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家に来てくれませんか。
電話越しに聞いたナマエの声は弱々しくて、佐川の中で面倒くささが心配云々よりもやや上回った。
心の弱さで他人を振り回すような呪文、例えば【すみません】を三回耳にした場合には、今からは都合が悪いと突き放してしまおうというルールを設けた。この時代、まだメンヘラという言葉は生まれていない。

「薬を切らしてしまって、動けなくて」
「あぁ?
 俺はてめえにそんなもん売ったおぼえはねえぞ」
「市販薬なんで……買ってきて貰えませんか」

いつもなら違うわバカとでも飛んできたかもしれないが、本当に具合が悪いらしい。
溜息が出た。これが心配という感情かどうかでいうと少し違う気はしたが。今日は特別何かがあるわけでもない、この後買ってすぐ向かってやることにした(そもそも時間に余裕がなければ、わざわざ公衆電話からかけ直したりはしない)。
ナマエはどこかで見たことのありそうな鎮痛薬の名前を言った。即効性を謳っているものは使ったことがないから、一番普通の、トーイ錠がいいとまで指定して。

「なんだ、生理痛か?」
「……頭が最高に痛い。喋ってるとマシですけど」
「熱は」
「多分ちょっと」

メシは、とか、水は、とか。最後に今の鍵番号を聞くと、案の定聞き憶えのない答えが返ってきた。確かに防犯上はその方がいい。念のために後でポケベルにも送っておくように頼んだ。
ピーピー吐き出されたテレホンカードに増えた穴は一つ。
電話ボックスから出ると、見計らったかのように部下の一人が合流した。

「親父」
「なあ、今日は急ぎの用事はなかった筈だよな」
「え?……ああ、はい。そのように。
車回してきますか?」
「そうだな。20分後にあのたこ焼き屋のあたりにつけとけ
手が空いてるやつは今日は終いにしてくれていいい」

それにしても気の利く舎弟頭だと思った。それを見て下のやつもまた更に賢くなるのだろうが、周りに一人二人しかいなかったのが勿体無い。
今のうちにとタバコに火をつけて薬局に向かった。







「おいおい……ほんっと何してんだよ」

リビングのドアを開けると床にスーツのまま転がっていた。いや、床で寝ていると言った方が正しいかもしれない。
潔癖性のナマエがフローリングに顔引っ付けてるなんてのは、ただの大事件だ。
そもそも体調が悪いからといって呼び出されたこと自体、今回が初めてだと考えると相当具合が悪いらしい。

「俺より救急車呼べよ」
「……薬飲んだら治るんですもん」
「ったくよお……これでいいか?」
「わあ、さすが司ちゃん」

ナマエは倒れていて、佐川はそれをしゃがんで見下げていて。
まるで女を殴り倒した時のような状況に違和感を禁じえない。
額に手を当ててみると確かに少し熱が、というか汗ばんでいる。
これが仕事だったら髪を掴んで引っ張りあげているだろうに。

脇の下に手を差し込んで起こしてやると胸元に擦り寄ってくる。
艶っぽいというよりは単に子供っぽいだけだが、珍しいこともある。

「あー、やっぱ人といるとマシになりますわ」
「こんなおっさんじゃなくてよお、友達とか、彼氏とか、いねえの?」
「今みんな出勤中ですもん」
「みんなって誰だよ」
「ユキちゃんとか」

口だけは饒舌に回っているが、目はほとんど閉じられたままだ。痛みに集中しているか、それとも妨げられているか。皺の寄った眉間に指を立てると薄く瞼が開いた。少し赤子のようでもある。
コンビニで買ったスイートポテト、水、言われていた薬を順に渡してやると億劫そうに咀嚼を始めた。それを眺めながら額に冷却シートを貼ってやる。「ふえ」とあざとい声がした。

「っていうかさ、あんまりひっつかれると俺も勃っちゃうよ?」
「いくら人でなしの佐川さんでも、冷えピタ貼ってる女で興奮はできないでしょ」
「そうだな、じゃあやっぱ剥がすわ」
「勘弁してください」
「冗談だよ」

薬を飲みきったのを見てベッドの上に転がした。対角線を引くように折り返された掛け布団を上からかけてやる。
自分の椅子代わりになるものを取りに離れると、どことなく不安げな空気が刺さるのがわかった。
このまま俺が帰ると滅茶苦茶に寂しいんだろうなあ、なんて考えると佐川は愉快でたまらなかった。

ソファ元から動かしたオットマンに腰掛けると、ナマエは両手を出して「手」とだけ言った。
差し出すと遠慮がちに握る手と上から添える手と。やはり少し体温が高い。目はやはり閉じられたままだ。

「薬効くまででいいんで」
「しょうがねえなあ」
「30分くらいなんで」
「じゃあさっさと大人しく寝とけよ」
「だからあ〜喋ってる方が楽なんですって」
「そうかよ」

明日には
『あんなカッコで布団に入ったなんて!信じられない!!』
とかなんとか叫びながらシーツを洗濯してる姿が目に浮かんだ。
それできっと鍵番号だって変えてしまうのだ。




薬とは 160417