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できれば目覚めたくないと思いながらも、違和感が目を開けさせる。
馴染みのないベッドの浮遊感、裸で触れるシーツと体に被さる生ぬるい質量。
靄のかかった頭痛が後悔を妨げるが、目を開けきったところで、漠然と「やってしまった」と思うことは止めなかった。

真っ先に飛び込んできたのは、私の手を握る男の手。それも記憶にない男の手だ。
背中に寝息と体温を感じて、正直なところドキドキしないわけがなかった。なぜなら、たかだか一夜限りの翌朝に、これほど密接だった覚えがない。

しかし、その程よい胸の高鳴りは突然に別の意味に変わる。
少し振り返ったところで、男の、肩の、二の腕の、異様なほどの装飾が目についてしまったからだ。
若者が彫るようなおしゃれでは説明がつかないほど、彩度も純度も密度もぶっちぎっている。

やばい、ヤクザだ。
ヤクザだ、やばい。

頭から血の気が引いた代わりに、心音が爆発する。ついでに語彙も貧相になる。
回らない頭を使って結論を出す。この男が起きないうちに帰ろう、そして忘れよう。私は今日こんなところにはいない。

念のために相手の顔を確認しようと、静かに上体を捻る。そこで私の思考は今一度停止した。

やばい、イケメンだ。
イケメンだ、やばい。
眼帯だけど。

いや、どうだろうか、世間的に見てイケメンかどうかは断言できないが、少なくとも私の琴線にふれまくる顔立ちをしている。
刈り上げに、抉れた頬、整えられた髭と眉。パーフェクト。
有り余るほどの合点がいった。確かにここまで好みの顔なら、判断力の落ちた私がまあいいか、と思わなかったわけがない。
ただの大馬鹿女じゃないか。

懲りずに起きるのを待とうかとすら一瞬思ったりもしたが、いやいや、ヤクザだぞ?
自分に言い聞かせた。
帰ろう、早々に立ち去ろう。握られた手を外しにかかる。
空いた手で彼の手を浮かせるようにしてゆっくりと手を抜いていく。指が互い違いに組み合わさってるせいで気を揉んだ。しかも反射反応か、一層強く握ろうともしてくる。
ああ、もどかしい。
そして私は気づいていなかった、背中にかかる寝息が止まっていたことに。

「なんや、起きとったんかい」

ずい、と身体が密着したのがわかる。私があれほど外そうとしていた手は簡単に離され、代わりに私の胴体を抱いた。
色んな意味で心臓が跳ね上がる。
解放された腕は無意識に胸を隠すようにした。

「……すみません、長居をしてしまったみたいで」
「そないなこと、気にせんでええ」

言葉が発されるときに、唇が首元を軽く掠る。
咄嗟に身じろぎをしてしまったところ、彼のもう片方の腕が私の首とベッドの間に潜り込む。う、腕枕か……?
やばい、これは、逃げられない。
いや、意地となれば逃げられるのかもしれない。ただ、あのイケメンにこれだけ甘いことをされて本能が揺らがないわけがない。
ヤクザだけどヤクザだけどヤクザだけど!!

「すみません、その、私、昨日のこと……覚えてなくて」
「そーかー、寂しいのぉ」
「だから、もうお暇をさせ っっーー?!」

ぬらっとしたものが耳孔に入り込み、体にゾワゾワとしたものが駆け巡る。
相手はさも愉快そうに「耳、弱かったなぁ」と自分に記憶があることをアピールしてきた。
そして彼の手が私の顎に伸びる。くっと向きを変えられ、否応も無く初めての対面を果たす。

だめだ、もうだめだ。

私にはその瞳から逃れられるほどの理性はない。
目を閉じて口付けを受け入れるしかないのだ。


そうだ、昨日は確か、立ち飲み屋で
靄の晴れた頭は遅れて後悔を発した。




はいご 160312