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テレビは騒がしさを理由に落とされた。行きつけのジャズバーで適当にダビングしてもらった、少し音の悪いテープを流しているので沈黙もさほど苦にはならない。佐川が買ってきた溶けるようなチーズケーキとバーボンの組み合わせは意外と悪くなかった。二人並んでも余裕のあるソファに座っているせいで、まるでキャバレーかホストクラブのような気にもなる。

「なぁ、ナマエちゃん」

肩を引き寄せてすん、と鼻先同士が擦りあわされたおかげで、キスがしたいのかと思ったが、そうでもないらしい。これだけ近くにあるのに視線を合わせるでもなく、伏せられた先は私の右頬を掠めてずっと奥を眺めているようだった。肩を抱いた腕が脇のところで掴み直されて、さらに強く引き寄せられた。こういう、ガラにもないような甘ったるい空気は、自分が佐川の背に腕を回しているところも含めて正直なところくすぐったい。
重心がゆっくりとずらされて、そのまま押し倒された。深度の高いソファは丸ごと包み込むかのようで、恐らくこの中の誰よりも懐が深い。

「俺、疲れちゃったよ」

ああ、やっぱりか。
俺もう疲れちゃったの。だから目一杯甘えさせて。それで、俺のこと全部受け入れて。最大限の我儘をたった一言二言に込めてしまうのは、年月を喰った傲慢さが原因に違いない。優しさを拗らせたのが理由であれば、まだ可愛げがあったものを。右肩に乗せられた頭蓋骨は喋ることで振動を伝えたが、それ以外では微動だにしなかった。申し訳程度に撫でてやると、嬉しいんだろうなという空気が伝わってきた。冷静になると羞恥が勝つ。天井を眺めながら、回るアルコールの感覚に集中した。

「最近忙しいんですか」
「そうなんだよ」
「女漁りも大変ですね」
「馬鹿。仕事だ仕事」

喉奥で笑うような声が聞こえて「なんだよ、妬いちゃってんの?」という言葉には敢えてなにも返さなかった。送別会の後、駅まで送ってくれた同僚がヤクザ者に絡まれた話を知らないとでも思っているのだろうか。彼は多分、私を送ってくれたせいで、という謝罪を誤解している。それで別に構わなかったのだけど、良心が痛んだのと、蒼天堀を歩く時の教訓にはなった。私にも、彼にも。

「夏になると面倒事が多いんだよ」
「暑さで気が狂れるんですって」
「兄弟も変な奴押し付けてくるし」
「変な奴?」
「そ。言うこと聞くけど言うこと聞かねえっていうか」
「なんですかそれ」
「ナマエちゃんに、ちょっと似てるかもな」

私を置き去りにして上体を起こしたら、佐川は片方の掌で左眼を覆ってきた。一人で何か確認するように首を傾げていたが、その意味は分からない。その手がグラスを取るために戻されたのを見て、上体を捻りチーズケーキの欠片を口に含んだ。飲み込んでからハーフグラスを手に取ると、大きく器を埋めていた氷は嵩を減らしていたし、喉の焼けるような熱さは始めにくらべれば弱くなっていた。薄さをごまかすように多めに煽ってから、一度目を閉じた。ゆっくり胃に落ちる感覚を味わってから目を開けると、佐川は既にネクタイを外していて、一番上のボタンを開けているところだった。

「その人のこと思い出して、欲情するのね」
「ケツの穴しかねえ奴なんてそそるわけないだろ」
「下品」




対偶 160821