花金のマハラジャは大層賑わっていた。
四方から極彩色の光が飛んで、それがまたミラーボールに当たってキラキラと拡散している。さらには大勢の女たちのスパンコールに弾かれるせいで、皆浮かされるように頭がおかしくなっていた。
自分が何をしようと構わない。誰が何をしようと気にしない。
店の片隅で強面で派手な男と、どこにでもいそうな地味な女がしっかりと手を握り合い、肩を寄せ合って酒を交わしていたところで、誰も気付くことはない。
二人は皆が銘々の世界に溶けてしまっているのを眺めていた。
「阿波野ちゃんはなんでヤクザなの」
「てめえが公務員なのと同じ理由だろ」
さながらロミオとジュリエットの真似ごとをしたところで、お互いに家名を捨てる気など毛頭ないようだった。
女の方は少し疲れたような、これからの休みで療を取るのだろうという顔をしていた。何もかもがこれからだと言わんばかりの阿波野のことが羨ましくてしょうがなかった。
「だって平和が好き〜☆」
「俺は暴力が好き〜★」
声を高くして戯けることだってできる。こんな時になお一層手を強く握ってやることだってできる。そういう阿波野だからナマエは離れられないでいた。
頭を傾いで相手の肩を頼った。甘えともいう。こんな所でなければ、こんなこと 出来やしないと思った。
「あ、でもお金持ってる阿波野ちゃんも好き」
「お前 ほんと馬鹿だな」
「馬鹿の方が可愛いでしょう」
うふふ、と笑って見せる顔は馬鹿女というには些か妖艶すぎるのではないか。
阿波野はナマエのこういうところが狡猾だと思っていた。地味なくせに。いや、もちろん褒めている。膝上5センチのスカートがもっと短かったら完璧なのにと思った。
「いい加減よぉ、俺のとこ来りゃいいのに」
「そうねー、そうよね」
YESでもNOでもない。
こうやっていつも躱すからどちらも止めないのだ。
そもそも阿波野だって、来いとはっきり誘っているわけではない。ただの示唆だ。
なんでもない関係。何にもならない関係。居心地の良いようにみせかけて、いつ割れてしまうかも分からなかった。素直になれないからではない、根はもっと深く。
「そろそろ踊るか」
空のグラスを置き去りに阿波野はナマエの肩を抱いた。
手を繋いだままにする?手をそっと引いてやる?学生だか紳士だかの振る舞いは恥ずかしくてできるわけがない。
そしてきっとまた、いつものように。
誰にも気付かれない人混みで口付けをするのだろう。
泡沫 160505