威厳。そんなことを思いつつ、ヒョウタの声に耳を傾ける。

《そうだ要件を忘れてた…あのねアズサ、ちょっと言うのが遅れちゃったんだけど今そっちにさ──》
「アズサ〜、久し振り! 会いたかったわ」
「…へ?」

 突然誰かに名前を呼ばれ、ヒョウタに待ったをかけて慌てて後ろを振り返る。
 そこにはスリムな黒コートに身を包んだ、美しいという言葉では表現力に欠けるほどの造形美をしたブロンド髪の女性がいる。放つオーラからして、何も知らない人でも只者ではないということは一目瞭然で分かるだろう。ただでさえ時間帯的に人の少ない空間でその雰囲気は一段と目立っていて、周りのトレーナーが色んな眼差しで彼女を見ている。
 彼女の姿には思い当たる節があった…否、あたし達にとっては思い当たる節しかない。相棒達も一斉に意表を突かれた言葉を放つ。

『か、彼女は…』
『えっなんでここにいんの?』
「しっ、シロナさん?!」

 そう、この女性こそがシンオウチャンピオンのシロナ。
 そんなトップの地位に君臨する彼女がひらりとこちらに向かって手を振って、「やっほー」なんて言って微笑んでいる。いやそれはいいんだけど、ここはジョウト地方なのであってシンオウではない。幻だとしても距離を考えてほしい。

《…どうやら無事着いたみたいだね。良かった》

 そんな声が聞こえて、スピーカーに耳を当て直しつつシロナさんを垣間見る。

「ちょっ、ヒョウタ…? どう言う事なのさ、コレ」
《いや…チャンピオンのシロナさんが昨日ふらっと俺のジムに寄ってきて、アズサに会いにいくから連絡しといてってさ…》
「もーシロナさん!来てもらって早々こんなこといいたくないですけど人任せはいけませんっ!」
「うふふ、ごめんなさい。港についたときにポケギア忘れたことに気付いちゃって」

 距離も距離だったから、と口に手を当ててフフフと上品に笑うシロナさん。あ…この人絶対反省してないな。ていうか、なんでよりによって港に一番近いトウガンさんじゃなくてヒョウタなんだろう…。そう思いつつ、ご飯ちゃんと食べてるかだとか、また無茶して体調崩してないかだとかまるでお母さんみたいな心配をするヒョウタの会話を適当に受け流して終らせ、向かいに座るシロナさんを見て小さく息を吐いた。

「もーびっくりしましたよ、いきなりくるもんだから…」
「ごめんなさいね、急に顔が見たくなっちゃって、つい」

 「ついじゃないですよ」と言ってから、屈強な従者の如く隣に佇むガブリアスに視線を移した。「大変だねガブリアスも」と言うと「シロナは見かけによらずアクティブなところもあるからな」と溜め息混じりに答えてくれた。苦労人…苦労ポケモンなんだな、あれ、なんか種別みたいな語感になっちゃってる。

「ガブリアスはなんて言ったの?」
「シロナさんはお転婆だと言ってます」
「あらぁ、そうかしら?」
「そうですよ…」
『ヒヤヒヤする、とも伝えておいてほしい』
「みててヒヤヒヤするって言ってます、ガブリアス」
「うふふ、まるでお父さんみたいなことを言うのねぇ」
「あんまり心配させちゃだめですよシロナさん」
『でしゅ…』

 頭に乗っているシェイミが呆れたような(鳴き)声を上げる。
 すると彼女は次の瞬間表情を真剣なものに一変させて、小さな声であたしに問うてきた。

「……それで…アズサ、「探し物」の方は見つかった?」
「……………」

 首元のしんぴのしずくに、静かに触れる。

「……噂は耳にしてるんですけど、ね…やっぱりいないかもしれないです」

 視線だけを下に落として小さく溜め息を吐く。シロナさんはそんなあたしを見て静かに微笑んだ。

「そう…、大丈夫よ、気を落とさないでアズサ。きっと、見つかるわ」
「…ありがと…ごさいます、」

 シロナさんに頭を優しく撫でられ、思わず涙が出そうになる。…ダメだダメだ、こんなとこで泣き顔曝す訳にはいかない。ちゃんと堪えないと。

「、そーだシロナさん。こんな所まできてリーグは大丈夫なんですか?」
「全然平気よ、だって挑戦者なんて滅多に来ないもの」

 キクノさんと世間話するのにも飽きちゃって、と言いながらシロナさんは悪戯っぽく肩を竦めた。
 この人は全く、大人っぽそうに見えてお茶目なところもあるからなあ…なんて考えながらあたしはまだ温かい温度を保っている甘いココアを飲んだ。

