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「あなたずるいひとだわ」

 立華が口付けようとして、あとほんの僅かのところで彼女は言った。もちろんそこで立華の動きは止まる。その時見た彼女の目は諦めているようにしか見えなかったし、そのうえ鉛のように鈍く光って見えた。
 自分が何をしたっていうのだろうとか、そういうことを考える以前に思い当たる節がありすぎて彼は頭を痛くする。どうすればいいだろうか。意識の奥底、今よりもずっと粗暴な深淵に尋ねればざまあみろと嘲笑った。立華はこれ以上、過去には語りかけまいと決めた。

「怒ってるんですか?」
「そう見える?」
「いえ、すみません」

 非常に居心地が悪かった。こういう時、強く感じるのは男がいかに単純であり、決して女を理解でき得ない生き物だということだ。彼女が何を求めているのか分からないうえ、責められているような気さえした。どうすればいいだろうか。とりあえず、彼女の腰に回していた腕を緩めた。しかし頬を撫でられて一層分からなくなった。目を見据えると泣きそうな顔をしていた。

「嫉妬してるだけ」
「誰にです?」
「さあ? 知らない」

 恐らくは否定するだろうが、ナマエはナーバスに見えたし機嫌を損ねてしまっているらしかった。ある男なら真摯に彼女に向き合っただろう。ある男ならひとまずの将来を保障しただろう。ある男なら、無理にでも唇を奪ってしまえと言うに違いない。彼女のビンタを喰らってしまえば、所詮はそれまでだったのだろうと。しかしナマエは行きずりの女ではなかったし、増してやビンタを喰らって平気でいられるわけがなかった。
 ナマエは何も言わなかったし、これ以上誰も虐げなかった。立華の中で男たちは、どうやら静観しているように感じられた。

「このまま立ち去るべきですか?
 それとも抱きしめた方が?」

 立華が訊ねるとナマエは一瞬泣きそうに微笑んで、彼に口付けた。立華はそれで安心したが、唇が離れるとそのまますり抜けて出て行ってしまった。カンカンカンカン。姿は見えなくなったが階段を下りる音がする。追いかけるべきかと思ったが頭の中でナマエの声が反芻する。あなたずるいひとだわ。残った体温をつと確かめた後、項垂れるように腰掛けた。結局何が正しかったのだろうか。




リドラーの責め句 160608