僕と馨の運命は産まれる前から繋がっていた。
スピリチュアル的な意味だけで無く、物理的な意味でも、だ。母親の胎内で、出生の所謂十月十日前に出会った僕等。額を突き合わせ向かい合う。揺蕩く過ぎ行く時の中を、運命を慈しみながら過ごした。繋がった意識。運命の結び目。記憶には無いけれど、愛しかった日々。
まだ大地が覚醒しない夜明け前、馨はたまに声無く泣いた。薄暗い室内に染み渡る孤独。馨、何がそんなに悲しいの。繋がらない意識は新たな孤独を生む。
「馨、こっちにおいで。」
緩慢な動作で僕のベッドに入ってきた馨と、ただ額を合わせて向かい合う。涙の筋が痛々しいなと思った。藻掻くように震える指先を見つめる。馨、何がそんなに恐ろしいの。
光、僕は怖い。
いつだったか馨が言った。一体何が馨をそんなに傷付けるのだろう。馨の笑顔を護るには余りにも無力な僕の両手。いつだって指の隙間から、いつの間にかすり抜けていく。
もしかしたらこうして意識は更に離れていくのかもしれない。いつか結び目は解けてしまうのかもしれない。
目を閉じた。未来が見えない。運命の糸から健やかな希望と呪わしい虚無が入れ代わり立ち代わり現れる。ただ一つだけ明確で確実な事は僕が馨と離れたくないということだけ。流されたくない、抗いたい。震える馨の手を包むようにして繋いだ。皮膚越しに伝わる胎動は酷く懐かしい。
ふと、馨とこのまま何処かに逃げていきたいと思った。誰も何も馨を傷付けない所まで。馨に優しい日差しが降り注ぐ所まで。ねえ馨、どうしようか。声に出さず囁く。
「僕は光となら何処にでも行ける。」
馨の声が空気を震わす。驚いて見れば、遥かな微笑がそこにはあった。疎通。繋累。そしてフラッシュバック。
それは記憶には無いあの頃に似ていた。
いま胎児に還る
title by joy
(前サイトより)