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気づけば陽が落ちるのも随分と遅くなった。いつものように神室町を歩きながら桐生は次の行動を考えあぐねていた。
時間としては食事に向かい始めていい頃合いではある。しかし妙に光が差しているせいで食事を取るには少し早い気がしたのだ。体内と地球の時計が噛み合わない。
適当に歩いて公園が目に入ったので、一先ず色々なことは保留にすることにした。煙草を吸ったところで手遅れになるようなことは何もない。

まだ陽を受けているベンチに座ると、そこかしらでくつろぐ猫とホームレスの姿があった。桜は散ってしまったが春の恩恵はこれからというところか。たまに吹く風はまだ少し冷たい。
分かりやすくそびえ立つ時計の針を眺めていると、視界が優しく塞がれて背後から声が聞こえた。

「だーれだ」

華奢な指先。喜色溢れる声。なんでこんなとこにいるんだよ、が桐生の本音。治安とか時間とか偶然とか全てをごった煮にしたうえでの話。

「……冷てえな」
「冷え性なんで」
「それにしてもおかしくないか、春だぞ」
「私からすると桐生さんが異常です。あ、私です」
「知ってる」

そこで初めて目があった。首を後ろに傾いだせいで胸と後頭部がかち合ってしまった。過失だ。言い訳はしないが。
隣に座ったナマエはあまり見かけない飲料水を手に持っていた。それだけで、ここに居合わせた何もかもに合点がいった。封切られると炭酸水の音が抜け去った。

「平熱どれくらいなんですか」
「さあ……37度くらいだったと思うが」
「たっか!それ私だったら病院行くやつですよ」
「むしろそれは今行った方がいいんじゃないのか」

行って治るものではないから、とナマエはごねた。代わりに自分でも努力はしているのだ、と。初めて知ったが本当に思い悩んでいたらしい、少し気の毒にも思った。桐生のような健康優良児からして見ればそんな悩みは遥か彼方、想像もつかなかった。

「最近は薬膳の勉強をしてるんです」
「なんだそれは」
「どういう具材が体を温めるとか、冷ますとか。あと内臓のどこに効果があるとかそういうのです」
「ほう」
「それで、もしかして柏木さんって滅茶苦茶体温高いんじゃないかっていう結論に行きました」
「……冷麺のことを言ってるのか」
「ええ、まあ」

冷麺が冷麺だからというのは安直な気もしたが。いや、待て確かに色々と盛られていた。……スイカのインパクトは凄かったな。そこで思考が停止してしまった。
ナマエはその思案顔のせいで勘違いをした。今の話は面白くなかっただろうか、と。そもそもこんな会話の流れですら、他の男の名前を出すのは無粋だったというのか。

「あ、マッチョな人は体温高いそうですよ」
「そうなのか」

結局話を逸らしきれてない自分は馬鹿だと再確認した。しかし此方にだって伝えたい言い分はあるのだ。

「桐生さんは、筋肉凄い……です もん、ね」

目線を桐生の腕から顔へとなぞったところで、地雷を踏んだ心地がした。
へえ、とニヤついて見せた桐生の希少価値はとても高い。だからナマエは恐ろしくて直視できなかった。そのせいで言葉尻が辿々しくなった。
しかもなにか、そんなつもりは一切なかったのに、自分が厭らしいことをペロリと言ってしまったような恥ずかしさを桐生の態度から感じてしまった。ただ褒めたかっただけなのに。

「思い出してんのか?」
「すこ し?」
「誘ってんのか」

そんなつもりはなかったと言ったところで無意味だろう。桐生が誘いを持ちかけているのは明白だし、桐生の中ではナマエが口実を作ったことになっている。
自分から誘うような淫売ではないという主張と彼の肢体を無意識にでも思い返していたという自覚。立ち上がった桐生の左腕を掴む以外の最適解が浮かばなかった。

「う〜〜〜……」
「なんだ嫌なのか」
「……自分がはずかしいだけです」




斜陽 160507