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「いい加減、計数機の導入くらい検討したらどうです。帯封機も」

数え切った札束が、ジェラルミンケースの中で次々と整列された。比較的綺麗な手つきを持った名無しの組員を眺めながら、女は辟易して言った。組長の方は敢えて強調された嫌悪の情を聞き流しながら、あくまでもその視線を収められる札束に注いでいた。満額きっちり一億五千万。時代のせいで膨れ上がった桁数は、持ち合わせた意味合いに比べると矮小な質量しか持っていない。パチリと音を立てて閉じられたその中身だって、いくつか剥けば嵩増しのダミーが現れる。その程度の実像に左右される人生があることを、悲劇だと形容したのは女の方だったか。
ケースを持った組員が頭を下げて退室し、扉が完全に閉ざされてようやく、二人の視線は自然な位置まで戻された。

「適職の人間がいるのに、わざわざ機械使う必要があるとは思えないな」
「いちいち毎回こんなことで呼び出さないでって言ってるんです」
「金数えて金が貰えるんだ。ナマエにはお似合いだろ」
「失礼な人」

明確な理由と、そして漠然とした感情を持って、与えられたオレンジジュースが飲み切られた。ナマエという女が音を立てて行った無作法は、要するに当てつけに違いなかった。隠そうともせず守銭奴呼ばわりをされて、はいそうですねと簡単に応じられるほどできた人間でもなければ、ああそうですかと流してしまえるほど金に執着があるわけではない。しかし実際払いの良い仕事ではある。脳みそのいらない単純作業をすれば、対価として不相応な報酬が与えられる。それが何度か続いたせいで、ただのお茶汲みと変わらない不服さが漫然と積もり積もっていた。かといってこれ以上足を踏み入れた仕事が欲しいわけではないのだから。
何度か噛まれたストローを口元から外して、コースターまで戻された。冷え切ったグラスから渡り移った水滴は手元を不愉快にしていて、ハンカチで拭いながらいつからか抱くようになった思考を口にした。

「呼び出してるうちに渋澤さんがやっちゃえばいいと思うんですよ」
「あんまり放っておいて、余所に浮気でもされたら困るからな」
「あ、そうですか」

煙草の先端、札束を見送る間に増えていた余分な先端は、ナマエが気づかないうちに灰皿の上に落とされていた。色気のある文言で取り繕ったセリフの割に、淡々とした態度を崩さないのだから。明瞭な思考とか、裏付けの取れた結果を求める女の方からすれば、渋澤が腹を割って見せないのは単に不愉快でしかなかった。
野良仕事に比べれば速いだろうが、効率の悪さしか目立たない。渋澤にだってできてしまうことなのだから尚更。全て施しのつもりであるならば、そうとはっきり言えばいいのに。
ナマエが立ち上がって、渋澤のすぐ近くまで歩み寄った。パフォーマンスのように撫ぜて歩いたデスクの感触は、丹念に塗られたニスのせいで木材とは異なる何かに変質していた。

「すると思ってるんですか? 浮気」
「したらぶっ殺すぞ」
「過激ですね」

棒で答えても、感情の揺らぎがないわけではなかった。あくまで比喩であったとして、しかし行為の宣言はおそらく粛々と行われる。これまで数えてきた金額の意味は知らなくても、時期とその物量さえ分かれば、蛇の道の人間が察するに余りある情報にもなるだろう。どちらさんでだって、札束を数えてるだけですよ。と言ったところで何の意味もないことぐらい、ナマエにだって分かる。
ふざけた態度の割には渋澤は何も言わず、ある程度の距離まできたところでナマエの腰を抱いた。全部が不調和のくせに、転がる先はいつも同じだ。原因を作らないという選択は、年月の間に失われていた。

「私ね、理由がわからないのが一番嫌なんです」

因果というものが、ナマエにはどうしても必要だった。渋澤にデパートの地下でしか買えないオレンジジュースを頼むのは、過剰な糖分と酸味でエネルギーを補うという確固たる目的を持っているし。疑問を抑えこんで仕事を請けるのは、採算を取るに余りある報酬が待っているからで。たった今、煙草の火が灰皿に押し付けられたのは、ナマエが彼のネクタイに指をかけたからだ。
渋澤が私を呼ぶ理由に「なんとなく」という非合理なフレーズを許すほど優しくはない。

「惚れてるって、きちんと言ってくだされば納得しますよ」

何も言わずに、表情は少しだけ笑っていたが。
すでに紗のかかった心持ちでは、意味合いの判別に自信が持てるわけもなかった。




合理的な病 160904