※Panty&Stocking with(ry
パン+スト。





「プラトニック・ラブって憧れるわ。」
「……プラトニックぅ?」

出来る限り小さく呟いた筈だったけれど、パンティの耳はあざとく私の声を捕まえた。聞いて欲しい話はどうしたって聞かない癖に、聞かれたくない時ばかりこうやって地獄耳なんだから腹が立つ。――天使の耳に「地獄」が出来てるってのも可笑しな話だけど。
そんな事を思っていると、彼女の、頭も尻も軽そうな色をした、その長い髪の隙間から覗く眉間がますます皺を寄せた。その胡散臭い顔止めなさいよ。馬鹿が更に救いようの無い馬鹿に見えるわ。

「……何よパンティ、『プラトニック』って言葉の意味分かんないの?」
「馬鹿にすんなよ!それ位分かるっつーの!……アンタの口から『プラトニック』なんて言葉が出ると思わなかっただけ。そんな事言えるような女じゃない癖に、『穴開き』ストッキング。」

いやらしくニタリと笑われて、猛烈に苛立ったのでその頭を引っ叩いてやった。どうせ頭の中身は空っぽだろうと思っていたけれど、案外重くて良い音が鳴った。これは予想外ね。まあ、男の精子か何かでもギチギチに詰まっているんでしょ。

「ちょっと何すんだよストッキング!馬鹿になったらどうすんだ!」
「一々騒がないで、『穴開き』パンティ。アンタがこれ以上馬鹿になる事なんて無いわよ、元々ゴースト以下の最低レベルなんだから。――良いじゃない、プラトニック。肉体関係が無くても続けていける愛なんて高尚だわ。ロマンティックよ。」
「ロマンねえ……そんな禁欲坊さん生活の何処が良いのかアタシにはサッパリ。」

――ロマンの分からない女はこれだから嫌。「坊さん生活」なんて安い言葉で片付けないでほしい。ロマンは大切よ。哲学と美学は必要不可欠。何も考えない奴と甘い物を食べない奴は、人間だろうが天使だろうが阿呆よ。
貞操問題だって重要な哲学と美学になる。不干渉と不可侵を貫いて、自分達が高尚だと認めて初めて――でも淡白に――身体を寄せ合って重ねるの。相手の領域と自分の聖域を死に物狂いで守って、決して越えはしない。境界線のあちらとこちらに立って、ただ見つめ合うだけ。ねえ、どう?最近流行りの三文ゴシップじみたメロドラマや、飽き飽きしちゃう嘘っぱちラブソングなんかより、よっぽどクレイジーで、だけど純粋でしょ。素敵。
こうやって流れる様にスマートに説明してあげたのに、当のパンティはといえば、やたらに目を丸く見開いているだけで、何の反応も無い。この調子じゃあ、私の言った事の3分の1も理解してないでしょうね。馬鹿っぽくポカンと開いた唇には、着ているワンピースと同じ位派手でけばけばしい赤が塗りたくられている。それはシャネルなの、それともランコムかしら。いずれにしても、パンティの顔の一部になったら品の良さも無くなるってものね。御愁傷様。

「まあ、プラトニックなんてパンティには地球が滅亡して天国が地獄になっても無理ね。もう一万回死んでから天使になる位じゃなきゃ。悔い改めた方が良いわよ。」
「……お前はアタシの事を一回は馬鹿にしないと気が済まないワケ!?このスイーツ女!糖尿になっちまえ!」
「うるっさいわねアバズレ!『パンティは実は下手糞マグロ女」ってネットに噂流すわよ。」

けれど、分かってる。憧れは結局憧れでしかなくて、だからこそ美しいの。リアルじゃない、ドリームだからこそパーフェクトなの。幾ら追いかけたって、私には絶対届かない。届かないっていうより、届くつもりもないの間違いね。憧れは憧れのままが一番美しい事を私は知ってるし、叶って現実になってしまった憧れ程つまらないものは無い事も知ってる。
憧れに対してこそ、不干渉と不可侵を貫くべきなんだわ。まあ、そもそも、叶える迄の努力に気乗りしないっていうのもあるけど。友情・努力・勝利なんて糞喰らえ。
ずっとずっと夢見がちなロリータで良い。サワーもスイートも知るなんて勘弁してほしいわ。スイートだけで十分よ。それで虫歯になったら「痛いよママ!」って大声で泣けばいいんだって、どっかの誰かが書いた小説の主人公が言ってたし。だから私もそうするの。

放っておいたって現実は勝手に苦くなるんだから、夢くらいは蜂蜜漬けで甘いままにしておかないと。「憧憬に対してプラトニックであれ。」――これが今の私の哲学にして美学。

「……妹が姉にこんな口を利くなんて、もう世も末だな。神も仏も無い。」
「あらパンティ。可愛いエンジェルなら居るわよ、ここにね。」



不摂生のススメ


「酸いも甘いも噛み分けた人生経験豊富なレディになることなんて私は望みはしません。(中略)女の子はそれで良いのです。汚い現実になんて眼を逸らしていればいいのです。努力もせず、叶わぬ夢を見続け、何時かはでも、その夢が他力本願で叶うと思っていれば間違いないのです。」(p.165-166)

巌本野ばら『下妻物語』




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