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「桐生ちゃんは、彼女いたの?」
「いたの、ってなんですか。今だっているかもしれないでしょう」
「じゃあ……いるの?」
「いたことはありますよ」
「ほら」

年頃はまだ23。数ヶ月後に控えた誕生日を前借りしたとしても24歳。度胸と腕っ節、あらゆる覚悟にどれだけの馬力を誇ったところで、全ては極道の世界でしか通用しなかった。僅かばかり年上の女に揶揄われて、ムッとしてしまうくらいにはまだ若い。

「いつの話?学生の時?」
「なんでそんなことあんたに話さなきゃいけないんです」
「ピュアな恋愛話に飢えてんのよ」

遠慮なく畳み掛ける女の方はナマエといった。亜天使に通う変わり者で、出会う前から見覚えがあった。ある時、既に出来上がった真島と鉢合わせて、その横にいたのがナマエだった。それ以来の飲み仲間。ただそれだけ。
しかしそのきっかけのおかげで、桐生は敬語を使うのを止められなかったし、押されれば最終的には従った。真島とナマエもまた、単に友人だと知った今でも。
一つだけの大きな氷を揺らしながら、ポツリポツリと中学生の淡い青春を語りだす。

「それで、俺が力の加減をできないのが嫌だって」
「……ごめんね嫌なこと思い出させて」
「いえ、いいんです」

伸びた灰を落として、もう一度深く吸う。ゆっくりと味わってから長く吐き出すその様は最近流行りのトレンディドラマに出ていてもおかしくない。それを地で行く桐生を眺めながら、ナマエはその価値を推し量ろうとした。真島は最高の男だと言っていた。麗奈は錦山といる時だけは随分可愛らしいと言った。では、私から見れば。

「ナマエさんの方は恋人、何人いたんですか」
「なによ、今だっているかもしれないじゃない」
「いるんですか」
「いないけど」
「でしょうね」

下瞼から作る眼差し、片側だけあげた笑い方。分かりやすい意趣返し。しかも少しばかり得意げなのがまた憎らしい。こういうことを平気でできてしまうから、皆桐生が好きなのかもしれない。上も下も溢れかえるこの社会で、同じ平面に進んで立ってくれる友人。当たり前のようにできてしまう桐生は狡い。先に目を逸らしたのはナマエの方だった。

「恋人放り出して俺と飲んでるようなら軽蔑しましたよ」
「桐生ちゃんってそういうとこ……ほんと」
「堅物だって言いたいんですか」
「ちがう、褒めたいの」

口に出すと拗れるかもしれない。それで言い淀んだだけだった。ナマエは単純に、桐生のことを超のつく優良物件だと思っただけだった。確かに、男社会、極道社会からしてみれば、桐生は真っ当すぎるのかもしれない。言葉の端に少しだけ、コンプレックスを感じ取ったから。しかしだからこそ、誰かと幸せになっている未来を期待した。例えば先週セレナで聞いた、ユミという女の子とか。

「三人」
「え?」
「元彼の数」
「もの凄く現実味のある数字ですね」
「なによ、これでも普通の人生送ってきてるの」

普通のOLがヤクザと酒を飲み歩いててたまるか。
桐生は口から出さない代わりに、グラスの酒を押し込んだ。常識のおかしなこの街に、すっかり溶けてしまっては気がつかないのだろうか。そう思えば、その三人の男たちが普通の人間だとは考えづらい。破天荒に自分の価値観と幸せを貫こうとするナマエの手綱を、どう握っていたのだろう。どう懐柔していたのだろう。いや、一つばかり、分かりやすい例があるではないか。

「その中に真島の兄さんは入ってんすか」
「……そんなわけないでしょ」

ナマエは真島が可哀想になるほどの顔をして見せた。完全に男として見ていないということか。もしくは、一度だけ事故を起こしたか。どちらもあり得ない話ではないし、さらに言えば両方ということもある。流石にその心底嫌そうな顔に迫撃するのは踏みとどまった。
留まりそうになった空気は、ママがオーダーを聞いたおかげで解決した。桐生は同じものにしたがナマエは鏡月にした。今日はお終いってことらしい。

「彼氏、作る気はないんですか」
「ひょっとして口説かれてる?」
「相変わらずポジティブですね」
「冗談よ冗談。桐生ちゃんがそんな回りくどい言い方したらビックリするわ」
「それも、褒めてると思っていいんですか」
「そう。男らしい桐生ちゃんが素敵って言ってるの」

なんの下心もなく、桐生はナマエのそういうところが好きだった。自分の我儘だとは知りながら、ナマエとはこのまま思い出にならない関係を続けたかった。それでも、年を取れば立ち位置が変わる。立ち位置が変われば振る舞いだって変わる。自分は違うと言い聞かせたところでナマエも同じだとは限らない。
あれだけ幻を見せたバブルだってあっという間に終わっていった。誰もが手放しで夢を見ることができなくなってしまった。こんな些細なことであっても。




題名のない 160529