※原作2巻のネタバレを若干含む。臨也と波江



「ねぇ、波江。どうしてシズちゃんは俺を殺そうとするんだと思う?」

鼻歌でも歌うかのように軽く柔らかく投げられた台詞は、反してとても物騒なものだった。
波江は一瞬面食らうも、もう慣れてきたといった体で、すぐにいつもの表情に戻る。柳眉を露骨に寄せ、溜息を吐き、さも面倒臭いと言わんばかりの表情。しかしそれをとりたてて臨也に向けることはせず、デスクに座ったまま手元の書類に目を落としていた。
そんな波江を尻目に、臨也はゆったりとソファに腰掛けている。手持ぶさたなのか、テーブルの上に散らばったトランプを指先で取っては1枚1枚柄を確認するように捲り、床にひらりと投げ捨て始めた。1枚、1枚。視界の隅でどんどん床に広がっていく紙切れに、波江は再び溜息を吐くが、何も言う事無く相変わらずデスクで仕事に励む。そして1枚、また1枚。パタ、パタ、と小さく鳴いては床に打ち捨てられる、紙。

「……そんなの、貴方の事が嫌いだからでしょう。」

質問から少し遅れて、波江が答えを返す。何を当然の事を言っているの。そんな事どうでも良いから、早く仕事して。そんな類を言外に含ませながら、カタカタとパソコンのキーボードを打つ。この静かな部屋に、タイピングの音とトランプの落ちる音だけが小気味良く響いて飽和していく。そこに突然割り込むように響く、音。

「アハハハハハ!つまんない答えだなぁ。」

臨也の笑い声。つまらないと言う割には愉快そうに肩を揺らして笑っている。臨也の変化に波江はようやく、彼の姿をしっかりと見た。臨也はひとしきり笑った後、今度は一変して、穏やかそうに微笑んで口を開いた。

「いいかい、波江。『好き』の対立項として『嫌い』という概念は絶対ではない。」
「『好き』の反対は『無関心』って話?陳腐ね。」

諭されるような言い方が気に障ったのか、それともその前の「つまんない」が障ったのか、波江は面白くなさそうにデスクに頬杖を付く。しかしそんな彼女の態度など意にも介さず、再び臨也はカードを散らし始めた。1枚、1枚。臨也の足元の床は赤と黒の柄で埋められていく。また1枚、そして1枚。何かを探しているのか、捲っては確認し落としていく。臨也の思いの外細い指先が描く軌跡を眺めながら、波江は次の言葉を待つ。

「ふふ、まぁいいから聞いてよ。シズちゃんってさ、ずっと自分が一人きりだと思ってきた訳じゃない。だからさあ、駄目なんだ。慣れてないんだよねえ。殺意だろうが嫌悪だろうが何だって良いんだけど、とにかく明確な感情を持って自分に対して一対一で向かってくる相手っていうのにさ。ずっと一人きりだったから、そういう相手を無下に出来ない。……あぁ、『無下に出来ない』っていうのは、『優しくする』とかって意味じゃないよ?良くも悪くも無関心でいられないって事。――いや、それじゃ意味が弱いかな。あぁそうだ、つまり『執着』だよね。あとは『依存』とか。」
「自分が……あの男に依存されてるとでも言いたいの?」
「そうだよ。」

言い切った臨也は、尚もトランプを捲っては散らす。1枚、1枚。残り少ないテーブルの上の分と彼の顔を交互に見遣りながら、波江は怪訝そうに眉を寄せる。そして1枚、また1枚。もうテーブルの上には1枚しか残っていない。

「だからもし、シズちゃんが俺を殺す事に成功した瞬間――シズちゃんは依存する相手を失ってどうするのかな?どうなるのかな?」
「一緒に逝ってくれるかもしれないわね。」
「死んでも嫌だね。全く笑えない冗談だよ、それ。……まぁ、易々と殺される訳がないけどね、この俺が。」
「勝手に言ってなさい。私、今日はもう帰るわ」
「そう?じゃあね。」

書類を片付け、コートを着て、荷物を持って臨也の部屋を出る。出る――瞬間に視界の端に収めた光景に、波江は小さく溜息を吐いて歩き出す。そして思う。

『一人きり』だったから、向き合ってくれる相手に執着して依存する。それは確かに正論。
でも、それなら貴方も同じではないの?
貴方がもしあいつを殺せたら、貴方自身はどうするのかしら?どうなるのかしら?

「本当に歪んでるわ。」

テーブルの上に最後に残った「キング」を、指先で摘み上げて見つめる臨也の姿――今しがた見た光景を瞼の裏でそっと思い返しながら、彼女は軽く呟いた。



不都合と詭弁



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