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ナポリタンとカツカレーがメニューに並ぶのは、母から店を引き継いだ時のままだというのが表向きの理由。その二つのメニューがあるだけで、老舗と勘違いした新規客があとを絶たないというのが打算的な理由。そういう小さな喫茶店には、金のないホストやチンピラ連中もよく顔を出した。そのほとんどが、昔ここを使っていた男達からの紹介でやってくる。
看板の明かりを消したところで滑り込んできた城戸は、きっと必要がないはずなのに、未だに顔を出す珍しい人種だった。貸切状態のカウンターでナポリタンを頬張る横顔を見ながら、静かに灰を落とした。愛嬌のせいで幼く見えていた彼も、今ではすっかり男前になったと思う。

「城戸ちゃんって、さぁ」
「なんすか?」
「ズルいよねぇ」
「……俺、なんかしました?」

なにかした、も、なにも。だって今日はいつもと違う。暗いグレーのシャツにスラックスを合わせているのはいつも通りだとしても、あの赤いジャケットがどこにも見当たらなかった。最近入ったホストなんです、なんて外で言われたら一瞬気がつかなくてもおかしくない。顔を見てようやく、あ、城戸ちゃんじゃん。とかなんとか、そういう具合だ。タバコをゆっくり吸いながら、その姿を改めて眺め直した。

「ジャケット脱ぐとさ、大人っぽいよ。素敵」
「あ、あぁ。ありがとうございます」
「スーツ、上下揃いで買ってもらったって言ってなかったっけ?
 今まで着たところ、見たことないけど」
「自分で言うのもなんすけど、あれ着ると女の子が寄ってきちゃうんすよね」
「おう、直球だね」
「だからいつものが丁度良いっていうか」

照れ混じりに辿々しく言葉を選びながら話すところは、相変わらず。普段も今も履いているスラックスは、背広と組みになっているものを新井さんが買ってくれたのだと、嬉しそうに話すところは前に見た。
皿を空にして彼は、紙ナプキンで口元を拭ったのち、小さく手を合わせた。その後にすっと目配せをこちらに送るあたり、やはり色々と心得ているのだと。そうでなければ、三次組織であってもきちんと出世なんてできなかった筈だ。花を咲かせていった男達と同じくらい、いつまでもうだつの上がらないまま何処かへ行ってしまった男達のことも知っている。

「でも城戸ちゃん女の子好きでしょ?ダメなの?」
「やー、やっぱ兄貴分とかが良い気がしないみたいで
 もちろん新井の兄貴ぐらいモテる人だったら、気にしないんですけどね」
「なるほどねぇ。ヤクザさんも大変なんだ」
「それにここ一番って時に使えるじゃないですか」
「……ふぅん。やっぱり、城戸ちゃんってずるいのね」

それ以外の言葉も思いつかず、繰り返した。でも本当は、“ずるい”というのも些か似つかわしくはない。ぼんやりと相手の顔を見ながら足を組み替える。どれだけ考えたところで、持っていない引き出しは開けようがなかった。城戸は一度目を合わせて、逸らして伏せて、それから困ったように思わせぶりな視線を送ってきたので、つい居住まいを正してしまった。どうしたというのか。

「あの、ナマエさん……聞いてました?」
「うん?」
「もうちょっと動揺して欲しかったんだけどなぁ」
「なにが?」

膝の上に置いていた左手に、城戸の掌がゆっくりと重なった。純粋なときめきというのは久しく忘れていたし、だからこそどうしていいか分からなくなった。「城戸ちゃん?」と小さく訊いたところで、彼は勝手に覚悟を決めたように見えた。冗談で済ませられるうちに止められないのは、ちょっとした好奇心と、彼が“ここ一番”を持ち込んでしまったせい。そんな状況で、じっくりとこちらに瞳を合わせてくるのを、煙で誤魔化してしまうほど非情にもなれなかった。

「俺じゃ駄目ですかね」

いつもと違う、はっきりとした物言いは、それこそ反則ではなかったか。




子供だと思っていた 160815