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 尾田がいた。ナマエがいた。殺伐とした車内に平坦な道。退屈だ。言うまでも無い。ナマエはずりずりと姿勢を崩したが、暫くすると腰を持ち上げて定位置に戻った。落ち着かない。コツコツコツコツ。中指が音を立てた。

「ヒマです」

 圧倒的な響きだ。空虚だ、空白だ。そして窮屈だ。尾田はひたすらに前を見ていた。彼の目もまた、退屈に支配されていた。ハンドルを回す必要は暫くなさそうである。それでも彼が手を離さなかったのは義務感からか。

「生憎、俺は暇じゃないんだ」
「知ってます」
「もう20分もすれば着く。寝るなよ」
「はい」

 事務的なナマエの返事。あろうがなかろうが、きっと両者にとってどうでもよかった。呆然とした瞳で横窓をのぞいても何も無い。灯りすら少なくなっていた。自身の顔がくっきりと映し出されている。上司の横顔も。

「そろそろ皆さんの性格が分かってきたんです」
「それで?」
「褒めてください」
「お断りだ」
「ジョークですよ」

 なんてナンセンスだろうか、彼女は自分すら笑わせる気が無かった。覇気がない。女だけ?いや、車内全体が。"感情"の"か"の字すら見せない。"色気"の"い"の字も無い。萎えきってしぼんだ空間。何ゆえここにいるのかすら疑問に思うほどの。

「尾田さんは一見チャラくて適当そうだけど意外と几帳面ですね。切れてる電球とか、ちょっと空いてる隙間とかが許せないタイプ
 しかも社長にめちゃくちゃ心酔してる社員の鑑」

 客観的要素を並べ立てた。当の本人は先ほどと変わらぬ顔のまま、「そりゃどうも」、と一言だけ告げた。どうでもいいのだ。どちらも互いを見ようとすらしない。ただ口を開くだけ。無いよりはましだから。

「あと、女性趣味も分かりました 何となくですけど
 年下がお好きなんですね。しかも清純派の」
「そう見えたか?」
「違うんですか?」
「いや、違わない」

 一瞬の沈黙。ナマエはここで言葉を分別、あるいは排斥しようとした。しかし尾田の方にちろりとも起伏がないのに気付き、敢えてやめた。

「ロリコンですか?」
「そこまで変態じゃない」
「じゃあどこまでですか?」
「女子高生、も、全然いけるな」
「……危機感を感じそうです」
「心配すんな。入ってねえよ」
「そうですか」

 存外ショックでもなんでもなく、むしろ当然のように言葉を受け取った。一応しょげるような仕草を見せたものの、互いに茶番であることに気付いていた。つまりは無意味にすら程近い。
 もう一つ沈黙が挟まれば到着まで無言となるであろう。そんなタイミングで、今度は尾田が口を開いた。

「そういうナマエ君は年上が好きそうだけど」
「バレました?」
「顔に書いてる」
「あらあ。 ……まあいいんですけど」
「社長に手ぇ出すなよ
 お前のいやにアグレッシブなところは正直怖い」
「しませんし立華さんはタイプじゃありません
 どちらかというと桐生さんがいいです。年変わらないけど」

 あけすけにモノを言う女に対し、尾田は苦笑いと無関心の間で揺れ動く。そんな複雑な顔をして見せた。ナマエはその時初めてこの空間に希望を見た気がしたが、すぐにそれは気のせいだと思い直した。そんな綺麗なものではないと分かっていたからだ。

「この先カタギと恋するなんてあるんでしょうか」
「さあな。またお茶汲みにでも戻ればいいんじゃないか」
「本当にクソみたいですよね、男女均等法なんて」
「その点、うちは天国だろう」
「極端ですけどね」

 垣間見せた表情も二言三言の会話の中で再び色を失う。嫌われているのだろうか、という思考がよぎったが、尾田に限ってそれはないように感じた。あくまでも彼女自身が確立した分析に頼った話だが。

「煙草、いいですか?」
「ああ」
「あとどれくらいですか?」
「15分弱。寝るなよ」
「了解」

 しかし平坦な道に終わりは見えなかった。




ムガイ 160508