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気が進まなくても顔を合わせるのは、単に役割の為だった。支配人から馬鹿みたいな量の用紙を受け取って、辻褄の合った書類を提供する。そう楽な仕事ではないものの、仕事相手として問題はなかった。そう思われるように努めていた。お互いに。
しかし“オーナー直々のご紹介”を理由に、真島は決して色眼鏡を外してはくれないし、いつも敵意に近い感情に晒される。それがどれだけ理不尽なことか、気付いていないからできるのだろう。今だってそう。一つ眼の中に軽蔑を含んでいることぐらい分かる。

「佐川に言われたんか」

平時よりも夜明けに近いおかげで、グランドに二人きりとなっていた。人気がなかったから魔が差した。そんな言い訳が通用するとは思っていなかったが、実際にヒリヒリした空気に当てられると穏やかではいられない。存外濃密な交わりをした唇と心根のバランスが取れずにいるのか、真島自身も苛立っているようだった。

そもそも、訪ねた時点で真島の機嫌は悪かった。店長の急な不在で慌ただしかったと言っていた。平時よりも業務に手間取ったであろうことは、時間を遅らせて指定してきたことでも明らかだ。疲れているのだろう。燻っていたのだろう。私との対面が最後のきっかけだったと考えるくらいに、佐川の影は肥大化していた。
いつも思う。互いにあの男を透かして見ることが無ければ、もっとマシな関係が築けなかっただろうかと。

「可哀想な人ですね」
「何がや」
「私が本当に真島さんのことが好きだったら、なんて考えもしない」
「当たり前や。おっさんの飼い猫のくせに」
「それを、あなたが言うんですか」

そう。私たちは犬で、猫で。
飼い主がいる時点で、もうヒトではないのだと悟ったのはいつのことだったか。餌をチラつかせながら走らされる姿を、滑稽だと思えるほど純粋ではいられなくなっていた。寧ろ、羨ましいと思いすらする。長く浸かりすぎた毒液は自我をとうに溶かしていて、佐川が気まぐれに殴り書いた台本を忠実に演じるくらい訳のないことだった。その境地を知らないから、真島は私を滑稽だと嗤う。

「俺のこと誘惑して報告しろってか。アホらしい」
「その割には、……そうですね、随分積極的で驚きました」
「あんたが珍しい顔するから面白うてな」

苦々しい口調は、受け入れたことを後悔しているのだろうか。不思議だったのは、真島の方も自ら屈んで応えたことだった。どうせすぐに引き剥がされるか、打たれるかのどちらかだと思っていただけに、驚いた。それは態度にも出たと思う。
観察するような真島に対して居心地が悪くなるのは、濁った白目に自信がないせいだ。肌ツヤが良くない自覚だってある。不健康。精気なし。およそ幸せな人間の顔をしていない。ともすれば私は、真島の未来かもしれない。これまで無自覚にぶつけられてきた嫌悪の情が、不安からくる八つ当たりだとしたら。同情もできた。

「なんでそない従順なんや」
「佐川が喜ばないんですよ、こっちの方が
 分かるでしょう」
「分かったところで、できるかどうかは別の話と違うか」
「意外と、気楽なんですけどね
 でもそのせいで真島さんを巻き込んでしまったことは、申し訳ないと思います」

佐川が真島をからかって遊びたいというのは、簡単にできる想像だった。打てば生気のある反応をみせる。悔しがったり、反発したり。それでも嫌々と従う。そういった一連のやり取りがあるから、愛着が湧く。しかし今回に限って言えば、それは表面的な理由に過ぎなかった。裏に隠れた本音に、真島はきっと気付かない。
どちらにせよ、言われたことは実行した。処理する用紙の類も、既に車に積んである。後の用事があるわけではないが、かといって長居する理由もない。夜だってもうすぐ明ける。

「オーナーに何か聞かれたら、適当に誤魔化しておいてください
 それじゃあ」
「ちょお待ち」

外階段に続く扉を開けようとしたところを遮られた。ドアに叩きつけられた掌は、強く。真島が男だということを思い出した。「……ほんま、胸糞悪い」。うな垂れた首から放たれた言葉は、呼びかけというよりは独り言のようで。ずっと近くに聞こえた。背中に感じる気配は振り返ることを拒んでいる。自分が疲弊しているせいだとは気付いていないのか。鈍って、落とし所がわからなくなって。二択だけの選択肢を引き千切るような体力があるはずもない。

「真島さんの気持ち、分からないでもないんですよ」
「阿呆。分かってたまるか」
「これでも昔は、貴方ぐらい可愛げがあったんです」

あいつに踊らされるなんて、御免だった。遠くもなく近くもない、過去の話。
戸の上で行き先を無くした左手に触れた。しかしすぐに手首を掴まれて、嗚呼、知りながら私は。自分で引き金を引いた。肩に乗せられた真島の頭蓋。すっと鼻で息をする音。右膝に触れた指先は、内腿を辿りながらスカートをたくし上げた。扉に額を押し付けて、顔は見ないと誓った。

「可哀想なんはあんた一人で十分や」

真島の言葉は毒のように沁みる。
これが、佐川の求めていた未来だ。
頑なな男が踊らされて、人形はどう転んでも惨めになった。

たったそれだけの話。




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