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元彼に電話をした。
別れてからもう何年も経っていて、時効だと思って連絡した。彼は友人としてもいい人だったから。


ベッド脇に座ってタバコを咥えると、テーブルのライターに手を伸ばすより先に勝手に火がついた。軽く息を通してやると先端が赤く光った。火元の番人はそのままナマエのたばこを一本頂戴して、同じように灯した。気怠げな煙が室内を蹂躙する。

「で、結論は出たの?」

ナマエは何も答えないまま、吸って吐いてを繰り返した。何かを考えているように見せながら、その実、思考を放棄していた。答えは始めから、出るようなものではなかったのだと気付いてはいたのだ。

「迷うぐらいなら別れなよ」
「あなたに言われる筋合いはない」
「相談しといて? それはひどいんじゃないかなあ」

女の相談事は答えが出た上での感情の吐露、なんて嘘だ。そんなもの状況による。元よりあれが相談の体を成していたかというと疑問でもある。現状の報告、それに対してナマエが抱いた感情。たったそれだけの、整然として漠然とした会話でしかなかった。

「彼、いい人なの」
「昨日も聞いた。それでも俺に抱かれた君は悪い女」
「あなたのせいだわ」
「そうだね。でも俺は悪い男で、開き直ってるから」
「……あの従業員の子、まだ雇ってるのね」

ナマエはスカイファイナンスにいる愛嬌のある従業員のことを思い出していた。秋山は少しだけ、本当に僅かながら戸惑った素振りを見せた。気不味さとはまた違っていて、ナマエはその空気の名前を知らなかった。敢えて読み解こうとしないことで、秋山の自尊心を抉ることを考えた。

「俺の話はいいよ。今はナマエちゃんの話をしてる」
「彼女が貴方のこと、好きだって知ってるくせに」
「……それで?」

秋山は滅多にないような嫌悪の情を顔に貼り付けた。体裁を整えるのが煩わしくなったのか。まだ長い煙草が灰皿に押し付けられる。ああ、やっぱり地雷。
ナマエも煙には満足はしていたが、今同じように手放してしまうのは得策ではないことは察していた。元来、火は明らかな暴力であるべきで、今のナマエからすれば護り人でもあった。

「……全く開き直ってないじゃない」
「触れてもいい話とそうじゃない話くらい、分けて考えてよ」

咥えっぱなしの煙草が奪われる。代わりに秋山の唇が重なった。誤魔化す時によく使う手だと、ナマエは十二分に把握していた。これが嫌だったことを思い出していた。そしてまた、彼の顔を思い出す。
二度目は誤魔化しなんかでなく、本気の重なりを押し付けられた。混ざり合う煙草の残り香。上半身が再びシーツのうえに投げ出される。しかしもう、ナマエにそんな気など微塵もなかった。思い出していた、秋山と別れた理由を。

「俺にはナマエちゃんの彼の方がよっぽど悪い奴だと思うよ
 主観とかじゃなく、社会的にね」
「……いい人なの、真面目で。私には勿体無いくらい」
「俺もそういう人は知ってるよ。でも大抵のヤクザはさ、そうじゃない
 彼氏が裏で何してるか、知らないんでしょ?」
「そんな風に言わないで」

ナマエは自分の声のか細さに驚いた。秋山に土足で踏み込まれた場所は、まだ、ナマエが避けて通っていた道だった。思わず、両手で顔を隠す。今は何も見たくないし、考えたくもない。それでも秋山は追い討ちをやめなかった。
浮気なんかして、俺とか、君がどうなるか、なんて少しでも考えた?彼、結構偉い人なんでしょ?面子を潰されたヤクザってのはさ、何するか分からないよ。
そんな言葉たちに、もうナマエは目を合わせることができなくなった。

「今は……あなたの方がずっと怖い」
「ごめん。でもさ、
 元カノの心配くらいさせてよ」

切なそうな声をして。帰っておいでよ、とでも言いたそうにして。でも、そういう演技くさいところが、嫌いだった。高尚ぶって、説教を垂れて。ナマエは秋山のそういう、嫌なところを思い出していた。




だからさよならをしたはずだった 170831