×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



まだ春にもなりきらない冷ややかな風がざっと吹き荒ぶように。
なにもかもが唐突だった。
彼女の細く柔らかい二の腕が、こんなにも鮮烈に女であることを意識させるなんて。
そんな阿呆な話があるだろうか。

「に、したにさん?」

虚をつかれた顔をしてナマエが。
掴まれた二の腕と自分とを交互に見る。
困っている。
しかしワシも困ってるんや。

いつもと同じ呑み屋で、いつものようにたまたま居合わせて、呑んで、話して。
酔っ払った勢いで抱いてしまいたいと思ったことはある、が、それはナマエでなくても良かった。その程度だった。
二軒目に行こうかと連れ立って歩いたところで、ネオンの明るいホテルが選択肢に上がることはこれまでもこれからも想像できなかった。

それがなんだ。これが恋か。
フラついた彼女の二の腕をつい掴んでしまって、嗚呼、そこから電流でも流し込まれたような、そんな。

「わたし、もう大丈夫ですよ?」

いやワシが大丈夫ちゃうから。
親指と中指が折り重なるほど細いくせに
掌を押し返す波のような質量と
指の間から溢れようとする肉のなんとも言えない感覚。
誰かさんと会った時のように下半身が疼いてしまう。

「すまんなぁ……欲情してしもたわ」
「へぇ?」

ほれ見ろ。その素っ頓狂な顔。
軽薄な女性関係しか積んでこなかったことが、どう転んでも裏目に出る。
肩を抱いてホテル行こか、と言えたらどれだけ楽か。それとも言ってしまおうか。
いや、その前に。

「ナマエちゃん、キスしたってくれん?」





ハリウッド映画によくある恋に落ちる描写を幾度茶化して観ただろうか。
目と目があった二人だけが、スローモーションの世界に取り残されてしまうなんて。
そんな馬鹿な話は今の今まで知りもしなかった。

「に、したにさん?」

足下を引っかけてしまって、腕を掴んでくれたところまでは良かった筈だ。
それでどうしてこの状況が微動だにしないのか。
彼は見たこともない顔で、恐らく混乱をしている。どうして。

どうせ飲むなら彼とはち合わせやすいところがいい。
そう思うと今日は幸運の日だった。
だからと言って何があるわけでもない。ただ食を同じくして気楽なことを話すだけだ。
息をするように口説くので、間に受けたことはこれまでもない。
それでよかった。それがよかった。

それがなんだ。これが恋か。
彼に二の腕を掴まれた瞬間、誤魔化しの蓋は開かれてしまった。

「わたし、もう大丈夫ですよ?」

なにが大丈夫なものか。
そのゴツゴツとした指が食い込んでるというのに。
温度の高い掌でしかと包まれているというのに。
そして、嗚呼、何よりそこは胸の柔らかさと一緒だって言うでしょう?
なにかを想像しないでなんて無理な話だ。

「すまんなぁ……欲情してしもたわ」
「へぇ?」

初めて聞く焦がれるような声。
同時に強く握られて、声帯もひっくり返るというものだ。
こんな時どうすればいい。じゃあホテル行きますか、なんて私から誘ってしまえばいいのか?
できるなら最初からそうしている。
つと引き寄せられて香水の匂いが強くなる。

「ナマエちゃん、キスしたってくれん?」

したってくれなんて言いながら、
貴方の顔はもうすぐそこじゃないか。




こい 160406