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目が覚めたのでブランデーを飲んだ。最近妙に眠りが浅いのが気にかかる。アルコールのせいなのは分かっていてもアルコールがなければ寝付けない。ついでに下着だけだった身体に肌着も与えた。汗が冷えて起きたのかもしれない。ベッドに戻ると西谷の肢体は御構い無しだ。自由人。少しばかりの余白がなんとか私を受け止めた。

瞼を落とせばいつでもその景色が蘇った。『堪忍な、正当防衛やわ』その声だっていつでも。一体なんの因果があれば初対面でそんな言葉を聞くことになるだろうか。私の人生では、あれがおそらくきっと最後。西谷の胸に残る、あの時の痕跡に触れた。

スーツが赤かったせいで、血の海かと錯覚した。丁度帰り際に書類を届けて欲しいと言われたばっかりに、その時は無線機も何もかも持っていなかった。不幸。慌てて廊下の内線を鳴らしてもう一度戻ると、低く濁音の付く声が聞こえて妙に安心した。そういえば西谷の血が付いてしまった服はいつ捨てたんだったか。

「思い出すんか?」

欠伸まじりの呑気な声をしていた。起こしてしまったのか。
かつて聞いた声とは驚くほど似つかない。その事を伝えようかと思ったがどう言葉にしていいか分からなかった。あの時自分がどう思って、それがどんな記憶に変わって、そのせいで今、如何様な感想を持ったかということが絹糸のように細く依り紡がれている。指先が引き際を見失ったので、代わりに掌で西谷に触れた。

「よく生きてたなと思って」
「そらあ、別嬪な女神さまがおったからなあ」
「止してください」
「感謝してるんやで」
「あれっきりですからね」

ちがう、あれっきりにしてくださいよ、だ。それを言っても言わなくても、今と同じように伸びをしただろうけど。何が起こるかなんて分からない、未来なんて知らない。胸に置いた手を西谷が握った。血と肉が生を主張する。こっちに来いと言われた、ような気がした。タオルケットを引き寄せながらその体に委ねる。引き攣った皮膚の鼓動を感じるように耳で触れた。きっとまだ傷むだろう。きっとあの人のことを思い出すだろう。そう思えばこの話はもう終いだ。

「ねえ」
「なんや」
「眠れないんですよ」

どこまで気付いているだろうか。閉じたところがあれば、開いたところもある。それを方便に使ったことも。事実と理由が一致しないなんてことはいくらでもある。追求を無視すれば、私たちは一番幸せになれた。




糸と傷痕 160519