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会食だと言って出てきたことへの後ろ暗さというのは確かにあった。その理由は明確な形を持っているし、頼まれれば言葉にすることも容易いだろう。立華は今、そういう相手と対面していた。

「立華さんは、どうしてそうお金儲けが得意なのかしら」

菜のそれぞれが小ぶりな懐石料理から、茶碗蒸しを選んで女はそういった。ゆっくりと立てられた朱塗りの匙が、柔肌を抉るように突き立てられる様相は、見えない器の向こう側いっぱいに広がっているはずだった。じわじわと、興じて削り取るのを好む。陰湿な魔女が求めた陰湿な嗜好のそばでは、これから口に出す回答など初めから不必要ではないだろうか。

「ただお金が欲しいだけなら、人を信じなければいいんじゃないでしょうか」
「単純なお話ね。でもそれが一番難しいんじゃないの」
「おや、意外ですね」
「どうして?」
「貴女が信用を片手に商売をしてるようには見えませんから」
「私は、世間一般のお話のつもりだったんだけど」
「それは失礼を」
「お金があれば、信用に足ると思っていたけれど、立華さんに言わせると違うのかしらね」
「言葉選びを間違えたようです。信頼、と言った方が正しいのでしょう
 金銭で揃えられる信用なら、貴女の場合は有り余るほどお持ちでしょうし」
「急に褒められても困ってしまうわ」

瘴気というのは不思議なもので、どれだけ取り繕ったところで同族には強く届く。立華にとって最も身近な気配は、這い上がってきた屑の臭いだった。邂逅の折、屈託のない顔をしながら初めまして、と名乗る彼女に心を許さなかったのは、自分もまた同じ範疇にいるせいだ。その笑顔を純粋に信じられるような徳の高い人生は、生まれた時に手許を離れてどこかへ行ってしまった。万に一つでも母の胎内に残っていれば、可愛い妹が辛い道を歩くこともなかっただろうに。
同じ沼の血を啜り合った人間は、この悲哀に同情してくれる訳もない。植物を模した一欠片は、立華の口に放り込まれた瞬間からなだらかに溶け始め、噛みしめる間もなく消滅した。

「そういえば私にも、以前から訊いてみたいことがあったんです」
「あら。なんでも訊いてちょうだい」
「どうしていつも、こんなにも回りくどいことをなさるのかと
 ずっと気になっていたんですよ」
「私が? 何の話?」

想像力が乏しいのか、芝居が得意なのか。それとも、この尋ね方こそが回りくどかっただろうか。首を傾げ、何時よりも多く瞼をしばたかせながら、彼女は箸で魚の皮と肉を躊躇いなく引き裂いた。分離された片割れは器用にもクルクルと巻かれて、口の中へ放り込まれてしまった。その行為こそが何より暗示的であり、咀嚼を終えるまで立華は口を開くことが叶わなかった。

「貴女の目当ては尾田さんでしょう
 私を飼い慣らしたところで、手に入るような人じゃないこともご存知の筈」
「誤解をしているのね」
「そうでしょうか」
「誤解よ。ひどい勘違いだわ」
「であればどうして、動揺をされているのでしょう
 箸の持ち方、昔の癖ですかね。不作法ですよ」
「……立華さんがそう感じていたことに驚いたのかしらね」

箸を置いて背凭れに寄りかかった相手とは対照に、立華は背筋を乱すことはなかった。結局この女のペースに乗せられたまま逃げられないでいる。人質に取られた尾田を眺めながら、首筋を吟味されているような酷い居心地だった。皮膚の先の血管を撫でる、刃のような指先をへし折るのは容易い筈なのに。

「私は別に、尾田さんだけが好きなんじゃないわ
 立華さんに心酔してる彼がね、愉快なのよ」
「理解はしましょう。けれど、あまり聞き心地のいい言葉ではありませんね」
「私に対しての嫉妬かしら?それとも彼への執着?」
「強いて言うなら、貴女に対しての嫌悪といったところでしょうか」

鬱屈した情をぶつけられて、意外にも彼女は笑い出した。含笑いから始まり、少しずつケタケタと。それこそ妖魔のような声をあげて。耳障りな音を受けて、立華の眉間には歪な皺が寄せられた。過去に一度きりでもこの女へ安堵を覚えた事実を、塗り潰したい衝動に駆られていた。ゆるりと擡げられむかつきは既に輪郭を持ち始めている。感情が言葉に乗らぬようにと知性を働かせれば働かせるほど、短い言説しか思い浮かばなかった

「どうしました」
「だって、やっとお友達になれた気がするんだもの」
「同意しかねますね」
「そう?立華さんに信じてもらえない人達に比べたら、よっぽど距離が近いとは思わない?」
「そんなことはありませんよ」
「言い切るのね
 でも貴方が興味を持つものに、あの人は無関心じゃあいられないわ。私はそれが凄く嬉しい」
「残念ですが、尾田さんは今日の相手が誰なのかすら、知らないと思いますよ」
「そんなことないわよ。彼が知らないのは、貴方が相手を隠す理由だけ」

ニタっと形を変えた顔は幼女の独占欲や売女の狡猾さを豪楽に混ぜたような見た目をしていた。小賢しさを隠さない女の笑い顔を見るのは初めてではない。それでもゾッとする悪寒が背に走って、見えない体毛の全てが粟立つようだった。失われた右腕が再び削ぎ落とされるのはもう御免だ。立華は無意識のうちに、不自由な義手を庇っていた。

「なんてね、冗談よ。怖い顔は止めてちょうだい」
「……おや、そう見えましたか」
「少しだけね。でも、幻かしら」
「貴女の理想を私に、いえ、私達に押し付けるのは止めていただきたいものですが」
「そんなに大それた期待なんかじゃないわ
 私は尾田さんが好きなだけ。そう言うと、嫉妬に狂う貴方も」
「酷い趣味です」
「でも、ただの趣味よ
 私に貴方達をどうにかできるわけ、ないでしょう」

明らさまに肩を竦めて、女はもう一度箸をとった。皮を剥がれた鯛の身を大ぶりに割り崩してから、一瞬だけ悲しそうな顔をして「それとも、どうにかなってくれるのかしら」と言った。




ご忠告をどうも 161002