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「ひでぇ顔してんなぁ」

呼びつけておいて仏頂面というのも失礼な話だが、開口一番その台詞もなかなかに失礼なのできっとチャラだ。
上着を脱いで佐川が引いてくれた椅子に腰掛ける。
カウンターの上には先に何杯か飲んでいたであろう徳利と、お猪口が二つ。暖かいおしぼりで手を拭ってから酒を注いでもらった。

「フラれたんです」
「そうかい。お疲れさん」

それが乾杯の音頭だった。白い陶器同士がコチンと可愛らしい音を立てる。
おそらく見計らわれていたつまみがテーブルに置かれた。お通しと、佐川が頼んでいたのだろうものがいくつか。どれも美味しそうだし、佐川の選び方は嫌いではなかった。
昔の聞きかじりとそれ以来の習慣から、野菜を始めに小鉢にとった。少し汁気があるのですぐに別の皿が必要になるかもしれない。

「ゲイと一発ヤッたら目覚めちゃったんですって」
「そりゃあ愉快じゃねえか」
「不愉快に決まってるでしょ」

それから徳利は二、三回空になった。生野菜はいまひとつだったが、ホッケと天麩羅が美味しかったので総合点は高い。なにより美味しい日本酒が最高だ。また来よう。
美味しいもので腹が満たされると元気が出てきた。頬も少し暖かい。
体の中心から立ち上るフワフワした心地よさと、それから私が一番聞きたかった話。ただの杞憂だと確かめたかった話。

「佐川さん前に舎弟に同性愛者っぽいのがいるって言ってませんでした?」
「ん?そうだなあ、言ったかもな」

いつも通り飄々として嘯いて、本当になにを考えているか分からない。極道らしさを微塵も感じさせない顔立ちをしているせいでミスリードが起こる。
『こんないい人そうな顔した人間がクズなわけがないじゃない』と全くもって論理的でない反応をするのだ。極道にいいも悪いもないだろうに。

「ちょっとね、よくない想像をしたんですけれど」
「へえ、どんな?」
「……でも私にそこまでの価値があるとも思えないんですよねえ」
「そういうこと言うなよ」

酒を置いた佐川が今度はタバコに火を付けた。
煙をゆっくり吐き出してから肩肘をついてこちらに居直る。
これはいい人の顔だろうか。悪い人の顔だろうか。ただのいつも通りだろうか。
よく見えない。判断もつかない。
姿勢を動かすと予想よりも意識がフラついた。
いつもよりアルコールの回りが早い。

「俺さあ、ナマエちゃん好きだよ?」
「それは……どうも」
「そうやってナマエちゃんが自分のこと悪く言うとさあ、俺も結構辛いの。分かる?」
「理解はできますが言ってる意味がよく、わかりません」

久しぶりの日本酒だからと思っていたが、なにかおかしい。酔っ払ったと言うにしても、この襲いかかる睡魔は何だろうか。
普段なら感情や声の制御が難しくなる筈だ。それが今日はいつになく宙に浮いた心地で、考えることを放棄させる。体は置いて行かれたまま、意識だけが10センチほど上に引っ張られるような不思議。
心地の良い脱力感が瞼を優しく覆おうとした。

「なにか……ねえ、佐川さん」

薄っすらと開いた瞳の奥を覗くと、佐川は嬉しそうだ。
そういえば最近よく眠れていなかった。こういう状況でさえなければ、こんなにも気持ちがいい睡魔は歓迎しただろう。
佐川の手が伸びて頬に触れた。生温いが優しげでもある。そう、そうだ、こういうことだ。私が見誤るのなんて初めから決まっていたのだ。

「安心してよ、ヤバい薬じゃねえからさ」
「……人非人」

今さらだが、彼を人の範疇でとらえた私が馬鹿だった。




虚像 160415