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大人になったら巌見造船に入りなさい。
口癖のように言う親の押し付けが嫌いでしょうがなかった。高校生になって遅めの反抗期を迎えた私は、尚一層反発するようになった。
そんなもの、周りに偉そうに威張り散らかしたいエゴではないか、と。確かに親が巌見造船の同級生は満たされていた、と思う。少なくとも殺伐とした家庭環境は感じさせなかった。それでも、中流以下の環境で育った者たちの間には、触れてはいけないタブーのような空気が常に淀んでいたのを覚えている。

子供だった私は、親を無視できるようなお金の稼ぎ方に抵抗がある程度にはまともだった。世間的には有名でもこちらでは意味を成さない東京の大学を諦めて、結局地元で一番偏差値の高い大学に入学した。同じ偏差値ならあちらの方が学歴として通用したのではないかと、今でも少し思う。

そのままAかAAで満たされた成績証明を持って、地元では比較的新しい商社に入社した。しかし結局、扱ったのは船にまつわる商品ばかりだった。死に物狂いで仕事をしていたら、三年経っていた。自分を見失い始めた頃、巌見造船と直接取引をすることになった。突然上がった給料の代わりに、レールを切り替えるのを諦めた。自分が一番なりたくない大人になってしまったと、そう思った。

それからは巌見造船、いや、陽銘連合会のロンダリングに関わって、いつの間にか深くまで来てしまった。部下も持って、彼らも巻き込んで共犯になった。私が出世するにつれて、会う相手もどんどんと変わって行った。今の相手は、派手なジャケットを着た小清水という男だった。
すでに業界事情に明るくなった私は、彼が広島極道の実質的なNo.3だと知ってしまっていた。

「ここの数字、再来週の案件と調整してはくれんか」

正直言うと、極道者はそれだけで軽蔑をしていた。いくら過去の日本を立て直したとは行っても、現代においては「暴力団」と形容される。極端な言い方をすれば、時代の変化に乗り遅れた荒っぽい馬鹿だと思っていた。
それがこの小清水はどうだ。資料を事前に送れば15分で打ち合わせが終わる。こちらの出来る出来ないが怪しいときは前もって連絡もするし、別案の資料を要求する。他の取引先でもあまり見ない程度には優秀だった。

「わかりました。角が立たないのは……大体これくらいのバランスですかね」

黄緑のマーカーが引かれた数字の斜め上に、青い文字で二種類の数字を書き足した。納得したようだったので、今度は真横に赤いボールペンで矢印を引いてから調整後の数字を書いた。
もう一度お互いざっと書面を確認して、1枚目が終わるまでにかかったのが約3分。ページをめくる。

「あと最近こっちの会社は景気のええ話が多い。金額が上げられんかちぃと交渉してくれ
 あんたんとこ、そういうの上手いやつがおったじゃろ」
「では窓口は彼に任せます。それで、実際どれくらいお求めですか?」
「まあ5%でも上がれば上々じゃ。無理でも3%はいけんことないじゃろ
 持ちつ持たれつじゃけ、景気が悪うなった時には金額下げる条件で構わん」

これだ。これが一番怖い。景気がいい?どこからそんな話を拾ってきた。どこにその判断をできる要素があった。はっきり言って、表からはそんなものは一切感じなかった。私が未熟だという次元の話なのだろうか。それに、スタッフのアサインだって。このタイミングで彼の置き位置を変えても問題ないと、知っていたのだろうか。
まだ熱いお茶を飲みながら書面を再確認する。問題なし。

次が最後の案件。日付のところにマーカーが引かれていた。何かミスをしただろうか。

「これは特に問題なあ
 ただ話を動かす時期を一月ずらしてほしいんじゃ」
「向こうは渋ると思いますよ」
「そがなことは分かっとる
 じゃが今こん話を動かしたところで受け入れ口がない。パーツだけ余っとったかてどうしようもないんじゃ」
「半月遅らせる、それか量を減らす、というのは?」
「今回に限ってはなしじゃ」
「交渉の余地なし、は珍しいですね」
「すまんが頭、下げてきてくれや」

この人がこう言うのだから、何かあるのだろう。悪い話に見えたとしても、長い目で見て良い話だという時もある。小清水の態度からして、今の時点で針を振りきるのは軽率に見えた。意外と、先方が渋らない可能性だってある。それをすでに見越している可能性も。

