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- ナノ -



- Wednesday 10,Aug.1988 06:13 PM in 久瀬拳王会

「というわけで久瀬さん、抱いてください」
「断る」
「訂正。襲います」
「刺すぞ」
「股間を? ナニで?」
「……死ね」

さっきから久瀬さんは手元の書類、おそらくこれからの殴り込みリストに丸だのバツだのをつける作業にかかりっきりでこれっぽっちもこちらを見てくれないし。口を開いても短い短い罵倒の言葉ばかりで一体どうしたらいいというのか。こっちは一世一代の告白をした、つもりだっていうのに。というか、あんたの折り返し地点くらいの若い女が抱いてくれと言っているんだぞ?正気か? せめてこっちを一目くらい見てくれたっていいじゃないか。

「もぅ!つまんない〜」
「っるせぇんだよさっきからピーピーギャーギャー発情期か」
「はい」
「出てけ」
「違うんです久瀬さん聞いてください」

ああ一瞬、一瞬顔を上げてくれるかしら、とか期待したのはいいけれど。久瀬さんは結局手元のグラスから麦茶を飲んだだけで終わった。蒸し暑い室温のせいでグラスは水だらけで、ポタポタと垂れて雫になった。聞いてくださいよ、久瀬さん。あなたが私に興味がなくたって、聞いてくださいよ。これでもちょっとは切羽詰まっているんです。

「知ってると思いますけど私ずーっと彼氏いなくて、でも結婚したいかっていうとそういうわけじゃないから結局多分セフレってやつがほしいんですけど〜しかも正直体にもそれなりに自信あるから折角だしいろんな男に見せつけてやりたいっていうアレもありまして、今はまだ若いからどうせだったらいっぱい遊びたいなぁって思ったんです。あと我儘言うならお金くれる人の方がいいじゃないですか、皆本当どこから見つけてくるんですかね?謎!そういうわけで愛人にしてください」
「帰れ」





- Thursday 11,Aug.1988 04:25 AM in マハラジャ

「そういう流れがありまして」
「おう」

強固な結界を敷く久瀬さんと違って、阿波野さんは自分の懐に入れるのが上手い。ずるい。それに、燦々チカチカする明かりのせいか、いつもより色っぽい。眩しい。フェロモンが凄い。いい親父だ。ただ酒を飲んでるだけなのに。なにか盛られたんじゃないか、炊かれたスモークになにか混ざっているんじゃないか。それぐらい心地がおかしくなる空間で、多分もう脳みそは溶けている。

「阿波野さんは私のこと抱いてくれますか?」
「いいに決まってんだろ」
「え?! いいの?マジで?」
「おめぇみたいな女に言われちゃよ、断る理由もねえだろ」
「久瀬さんは即答でしたよ」
「兄貴はアホなんだよ」
「やだぁ……阿波野さん辛辣ぅ」

うふふぅ、とわざとらしく笑うだけで顔に薄く薄ーく手が触れた。そう、そうだよ。私はこういうのを求めていたんだよ。ナチュラルにときめきを与えてくれる、多分大人の男って呼べるやつ。大人の、遊びまくってる男のやつ。ひょっとして阿波野さんが最適解に近いんじゃないのか。お金持ってるし、かっこいいし。

「ああ、この後ゴルフの予定入れてんだけどよ
 おめぇ一緒に来るか?」
「わー!行く! でもついていける気がしないです!」

年相応にキャッキャはしゃいで。目があって恥ずかしくなって。ちょと目を伏せたら、はいー。はい、チューですね。はい。やっぱり、お上手なんですね。





- Saturday 13,Aug.1988 10:04 PM in 久瀬拳王会

「というわけで阿波野さんとゴルフカレーサウナのフルコースだったんですけどあの人やばいっすね。こっちはもうフラフラだってのにそっからセックスってまじで意味わかんなくてリアルに白目剥いてました」
「俺に報告するな」
「なので阿波野さんは無しです。トラウマです」
「おい、聞けよ」
「阿波野さん、久瀬さんとゴルフ行って美味しいカレー一緒に食べたいって」
「……そうか」
「そう言って媚びといてくれって」
「あの野郎」

あと久瀬さん、あの、言い忘れてましたが私にも麦茶をください。暑いです。





- Sunday 14,Aug.1988 02:46 PM in 渋澤組

「そういう流れがありまして」
「なるほどな」
「渋澤さんはどうでしょうか」

久瀬さんと同じようにこちらを一切見ずにひたすら金勘定をする渋澤組組長。いいのか?私なんかの前でそんな札束数えてて。確かに掠め取ろうなんて度胸あるはずもないが。というか堂島組の若頭補佐ってそんなにも忙しいのか? 仮にも組のトップなんだったらもっとドン!と構えてたって、おかしくないんじゃないのか?あの蟻の子のように大量にいる組員はなんだ?蟻か?

