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折角だから喫茶アルプスに行ってみたいと言ったのはナマエの方だった。
別に一人でその時間が取れたらいいと思ってたが、当たり前のように佐川とそこで落ち合う話になっていた。
それぞれの予定を終わらせてからの話で、もともと伝えてた通り彼女は30分ほど遅れて店内に入った。

席に座る人は疎らで、足を惑わせることなく佐川の元へ辿り着くことができた。
しかしその風体が明らかにいつもとは違っていたものだから、多少の動揺が起こったのかもしれない。一言で表すとするなら、ナイスガイという表現がほど近いだろうか。
茶色のスーツは通常運転で変わりはないが、組んだ足を斜めに投げ出して、当たり障りのないブックカバーがかかった文庫本を読んでいる。
ついでに言うとメガネをかけていた。

「本とか、読むんですね」
「ん?あぁ」

どうやらあちらの世界にいるようで、散漫とした返事をしてからコーヒーを一口。
椅子に座った私を二度見のよう振り返ったのが少し面白かった。ガラス越しの眼差しは素敵だが、それはすぐに眉を顰めてしまった。

「え?そんなに意外か?」
「そんな顔してますか」

佐川が何か言いかけたが、店員がおしぼりとオーダーを聞きに来たのでケーキセットを頼んだ。組み合わせは少し迷ったが、やはりショートケーキと紅茶がいい。あの一つだけ乗った苺の特別感は、なんとなく今日にお似合いな気がした。

しかし文庫本は閉じられてテーブルの上に。眼鏡は外されて胸ポケットに。最後に組んでいた脚が解かれいつもの佐川に戻ってしまった。少し残念。

「何読んでたんですか」
「サスペンス」
「どんな話?面白いんですか?」
「連続殺人鬼の女が誘拐される話
まあ、面白いかは終わり方次第だろうな」

テーブル脇に置かれた本へ手を伸ばして中表紙からタイトルを読みとると、確かどこかの本屋で見た覚えがある。こんな本を何をきっかけにして読むのだろうか。
気づけばタバコに火が点けられていて、本当にいつも通りなので、先ほどの貴方は本当に素敵でしたよ、とそのままに褒めていいものか迷った。

「メガネもお似合いでしたよ」

まさに照れ隠しのような言葉だ。
本当は先ほどのすべてがハンサムだったというのに。端正を積み上げたような奇跡を見た気がしたのに。
佐川がそれに気づいたか知らないが、少し返す言葉を考えてるようではあった。運ばれてきたケーキ達が、店員の手元を離れるのを待っているようでもあった。

「そりゃあれだ、たまにだからいいんだよ」
「そうですかね」

佐川はきっとケーキだって毎日はいらないだろう、とかそういうことを言いたいんだろう。
ここのショートケーキが、どれほど食べても飽きそうにないということを知らないから。

「なぁに笑ってんだ」
「別に」




ケーキが美味しすぎただけ 16502