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少しずつ駄目になっていく花を抜き取りながら、もう待つのも当たり前になった。最初の一週間はいかにも花束らしい元気さを誇っていた。二週目には生き残った少しの逞しさだけが別の水辺を許された。萎れた花を燃えるゴミにする度、スッキリもした。痛みもした。
水がすぐに濁るようになれば、自分で買ったガーベラを一輪だけ差した。まだ買ったことのない三本目を想像する度に惨めな気になった。花屋は知らずに幸せそうな顔をする。

「待たせてすまなかったな」

そうですね、一ヶ月も。そんな憎まれ口が叩ければよかった。「いいえ、全然」そう答えるのは今さっき、五分の視野しかないからだ。助手席に乗り込む時、やはりヒールを引っかけてしまった。
世界が隔絶されると、彼の手が頬に触れて私が笑う。いつも通りのお約束をしてから。渡されたのは白い大ぶりの、トルコ桔梗だった。それをスミレで染めたような色合いがいくつか。濃い緑の葉が美しい。いつもより強く、世良のことを思い出しそうだ。

「なんだか、世良さんによくお似合いですね」
「ナマエの家に合うと思ったんだが、そうか」

世良の中での私はそういうことらしい。よく似ているのかもしれない。染められているのかもしれない。居心地がいいのであればよかった。
そういえば今までも、赤やピンクの薔薇を受け取ったことはなかった。可愛らしい我儘よりは、殊勝な方がいいのかもしれない。真意は、怖くて聞いていない。聞きたいとも思わない。誰にかは分からない嫉妬心は今でも十分にあった。

「今日はどちらに連れて行ってくれるんですか?」
「季節のものが食べたくてな。和食にした」
「素敵。お野菜? お魚かしら」
「あまり想像を膨らませるなよ
 失望されても困る」

走らせた車の中では、伝えたかった話が思い出せない。今日のお料理。最近のニュース。天気があまり安定しないこと。息を吸えば生花の独特な香りがした。






洗ってしまい込んでいた花瓶を出した。ガラスと焼物で迷って、結局色が暗い方にした。世良には日本物がよく似合う。それに稚鮎だって、本当に美味しかった。特別傷みがなかったので、花はそのまま活けた。水揚げは明日にでも。早く、世良と同じ空間に居合わせてやる方がいい。
棚の上。いつもの場所。弱り始めた一輪挿しは今日の朝、玄関へと移していた。左右の対称を少しだけ調整すれば、声がすぐ後ろからした。

「もう時間もかからなくなったな」
「そうですね、初めよりは」
「綺麗にもなった」

差し終えた利き腕が、手首から掬われる。距離が縮まった。反対の腕は無理のない力で胴を抱く。背中に世良の確かな存在感が。私がそちらを向いていれば、まるで社交ダンスにでもなった筈だ。
順に伝って指や掌を吟味する世良の手を眺める。指の縁取りや爪の形。指先で確かめるように撫でられた。手の内を軽く擦られると肩が竦んだ、ぞわぞわとして。そんなことで逃げやしないのに、体に回った腕がもう一つきつくなった。辛抱できずに私が手を握ってしまうのと、耳の少し下に彼の唇を感じたのはほとんど同時だった。
香水とは別の、花の匂いとも別の。香の薫りが鼻をついたので悲しくなる。甘い甘い。いかがわしい土地の香り。

「世良さん」
「ん?」

好き。そのたった二語を躊躇した。好意と欲求。同じだとは思えない。それを好きという言葉で丸め込むのは虫がよすぎる。本当は 世良さんが 欲しい。他の誰か、商売女のところになんて、本当は。
動揺をする精神を体で押さえつけるくらい、できる。息を深く吸って、吐いて、全身がゆっくりと脱力した。嫌な想像は、息と一緒に全て無かったことにした。

「なんでもありません」
「今日は元気がないな」
「そんなわけないですよ。世良さんがいるのに」

握った手を導いて、更にしかと抱いてもらった。背中に感じる体温は私だけを選んでいる。ゆらゆらと漂う時間。果たして情事に辿り着くかすら怪しい。
瞼を閉じて、花の香りだけを頼った。
明日から私を慰めてくれる、その姿に。




しのぶれど 160606