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待ち合わせをしている。していた筈だった。かれこれ1時間も姿を見せないので、最後までクズだったのかと思うことで自分を慰めた。なんの取り柄もない男だった。私にはきっと似合わなかった。最後まで信じてしまったのは自分のくせに。

欄干の方を向いて川を拝んでみたが、光が反射していて底が見えない。これは海へ行くのか?山へ行くのか?大阪の土地勘がないのでよく分からない。私はきっとこの濁りきった川を見に来たのだ、そうに違いない。そう思わなくてはいけない。

「えらい待たせてすまんなぁ」

突然降りかかった声は少ししゃがれていて、聞き覚えがなかった。深みのある香水の匂いも。自分に投げかけられた言葉ではないと考えるには、その赤いスーツは明らかに私の肩を抱いて歩いている。遅れた理由を一人つらつらと喋っているがどういう状況なのか。人違い? それともこれはあまりにも堂々とした拉致の可能性も。相手の顔を見ると静かに、と手元だけでジェスチャーをして見せた。叫ばれると困るのだろうか。なにかよくわからないバッジが目に光った。でも士業の人間なんかではないだろう。

人通りを離れそうになれば逃げるといいだろうか、なんて考えを起こしたのも束の間のこと。大通り、蒼天堀通りに出ると簡単に解放された。いとも呆気なく。

「悪いなぁ、ちょーっとガラ悪そうな連中が姉ちゃんのこと見とったから」

お節介してしもたわ。
屈託のない顔で言うが、この人も大概物騒な見た目をしている。左耳にピアス、左胸に読めないバッジ、左手には腕時計。全て左。このトチ狂った時代のせいで単に派手なだけかもしれない。赤のスーツ。紫のネクタイ。改めて見てもやはり派手だ。所謂良い人に見える要素はどこにもない。

「それは……どうも……?」
「あ、信じてへんな」
「いえ、そうではなくて、いや、はい、ちょっと混乱して……」

色々と。混乱して。なんで、誰なんですかね、とか、どうして私はこんなところにいるの、とか、なんで私が待ってなきゃいけなかったの、とか、あんな汚い川わざわざ見にくるわけないじゃない、とか、全部。どうして目の前のこの人は彼じゃないのだろう。我慢なんてしてたつもりないのに。抑えきれない感情が雫になって目から落ちた。

「……ごめんなさい、こんらんして」
「いや、こっちこそな。分かるで、怖かったやろ」

たしかに少しは怖かったけど、この涙はそのせいじゃない。声をあげるのが恥ずかしくて首だけを振って答えた。見ず知らずの貴方が泣かせてしまっているようでごめんなさい。見ず知らずの女に泣かれて困りますよね、ごめんなさい。
差し出されたハンカチからはやはり深い香りがした。







「ずっとあそこおったやろ」
「見てたんですか?」
「見るからに東京もんって感じやったからなあ。目は惹くわ」

蟹を食べて元気が出たと言えば現金にもほどがある。しかし実際のところただ立ちすくんでるわけにはいかないのも事実だった。無理にでもその場所を動かした派手な男は西谷と名乗った。ぱっと見たところ、楽しい女遊びが好きそうだ。用事の始まりと終わりのどちらにも私を見かけたらしい。それから先に言った通り雲行きが怪しくなって声をかけたという。結果として私にカニ道楽を奢る展開になってしまっているので、誰がチンピラか分からないではないか。

「彼が、あ、元カレがね、来るはずだったんですよ」

もう終わってしまった話だ。不思議ともう涙は出なかった。西谷はなにも追及はしてこない。薄い膜から肉を剥がすのにご執心だ。意外と丁寧に箸を使う。もっと豪快に食べると思っていたのに。咀嚼を終えると口の端を上げた。

「まあ若いし別嬪やから、相手なんかすぐ見つかるで」
「そうですね。西谷さんも、私が美人だから助けてくれたんですものね」
「えらい自信やな」
「次に恋をする練習ですよ」

あんな助け方をされては、惚れてしまってもしょうがないのかもしれない。しかし傷跡はついたばかりだ。どれだけ応急処置をしたところで、西谷がこの継ぎ目を見えなくすることは不可能だった。時間は何とも代用なんてできない。まだ恋なんてしたくない。

「この後どうするんや、東京戻るんか?」
「そうですね、京都、行ってもいいかも。うん、そうします
 私ね、きっと観光に来たんですよ」
「せやな、楽しんで帰ったらええ」

でも美味いもんは大阪のが多いからな。自慢げだった。大阪で生まれ育ったのだろうか。ひとところでグッと根を張っていたから、こんなにも逞しくなったのだろうか。吹いて飛ばないその溌剌とした表情はこの土地に育まれたのか。そう思うと尚更、育った大地を踏みしめる勇気を与えられた気がした。

「東京だって負けてないですから、西谷さんもいつかいらしてください」

その時には全て吹っ切れているかもしれない。ひょっとすると新しい相手が見つかっているかもしれない。もしそうでなければ、この人に恋をするチャンスがもう一度あってもいいと思う。




還る 160510