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「もうここには来ないわ」

下卑た喧騒から隔絶された、別のVIPルームでもてなしを受けていた。前のスターダストと近しい部分もあって居心地がいい。指名の相手はこの店のオーナーで、周りのヘルプ、あるいは護衛をしている者もそれなりに立場のある人間だった。特に直接聞いたことはなかったが、調べてすぐわかる程度にはオープンな情報だった。

この半年、それなりに必要な資料は集め尽くしたし、彼らに貢いだ相当な金もそれなりの価値になる頃合いだった。役割は終わったのだ。
隣に座るオーナーは私のグラスに注いだあと、自分の分もブレンドした。こちらに目を合わせる素振りは見せない。

「駆け引きはお嫌いかと思っていました」
「そんなことしない。知ってるでしょ」
「そうですね、そう。
 ……これが駆け引きなら、そう思いたいんですよ、僕は」

満たされたグラスが手渡される。話を逸らしたいのか、真面目に話がしたいのか。作られた酒の濃度は濃い。オーナーは自分のグラスを取ってこちらに少し傾けた。

「乾杯しましょう。あなたの“仕事”が終わったんです」
「……全部承知ってことみたいね」
「お客様によっては金の出所を調べるのも仕事でしてね
 ああ、これは単にトラブル防止策だと思ってください」

気が乗らなくてグラスを合わせることはしなかった。代わりに縁に少し口をつける。濃厚で、鼻にすっと通る感覚。護衛たちはハンがドリンクを作り始めた時点からそっと居なくなっていた。客として来ていた時と180度違う空気、態度。歓楽とは程遠く、仄暗い気配。

「半年のごっこ遊びは楽しかった?」
「僕はそれが仕事ですからね。あなたといる時間は非常に有意義でしたよ」
「私は……貴方が良い男だってことは嫌ってほど分かったわ」
「そのまま僕に惚れてくれればよかったんですがね」
「口説くの、本当に上手」

躊躇いがちに顔を向けると唇に唇が触れた。全てが自然すぎて私も何も思わなかった。所作が素早かったとか、そういうことではなく。ごく当たり前のことのような触れ合いだった。気付けば膝の上で指は絡み合っている。
口直しにと卓上からオリーブを取った。薬漬けの味わい、咀嚼して飲み込んだ。最後にまた酒を少しだけ流し入れた。薬剤と薬剤を混ぜたような味。飲めるとはいっても、本当は酒は苦手だった。

「正直、必死でしたよ
 あなたが仕事を終えるまでに、どうすれば僕に惚れてくれるのか。
 そればかり考えていました」
「そう、じゃあ残念ね。もう遅いわ」
「遅い?本当にそうでしょうか?」

ニコッとホストらしい、悪く言えば取り繕った甘い笑顔を見せた。やはり整った顔立ちは悪くない。アイラインや薄くひいた化粧も、自分の良さを自覚して使っているのがわかる。そんな顔をしながら、彼は私の背中にひやりとくる発言を続けた。
私がクライアントとは単なる業務提携だということも知っている、と。とどのつまり、私が決して染谷の情婦でないということを。だからなんだ。だから、なんだっていうのだ。

「僕は貴女のことが嫌いではありませんでした
 ですからこれでサヨナラなんて寂しい話です」
「寂しい話よ。人生なんてそんなものだわ」
「では僕から、最後に御願いをしてもよろしいでしょうか」
「内容によっては承諾しかねるわね」

アフターに行きましょう。
ハンはそう言った。それが言葉通りの意味でないことくらい想像に容易い。なぜなら今、私たちは擬似的な別れ話をしているのだ。そんな状況で、どこに行きたいのか。何をしたいのか。それから、万が一、もしかしたらの可能性。

「腹上死なんてごめんよ」
「そんな無粋なことはしませんよ。一種の思い出作りだと思ってください」
「それこそ……御免被りたい話ね」
「そうですか」

地下のあの様子を知って居たくせに、漠然と、ここで事件は起こらないと思っていた。だから動揺した。まさか、ここで押し倒してくるとは。ハンがそんなに、悔しいような辛いような顔を見せるとは。そんなことをする男ではないと思っていた。距離が、酷く近い。

「僕はね、僕なりに紳士的に貴女をお誘いしたいんですよ
 だから……あまりこういうことをさせないでほしい」
「……そんなに固執する理由が分からないわ」

少し躊躇った後、私の人生に爪痕を残したいのだ、と絞り切るような声で言った。あまりにも可哀想に見えて二度目口付け、先ほどとは違って避けようのある行為を拒むのはやめた。私も、弱い。
この半年でハンの性格はよく分かっているつもりだった。真摯で紳士的。スポーツマンシップ。笑顔で隠すけどプライドは高い。お芝居が上手。でも、

「意外と、病んだところもあったのね」

スタッフたちを追い出したのは、単にこの姿を見せたくなかったのだ。




運命が変わるの 170715