開け放しの窓。乳白色の薄曇り。磨り硝子の日差し。風と呼ぶには優しい感触。鳥が鳴く午前十時半。確かに新緑に焦がれた。


「馨。」
「何?光。」
「呼んでみただけ。」
「そう。」

僕はただ馨を眺めていた。視界の端に五月の風景、新緑。彼は顔を上げない。目線は一途に文章へと注がれていた。少し古びていて、黄ばんだ洋書。見開きに馨の細い髪の毛の影が映っているのを見た。繊細な闇だ。そしてあれも馨の一部。そう思うと途端に心臓の辺りを掴まれて苦しくなった。無性に愛しかった。愛しくて仕方なくなった。

「光。」
「何?馨。」
「何考えてたの、今。」
「馨が好きだって。」
「そう。」
「うん、そう。」

心臓は未だ苦しい。動揺など少しも滲まずにページを捲る指先。その白さに募る想い。

「光。」
「何?」
「好きだよ。」
「うん、……え?」
「好きだよ。」

苦しみの向側は無だった。とどめを刺されたのだ、と思う。
彼は相変わらず顔を上げない。部屋に反響するのは、鳥の鳴き声と新緑のささめきと僕らの沈黙。少しだけ速度を増す風に目を細める馨。日差しがほんの少し強まり、緑が輝いた。

好きだよ

馨は滅多にそんな睦言を言わない。戸惑いに思考は一瞬で彼方へと吹っ飛んでいった。ようやく何処かから戻ってきて定位置に収まる頃、日差しはまた磨り硝子に戻っていた。逸る鼓動を持て余しながら、僕は馨に近寄る。

「もう一度言って。」
「嫌だよ。」
「不意打ちはずっこい。」
「ずっこくて結構。」

続く溜め息が何とも演技染みている。どうせ僕の事をからかっているのだろう。僕は更に近寄ると、馨の本をひっ掴んで適当にそこらに投げた。僕は生憎マジメだから、からかいとか冗談とかそんなもの通じないんだよね、と心の中で呟きながら、驚いた顔の馨に笑いかける。これは形成逆転かな。

「馨。ねえ、」

言ってよ。そう続ける筈だった唇をかすめ取られて声を亡くす。儚くも再び思考を奪われた僕に、馨は薄く微笑んだ。

「愛してるよ」

緩い日差しに蜂蜜色に光る馨の髪の毛。眩しげに目を細めた彼が更に笑みを深くした。まるで新緑のようだ。爽やかで愛らしい。ただ無性に愛しいと思った。

愛してるよ

新緑に焦がれた五月の午前十時半。



少年は恋を患い息の苦しさを知る

title by joy

(前サイトより)


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