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「久しぶりやしな」と彼は珍しく見送りをしてくれた。
そうだな、確かに久しぶりだ。でも仕事で会う頻度としては適切だし、なんか、その、うん久しぶりだなあとしか思わなかった私にも罪はあるのかもしれない。

真島組の舎弟さん方がエレベーター前で威勢のいい挨拶をして私たちを送る。私はわたしで深々と頭を下げて互いに扉が閉まるのを待つ。ビジネス上の習わしというか。
静かに空間が隔絶された時、頭を上げ切る前に「あ、これは気まずくなるぞ」と危険信号を感じた。私にはこの人と駆け引きなんてものは難しい。

「今日はありがとうございました」

当たり障りのないことで濁しきれないだろうかと思ったものの、気まずい。しかもたぶん真島さんは聞いちゃいない。うん、となんとか認識できるような曖昧な返事をした。
ゆっくりと迫る長身に後ずさりをしたが、あまりに大仰に逃げて傷つかれるのは本意ではない。それに真島さんの方が一手早かった。腰を抱かれてもう逃げ場なんてものはない

「ほら、久しぶりやからな」

頬をなぞる手と見据える目。なにが起こるかを予想できないほど馬鹿ではないが、それを拒否できない程度には馬鹿だった。
目を閉じると薄く開いた唇同士が重なり合う。
ゆっくりと触れて、食んで、でも舌までは入れてこない。今までにしたキスの中で一番甘ったるい。

そういえば聞いたことがある。このミレニアムタワーは、そもそもがVIPしか使わない。だからよほど特別な時以外は指定された階以外には止まらないのだ、と。
ただでさえ長いこの箱の中の時間は、今日に限っては短いのか長いのか。

「最近ナマエちゃんが連絡くれへんでなぁ
寂しかったんやで」
「すみません」

じゃあ自分から連絡してこいよ、と思わないわけもなかったが言いはしなかった。
そもそもが疑問なのだ。
私と真島さんは少し前までセのつくフレンドというやつで、今日は来れるか?今日は行っていいか? そしてヤる。くらいの関係で。さらに言うと食事に行ったのも最初の一度きり、デートなんてものは知らない。

実のところ、私はかなりの好意をこの人に抱いていたが、惨めな気持ちにもなりたくなくて結局連絡をしなくなった。向こうからの連絡も来なくなったので、尚更、元の仕事だけの関係に戻ったのだと思った。思っていた。
じゃあなんで今更。
イライラと共に冷静になる。

「今日とか、なあ、久しぶりやさかい 愉しみにしとったんやで?」
「私、仕事のプライベートを分けれない人を理解できません」
「なんや、厳しいのぉ」

体を引き剥がそうとしたが、残念壁に追い詰められてしまった。
ちらと階数を確認すると地上階は間も無くだ。それでも構わずこの人は口づけを再開する。

「最近忙しいんか」
「……」
「前より痩せたやろ」
「真島さんもう着きます」
「かまへん」
「だから、そういうところです」

私が呆れた声で言うのと、エレベータードアが開くのはほとんど一緒だった。
開放された出口に誰もいないのは幸いだった。
しかし、この男を振り切るほどの理由を与えてくれないという点では不幸だった。
沈黙、と、いうか時間の硬直。
もう一度二人きりになったとき、それはふたたび歩みだした。

「今日、いつでもええから戻っておいでや」

いつもより少し低い声で。多分これが本当の声で。
おそらく私は好奇心に負ける。




気が触れたら 160312