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僕美容師なんですけど。

街中でこんな声のかけられ方をしたら、そろそろ頃合いかと馴染みの美容院に電話をかけていた。もういい大人なんだから、と思ってからは定期的な手入れを意識したし、そんな台詞は久しく聞いていなかった。

本来であれば先週のうちにでも予約を入れるべきだということには薄々気づいていた。だからこそ、先の美容師は止めを刺しに来たと言ってもいい。頭ではそう思う。
仕事、だけが忙しいわけではなかった。人付き合いも嫌いではない。でもそろそろ、自分のためだけの休日が欲しかった。何も考えずに湯船に浸かる時間とか、化粧を全くしない一日とか、ゆっくり鍋を煮込む香りとか、そういう週末にしたかった。

同じように、世良との生活もダラダラと膨張している。マンネリ化、倦怠期、そう呼ぶのも烏滸がましいくらいすれ違いが続いていた。ナマエが帰る頃には世良は事務所に行っていた。世良が帰ってくる頃にはナマエは既に仕事に行っていた。世良が数日帰ってこないこともあったと思う。
そしてここ暫くの間、どちらにも休日はなかった。まだ一月、されど一月。正直なところ、本当に一月なのかも曖昧だ。ひょっとするとこのまま三月、半年とすれ違いを重ねていけば世良とは他人に戻ってしまうのではないか。意思ではどうにもならない流れがあることを知らないほど幼くはない。

飲みの誘いを断って帰宅すると、世良の靴があった。まだ19時にもなってないのに珍しい。言ってくれればよかったのに。最近できたサンドイッチ屋の袋が少し重くなるぐらいは頑張れた筈だ。
リビングを開けて、視線は真っ先にソファに向いた。いるとか、いないとか関係なく。染み付いた習慣に泣きたくなることもあったが、今日は違う。

「お、かえりなさい」
「ああ、おかえり」

帰ってきたのか、ずっといたのかは分からない。浴衣を着ていたので、風呂に入ってから今までの間に出かけたり布団に入っていないことだけは分かった。言いたいことは色々とあった。なんでこの時間にいるのか、とか、その腕の中で抱いている毛玉のこととか。

「どうしたんですか?」
「これか?可愛いだろう」
「あ、はい。いや、それもだけど」

仕事も。
そういう日もある。と言われた。
ダイニングテーブルに夕食を置いてから振り返ると、仔猫の手を上下させた世良に安堵した。おかえり、とでも言いたいのか。可愛い。どっちが?どっちも。鞄は椅子に置いて隣に腰掛けた。恐る恐る顔の近くに触れれば、にゃーと鳴いた。口を大きく開けてるくせに、高く細い。そして世良は何も言わない。

「飼いたいの?」
「いや、今日だけだ」
「誰のとこの子? って聞いても分からないか」
「そうだな。今日必死で家を片付けるそうだ」
「女の人?」
「うちの人間だ」

病院で綺麗にしてもらったから安心していい。世良の言葉から漠然と想像した。拾い物か貰い物のために、日侠連で一つの些事が起こったことを。ヤクザ連中がこの子一匹の処遇に頭を悩ませたことを。ひょっとしたら、飼い主と世良の間でだけなのかもしれないが。
抱いてみるか訊かれたので、その子供を受け取った。思ったよりも小さく、簡単に壊れてしまいそうだ。世良の腕の中ほどは落ち着かないらしい。少しそわそわした様子でこちらを見上げてくる。世良は、なんとなく満足そうだ。

「可愛い?」
「ああ」
「この子?私?」
「両方だな」

もだもだと動いたので床に離してやると、自分で勝手に遊び始めた。どこにもかしこにも興味津々らしい。ぴょこぴょことした足取りを目で追っていると世良の手が頬に触れた。懐かしくて少し辛い。久しぶりの邂逅でたしかに、分からないでもないのだけど。まじまじと見られて後悔した。美容院は無理にでも先週行っておくべきだったのだ。それと、その撫で方は。くすぐったい。

「私、猫じゃないんだけど」
「似たようなもんだろう」
「どういう意味?」
「気まぐれで、どこぞで媚びて勝手に生きてる」
「世良さんも似たようなもんでしょ」

同意を打つ微笑み。それだけのことでも、空白のせいで随分と刺激的だ。雑に撫でる指を絡め取りながら、一つ提案を考えた。敢えてその理由を言うなら、今日の私は忘れて、もっと着飾ったところを見て欲しい。停滞した同居生活に、風を通す努力くらいは必要なのだ。お互いに。

「ねえ、世良さん、デートしましょう。週末にでも」




くさび 160628