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突然のドアチャイム。女一人暮らし。
宅配か事前の連絡がなければ、ただ恐怖でしかないということを相手は知っているんだろうか。しかも今が何時かというと、日付をさっき跨いだところだ。物音を立てないようにポケベルを確認したが、特に誰からの連絡も入ってない。ナマエの心臓は、例えばこの狭い部屋で暗黒卿と戦わなくてはいけない時と同じくらいの早鐘を打っていた。脳内にじわりと興奮剤が広がるのがわかる。身を竦めながらただ時間の経過を待っていた。チャイムはもう一度。それから。

「ナマエさん、俺ですよ」

よく聞き覚えのある声だ。よく通る、色男らしい声。確か、前に聞いたのは月曜日。尾田さん。どうして。
ナマエは鼓動と脳内を駆けたアドレナリンを抑えながら羽織を探した。手櫛で整えながらドアを開ける。念のため足先が挟まる分だけ、ドアのチェーンが伸びる分だけ。少しぶりに見る知った顔。いつもとは違う整った色合い。いつもの立華さんに似ている。男前ではあったが、伊達男ではない。

「どうも、夜分すみません」
「……色々と驚いたのでこれっきりにしてください」
「つれないなぁ」
「いや、ほんと洒落になってないですよ。なんで家知ってるんですか」
「そういうのがうちの得意分野ですから」

そんなに困った顔で言われても、公私混同職権乱用ではないのか。そうでなくとも法のボーダーをどこかで超えていておかしくない。何から突っ込めばいいのか分からなかったので何も言わなかった。それに、なにか言って今の状況は変わるわけでもない。取りつく島ができたので、尾田の方は少し安心したようだった。

「ところで、これは外してもらえないんですかね」
「開けちゃうと虫が入るんで」
「俺のことかな」
「黒いあいつのことです」

半分はその通り、半分は別の理由。もっと言えば、あまり部屋着というのをおおっ広げに見せたくはない。さすがに少しばかり、乙女心に似たものは持ち合わせていた。本当の乙女はこんな部屋着は来てないだろうが。あとはまあ、用心に越したことはない。その隙間から、視線を足先から額の先まで動かした。見慣れない格好。

「それよりどうしたんですか。そんな格好で、こんな時間に」
「仕事関係でちょっと。めでたい席だったんですよ」
「意外とお似合いですよ、普通の人みたい」
「それは褒められてるのかな」
「ヤクザ商売ならいつもの方がいいんじゃないですかね」
「うちが真っ当な会社ってまだ信じてもらえませんか」

曰くそのあと色々と、なんだかんだとあったらしい。「終電逃しちゃいまして」なんて分かりやすい嘘。こんな好景気、天下の立華不動産。しかもどうせ、嘘だと気付いたうえでどうするか試しているに違いないない。それでなお受け入れられることを期待しているに違いない。凄腕の営業マンは茶番がお好きなんですね、何れ来るいつかにでもそう吐いてやろうと決めた。その時尾田は悪びれもなく賛辞に感謝するんだろう。

「状況は分かりました。それで」
「泊めてもらえるのが一番嬉しいんだけど」
「はい、ダメですね」
「百歩譲ってもらえませんかね。朝まで呑みに行くコースで」
「フットインザドア初めて見ました」
「惜しいなぁ。ドアインザフェイスですよ」
「どっちでもいいです」

目元を和らげた笑い方。ああ、そうか。私がこの人の仕事に興味を持ってしまっているからか。こういう間とか、空気の取り方を変えてしまえばいくらでも人誑しになってしまえる。以前はそういう尾田を怖いと思ったこともあった。結局は付き合いを重ねるうちにそれもどうでもよくなってしまったけど。

「で、それも駄目ですかね?」

こういう時が一番困る。そんなことくらい尾田は知っていた。
ナマエの明日が休日だという前情報は勿論のこと。この時間帯、家にいる時点で先の予定はない。イエスという理由がなければノーという理由もなかった。意思だけに決定権がある。それから、言い淀めばその時間の分だけ、針がイエスに振れてしまうことも。こうなってしまえば、トドメを刺すのは彼にとっては造作も無い。

「行きましょう。10分待ちますから」

悔しくてナマエは15分、とだけ言ってドアを閉じた。
せめて今の尾田の横を歩いて恥ずかしくない格好がしたい。いつもより少し明るい口紅と、ああ、急いでアイロンもかけなければいけないかもしれない。冷めきったアドレナリンをもう一度。




狡猾ウサギの仮面 160521