「アズサ」
「はい?」
「実はね、こっちに来る途中…黒地にRの文字が書かれてる変な服を着た人達が居たんだけど。あれって何なのかしら?」
「……黒地に“R”……?」

 …?
 それって…、前にレッドの話で聞いた……

「…ロケット、団…」
「ロケット団?」
「あ…はい。でもその組織、三年くらい前に一人のトレーナーが解散させた筈…なんですけど」
「三年前に…そう、やっぱり世の中にはアズサやヒカリちゃん達に似てる破天荒な人もいるのねえ」
「それを言うならその人があたしに似てるんじゃなくて、あたしがその人に似てるだけですよ。その前に似てません」
「でもほらあなた達もやったじゃない?ギンガ団を」
「…、……あー…まあ、なんかすっきりしないまま終わっちゃいましたけどね」

 二年前…あたしが地方外へ旅に出る前で、まだシンオウ地方に居た頃。ギンガ団という変な組織によってテンガン山のやりのはしらで、世界は破滅の危機に見舞われた。そしてそれを阻止したのがあたしとジュン、ヒカリ、コウキで。
 多分、あの真実を知ってるのはあたし達以外でこの目の前のシロナさんやナナカマド博士くらいしか居ないんだろうな。…いや…誰も知らなくていい。ましてや世界が消えかけた事なんて、そんなこと、知らない方がいい。

 二年立って十五歳になった今も、あの三人とは付き合いがあって、一人はシンオウリーグ殿堂入りを、一人はトップコーディネーターを、一人はタワータイクーンを目指して奮闘中らしい。

「でも…ギンガ団はいいとしてなんで解散したロケット団が居るんですか…?」
「それなのよね…取りあえず威張りくさってるの見ててムカついちゃったから、ガブリアスに頼んでぶっ飛ばしてもらったんだけどね」

 語尾にハートをつけながら、うふふ、と上品な笑顔でそんなことを言うシロナさん。

「……は、は……そですか」

 なんというか、まあ、彼女はこんなチャンピオンだ。

「それじゃあ私はもうそろそろ行くわね」
「え…もう行くんですか?」

 今さっき来たばかりなのに?というと、シロナさんはまたもや上品に笑いながら

「だってバレたらオーバとゴヨウに怒られちゃうから」
「こっそり抜け出してきたんですか!!」

 …しまった。てっきり公認のうえで来たと思ってた…そうか、連絡をよりによってヒョウタにさせたのはそのためだったのか。

「あなたという人は…ガブリアス、なんで黙ってたの!」
『く…口止めされていたんだ。すまん…アズサ…』
「アズサってまるで私のおばあちゃんみたいね」

 ガブリアスが謝っていてもシロナさんは反省の色無しだ。おばあちゃんって、本当にこの人は…っ

「もう……シロナさん、ロケット団の事はあたしが調べますんではやくバレないように帰って下さいね」
「ありがとうアズサ、またね」
「今度はこっそりは無しですよ」
「はいはーい」

 そうしてあっという間に居なくなるブロンド髪のシンオウチャンピオン。なんだか、嵐のようだった。

「………ロケット団…か…」

 瑠璃色の瞳をすい、と細める。
 …同じような人間って、どこにでも居るんだな。

 外はすっかり夜になっていて、小さな星が茄子紺色の空にちりばめられていた。







一抹の不安

(明日の朝には出発して)
(ヒワダタウンに行くことにしようか)






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こんなかんじのシロナさんが大好きなんです。
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