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腰を引いて逃げようとするので、膝を抱えた。浅い呼吸を繰り返すのをみれば、形容しがたい欲望が満たされるのが分かった。顔に触れると驚くほど体温が違う。交わりが重なれば等しくなるだろうか。

タングステンの明かりを、先に吐いた煙が暈していた。白いシーツの上では、一層肌の縁取りが拡散する。佐川はそれで欲情したが、ナマエは感覚だけが脳を通過していた。この状況で感情の整理がつくほど、成熟もしてなければ経験値も足りなかった。しかしただそれだけのことでコンプレックスを抱くほど、子供ではないと見ないふりをしていた。

「もっと嬉しそうな顔とか、できねえもんかね」
「……む、り」

いたい。ナマエは細い声で唱えた。主張したいわけではない。拒絶したいわけではない。ただ事実として口から零さねば耐えられなかった。久方ぶりの逢瀬に感極まったところで、裂くような痛みは感情を屈服させてしまう。何度繰り返したところで失わない。いつまで経っても慣れないのは誰のせいだろうか。怯えるように佐川を見つめる眼が蕩けるには、いつも時間が必要だった。佐川が膝を押したところでビクともしないから、距離だって縮まらない。ナマエは自分のせいだとは気づかずにただ切なかった。もう少し甘やかして欲しかった。そうでなくては、ただ耐える道理が分からなかった。そうでなくては。

「まだ半分もいってねえぞ」
「むり しぬ……っあ 、 い、たい いたい」
「力抜けって」
「い、れてない」
「いや、入ってっから」

腰を落とす度、う、とか、あ、とか聞こえた。時折呪文のように痛いと呟いた。全ての声が喉に引っかかるように濁っていた。吸って吐いての指示がなければ、ひたすら浅い呼吸を繰り返した。佐川も実は同じく痛みを味わっていたが、何も言わなかった。耐える指先が、自分の腕に食い込んでいることを。その代わり、上下する胸の片方を利き手で触れた。軽く掴めばナマエの指先が緩んだ。少し可笑しかった。心臓の音と自分の脈動が混じるのを期待したが、まだそこには至らない。まだ、ナマエから竦みは消えない。

濁った喉から、肺胞を一つ押し潰したような声が出た。一際大きな痛みがあったが、それを深いとはまだ認識できない。佐川の満足げな顔で、全て繋がり切ったのだと悟った。横目に見たその表情は、恐らく十割には程遠い。しかと掴んでいた手を離して耳の輪郭を撫でる。唯一陥れられる場所だと知っていた。佐川の腰が疼くように押し付けられたので、それで止めた。

「き、ついなあ いつもいつも」
「 いわなく、て いい、です」
「俺と会えない時さ、一人でしたりしねえの?」
「し、ない……ゃ だ」
「だから痛ぇんだろ? なあ」

ナマエは首を振った。何を否定してるかは自分でも分からなかった。始まる摩擦が思考を妨げた。しかし少しばかりの恨み言はあったと思う。貴方がそう滅多に会ってくれないから。口に出せるほどの自覚はなく漠然としていた。もっと会いたいのに、という願いには尚更気付けなかった。毎度肉体的な繋がりが欲しいというわけではなかったから。
痛みと同時に、腹のなかを弄ばれるグズグズとした感触。訳がわからないままいたら、いつの間にか喉の痞えは溶けていた。高い声が自分のものだと気づけなかった。まさかそれが喘ぎ声だと、信じられなかった。痛みとは別の疼きが恐ろしい。それが快楽とはまだ繋がりきらない。少し息の荒い佐川に気持ちいいかと問われても、怖いとしか答えられなかった。佐川が腹に触れる、そのまま伝って乳房に届く。ぞわぞわと背筋を走るものが何かは、僅かでも確信した。

「佐川さ ん」
「あぁ?」
「キスしたい」

その、ナマエの眼が惚ける瞬間を佐川は逃さなかった。恐らくそれだけを渇望していた。悦楽の支配。苦痛の服従。意識して息を吸った。鼻先の触れる距離まで近づくと瞳の中から全て覗き込めてしまう。腰を動かすと、ナマエは混乱と非難をもって喘ぐ。そういう、全て綯い交ぜになった殻の中。それを愉しむのも、握り潰すのも自分だけの権限だと思えば尚更、言うことを聞くのはその後でもいい。

脈動と体温が溶け合うまで、もう間もなく。




支配の端 160513