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パラパラとした小粒が少し、雨に降られた。折角……と、思ったところでふと我に帰る。自分がどれだけ馬鹿のようにのめり込んでいるか。

ラメの細かいピンクのアイシャドウ。誕生日に買った新色の口紅。少し丁寧に塗ったファンデーション。普段の私からするとそれなりに浮かれている。極め付けが、この夏新調したワンピース。ウエストをギュッと絞った、流行の形だ。それに肩がしっかりとしたお気に入りのジャケットを合わせていた。
その全てにとって小雨は大敵だった。それなのに待ち合わせの頃には何事もなかった顔をする空模様に、少し腹を立てた。

「ごめんね、待たせた?」
「時間通りですよ」
「でもナマエさん、いつも俺より早いよね」
「そうでしょうか」

彼は相変わらず、初めてあった時と同じ胡散臭そうな風体をしていた。そこが好きなのか、と訊かれたら真っ先に違うと答える。不動産業だと言っていたが、それが一層きな臭いと思った。でも最初は声に惹かれたのだ、しょうがない。次にキスの仕方が心地よかった、セックスは相性なのか彼が上手いのか、とにかく一通りの交流をしてしまうと離れるには惜しい存在になっていた。

「今日可愛いね。その服、似合ってる」
「純さんならそう言ってくれると思ってました」

すぐ脱ぐのに、という心の中の悪態は、彼に対してではなく、自分に対しての物だった。別に彼に見せるために買ったわけではない。自分で気に入ったから買ったのだ。自分に似合ったから買ったのだ。
そのくせ、今日の今日までクローゼットに封印してたのは……おそらく、彼なら褒めてくれると思ったからだ。初めて着た服が貶されてしまうのは気分のいいものではない、だからだ。と、理由付けをした。

「じゃあ、行こうか」

本当にいつもあっさりしている。返事の代わりに彼の腕を組んだ。食事もせず、このままホテル街に向かう。夕方に落ち合って、体を重ねて、シャワーを浴びて電車のある時間に帰る。彼は気づいていながら、タクシー代だと言っていつも一番大きな紙切れを十枚渡してきた。
断る理由もないので受け取った。その紙切れは多分、今日の夜ご飯代と新しいピンヒールに変わって、残りは通帳の中で架空の貨幣になってしまう。
それが幸せなのかはよく分からない。

「ナマエさん、何かあった?」

会話らしい会話はいつもこの道中だけなのに、何故だか今日は色々と考えてしまう。楽しい話も思いつかず、黙ってるのだ。心配もするだろう。特に、これから事に及ぶ相手に逃げられてはたまらないだろうから。

「大学でちょっとね。ごめんなさい」
「そう?じゃあ今日はゆっくり話でも聞こうか」

半歩、私の後ろで立ち止まった尾田に驚いた。置いていかれた腕が伸びる。ゆっくり話?カフェでお茶でもとか、そういうことが言いたいのだろうか。イレギュラーな回答に動揺する。私の中で純さんはそういう提案をする人ではなかった。それに、相談事なんてものはない。ただの詭弁を掘り下げるなんて無理な話だ。

「話ならホテルでもできますよ」
「意外と、急き勝ちなんだね」
「せきがち?」
「せっかちってこと。でも好きだよ、ナマエさんのそういうところ」

納得したのかしてないのか、彼は再び私より少し広い歩幅でゆったりと歩き出した。私だけが、気まずい空気を吸っているような気がする。どうして「ううん、なんでもないです」と素直に言えなかったのだろう。今まで、どうやって明るい女子大生を演じていたのか、彼とはどんな話をしてきたのか、突然足下が崩れたように分からなくなった。
彼は胸元から取り出した煙草に火をつけて、吸って、煙を吐く。元々煙だらけのこの街には、目新しくもない香りだった。

「俺はナマエさんに、我慢してほしくないってずっと思ってたよ」
「我慢? 純さんに?」
「君が、君に。まあまだ気づいてないのかもしれないけどね」
「大人ぶって」
「そりゃあ君よりは長生きだから」

そうやって余裕面をして、見透かしたように私を見て、いくつ年が離れてるかは知らないけれど。いや、違う。知っているのはその声と、体と、下の名前だけなのだ。
私はそこまで、貴方のことを知らない。
踏み込む必要がないから。それなのに粧し込んでしまうのは、この人が素敵だから?お金をくれるから?わからない。モヤモヤとした感情は、言葉を持つほど鮮明ではない。

それを形取って吐き出した時、彼はいつもと違う犯し方をするのではないか、と行為の最中に見せる瞳の深淵を思い出した。





蒙昧 170717