「一件帳尻が合ってない金額があってな」
「ほうほう」
「ビデオ一本撮ればとんとんって額なんだわ」
「……ほう?」
「顔は隠してやるからよ」
「出ろと」
「そうだ」
「どういうやつか聞いていいですか?」
「ヤってるビデオに決まってんだろ」
「ですよねー」

こいつ私の話聞いてなかったのか。セフレが欲しいしどうせなら愛人にして欲しいってとこと全く帳尻があってないぞ。しかも表情が一切変わってないところが化け物じみていて怖い。別に怖い目にあわされる道理とか、ないんだけど。強いて言うなら私が多少ぶっ飛んだワガママを言っちゃってますけど。それにしても、ビデオ、かー。発想の広げ方は正直尊敬する。

「体、自信あんだろ。いろんな男に見てもらえるぞ」
「そういう見方もできますね」
「振り切るにはいい機会なんじゃねえのか」
「ちなみにおいくらぐらい頂けますか」





- Saturday 20,Aug.1988 02:46 PM in 久瀬拳王会

「というわけで私が体張ったビデオです、どうぞ」
「なんでだよ」
「いや、折角だし」
「意味わかんねえだろ」
「ちなみに渋澤さん的には凄く良かったらしくて今度個人的に撮らせてほしいって言われました」
「だからいちいち報告するなっつってんだろ」
「私を囲ってくれなかった久瀬さんに対しての腹いせです。ぷぅー」

いやもう、ほんとだよ。ほんとなんでだよ。なんで逆に久瀬さんは淡々としてるんだよ。なんで最初から最後までぶっ通しでその調子なんだよ。私は一番あんたの愛人になりたかったって、今更言えるわけないですけど。こんだけさんざ醜態見せつけまくってそのリアクションはなんだ。そんなに私に興味がないっていうのか。

「そんなことしても全然可愛くねぇんだよ、馬鹿か」
「……もぅーいいです!帰ります!」
「ナマエ」
「なんすか」
「ビデオはおいてけ」
「おや?……おやおや久瀬さんったら、もしかし「今からこいつで米田の頭叩き割ってくる」
「理不尽!」





- Wednesday 10,Aug.1988 03:29 PM

「っていう、夢を、いま、世良さん待ってる間に……」
「……酷いな」
「イロモノで名高い世良さんを超えましたよ」
「しれっと失礼なことを言うな」

蝉の声が煩い。ぬるま湯を回すような古びた扇風機の音も。ナマエは自分の膝の上に突っ伏したまま帰ってこない。とんでもない蜃気楼の話を聞かされて、世良の方でも頭がグラグラとした。エアコンが壊れたことによって、猛暑の恩恵を受けているせいに違いない。緑茶と扇子で涼を取ろうとしても、室内に残る湿気が全てを台無しにしてしまうし、鼓膜を突くジージーとした響きは容赦なく全てを助長した。

「暑さで頭がおかしくなったのか」
「そうかもしれません。自己嫌悪が凄いです」
「分かったから、いい加減顔を上げたらどうだ」

これはあの三人に近づかせた自分にも責任があるのだろうか。扇子で首元を仰ぎながら、世良は考えた。おそらくナマエが自分自身だと思っているのは別の人物で。調査の内容と、奥底の自我が、この暑さで綯い交ぜになって妙な魔反応を引き起こしただけに違いない。だからそんなに思いつめるなといったところで、煮え切った鼓膜には届く気配がない。

「ショックです、まさか、夢の中とはいえ久瀬に惚れてる意味がわかりません。
 しかもダントツ抱かれたい男ナンバーワンの世良さんが出てこないとか、納得いかないじゃないですかぁあー……」
「ナマエ、頼むから水を飲め。帰ってこい」




私はカスになりたい in 東城会1988 160810