始めより少し散乱した書類が整えられてこちらに渡された。受け取って、用紙たちは文字の透けないファイルへと納められ、更にファスナー付きの革鞄の中で我が物顔をした。

「それでは、本日は以上ということで」
「ああ、宜しく頼むわ」
「こちらこそ、引き続きよろしくお願いします」

今回は10分。時計の針は17時45分。
案件が少なかった分だけ早い。【打合せ後会食→直帰】と会社のホワイトボードに全部書いてきた。ローテーションを考えると今日は鶏肉か。






かなり早い時間に目が覚めて、起きることなく二度寝した。昨日の疲れをとって今日一日を捗らせなくてはいけない。
金額の調整、アサインの変更、朦朧としているくせに、仕事のことが頭から抜けきらない。起きているのか寝ているのか。脳みそが自分と1メートルほど離れたところにある気がする。目は瞑っているはずだから今見えているぼんやりとした光景は多分夢だ。

そういう白濁とした微睡みは心地がいい。隣の男が触れていることはわかったが、どうするでもなく睡魔の方が魅力的だった。言葉にならない喉奥の唸りと一緒に寝返りを打つ。拒否。耳、腹、胸、太もも。いくつかの接触センサーが反応したが今は警備員も機能しない。またふーっと眠りに誘われかけたところで、仰向けに転がされた。
重たい瞼を開ける。目があったのは昨日の取引相手だ。

「……おはようございます」

時計の時間を確認して、また目を瞑った。脱力した片膝を持ち上げて割られたら、途中からは重力で勝手に開いた。自分がどれだけだらしない格好になっているかはどうでもよかった。相手が何をしようとしているかは分かった、それは困る。

「……おやすみなさい……っ?! ん、ん」

指が、入ってきた。多分。昨日あれだけ激しくされたうえで、そのまま寝たのだ。体の中はまだ潤っている。緩い快楽がじわっと広がって、心地が良いと思ったらすぐ居なくなった。つう、と表を撫でた指先は、そのまま体外の核を刺激した。少し、意識が浅瀬に戻ってくる。自然に瞼が持ち上がろうとした矢先、強い刺激でまた目を閉じた。押し広げて、入ってくる。ゆっくり、ゆっくり。

「い、っ……んん、……ぁ、あ」

恥骨同士が密着した。しっかりと全部埋まりきったのだ。異物のくせに、悔しいほど馴染む。はっ、と浅い呼吸が漏れた。最大でも半目の状態で、瞬きをした。視界に飛び込んだ小清水は、特に表情を繕ったりはしなかった。

「朝、ですよ……、っ」
「そがなこと気にするんか」
「ん、ん、……やだ……っ、あ、……寝させて……」
「勝手にするけぇ、寝とったらええ」

実際、何度か寝た。睡魔の気持ちよさと律動の快楽が混ざって、突然寝落ちをするように意識が飛んだ。刺激で起きて、自分が寝ていたことを自覚した。それの繰り返し。誰かの喘ぎ声が大きくなったり遠くなったりした。乳房を抓られたり、耳を齧られて悲鳴をあげた、気がする。
捻るように何度か体位が変えられて、最終的には後ろから突かれていた。枕が涎でびしゃびしゃになる。うたた寝の時のような、あの独特の液体。溶けるように気持ちが良かった。





「 早よ起き」

頬を三回叩かれて起きた。自分が達したのかは分からないが、また眠っていたらしい。小清水はさっきと打って変わって、支度を全て済ませた身なりをしていた。赤いセットアップと黒いシャツ。薫る香水は朝一番の匂いだった。

「おはようございます」
「そろそろ支度せえ、今日も会社じゃろ」

時計を見ると身支度をして外で朝食を食べるのに丁度良い時間だった。本当にこの男は、なんでもよくできる。重い体を起こして、着替えと化粧ポーチを引っ掴んで浴室に向かった。背中から声がかかる。

「ワシは先帰るわ。
 仕事、頼んだけえの」

振り返ると小清水はもうスマホで部下に連絡していた。下で待たせていたのだろう。何を言うでもなく、洗面所の扉を閉じた。続いて、玄関扉の閉まる音が聞こえた。




轍を外せない 170708